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天使の周りはきらきら輝く




早朝。真っ暗な坂道に、今日も足を滑らせる。

猪がいた駐車場奥を見ないようにして坂を上っていく。霊じゃなくても目ぇ合うのイヤ。

バイトも残すところ、あと2日。


KILL LISTなんて、思い過ごしだった。あれから何もない。

バイトが無事終われば、それでいい。



ところで、ももしおが作ったアプリは使われている。ももしおというよりも、相模ンが作ったアンドロイド版。


ホワイトボードは液晶に変わらない。高額備品が変わるには、予算が必要。仮に現場責任者が申請したところで数ヶ月はかかる。会社って大変。ホワイトボードを液晶に変える前に、タイムカードレコーダーを導入する方が先っしょ。


現場責任者がタブレットを持ってきて、それをみんなで使っている。但し内緒で。

入居者の氏名やアレルギー情報は門外不出。セキュリティの問題がある。現場責任者が施設側と相談すればいい話だけれど、現場責任者は、よけいなことはしない主義。ここでの任期は2年くらいなので、静かに過ごしたいと言う。



オレは、タブレットで4R号室Aを表示した。

現在9名。排泄物が臭う人3名、臭わない人6名。この原因を考える。


食事形態を見ていく。普通2名、刻み3名、極刻み2名、ソフト2名。

食事量は、普通のハーフ1名、刻みハーフ1名、ソフトハーフ1名、他の6名は全量。

飲み物、牛乳4名、ヨーグルト3名、ジュース1名。

朝食のパン2名、ご飯3名、お粥2名、ミキサー粥1名、パンのミキサー粥1名。

補助食品を食べる人5名。


数字がありすぎて分からん。

誰の排泄物が臭うのか分かっているから、後で考えよう。


仕事中は考える余裕なし。




バイトが終わったとき、ねぎまからメッセージがあった。

お弁当を持っていくので、職員用の出入り口のところで待ってて欲しいとのこと。


ももしお×ねぎまは祠のところにいるはず。

で、祠の方へ行くことにした。介護施設の裏手。


山を見上げると、いた。


軍手に黒ダウンの目黒恋もいた。

穴、想像以上にでかいんっすけど。

掘ってるミニショベルカーがすっぽり入りそう。


傾斜30°くらいの坂に穴。その手前は、ミニショベルカーがキャタピラで進めそうな緩い坂。



「ん?」



ガサガサと、少し離れた場所から音が聞こえた。

見れば、車椅子に乗った人がアスファルト舗装されたところから出ようとしている。その先は雑木林の下り急斜面。ちょっ。



「うわっ」

「危ないっ」



ミナトとオレは叫ぶと同時に走った。車椅子の場所までは約30メートル。間に合え!



びよ〜ん



車椅子が傾きかけたときだった。目の前で竹がしなって倒れ、ももしおが地面に降り立つ。そして、車椅子を掴んで止めた。ナントももしおは、生えていた竹の上の方に飛びついて、山の斜面の上の方から車椅子の地点へ高速移動。


ももしおが間に合った!


全力疾走の勢いのまま、オレは車椅子まで到達。乗っていた老婆を抱いた。

ももしおを運んだ竹が、ばさばさと音を立てて元の位置に戻っていく。



「橘さん!」



山の斜面を駆け降りてきた目黒恋は、息を切らしながら名前を叫ぶ。


オレの腕の中の小さな老婆は、橘すゑさんだった。



「もう、ね。……死にたい。主人はあの世。友達もあの世、息子も娘もあの世。孫にまで迷惑かけて。体のあちこちが痛くて。死にたい。死なせて」



目黒さんは車椅子を安全な場所へ動かした。そして、橘さんを宥める。



「痛いのは膝ですか? 大丈夫ですよ。大丈夫。部屋に戻りましょう」



橘さんの膝をそっと撫でながら、悲しそうな笑顔を作っていた。


宝探し作業は中断。目黒さんと橘さんは、施設へ帰った。




「シオリン、ほっぺに傷が」



ももしおの頬は、笹の葉で3筋くらい切れていた。



「ももしおちゃん、無茶するね」



ミナトが半ば呆れている。

作業中で軍手を嵌めていたから、咄嗟に竹に飛びついたって。命知らず。

冬だったのが幸い。肌の露出は顔だけ。よって、切り傷は顔だけ。ねぎまは、ももしおの頬にうさぎの絵の絆創膏を貼った。



「介護施設って、想像してたよりも大変なとこなんだな」



橘さんは、車椅子をベランダから落下させた人。102歳。



「夏ごろまでは、認知症でぼーっとしていらしたんだって。それが、夏ごろから認知症が治ってきたらしくて」



そう教えてくれたのは、ねぎま。



「目黒さん、言ってたよね。あの御年で認知症が治るなんて奇跡って」



言いながら、ももしおが頷く。

オレは、クリスマスツリーについていた水色の短冊を思い出す。「早く天国で会えますように すゑ」。施設にすゑという名は1人だけ。



「認知症、治ってないって。クリスマスと七夕を間違えてた」



短冊の話をすると、ねぎまが詳しく知っていた。



「短冊はね、目黒さんがつけたの。『七夕につけられなかったから』ってお願いされたって」



車椅子では届かなかったのだろう。



「間違えてたんじゃねーの?」


「『本物の木だから、七夕みたいに燃やすんでしょ?』ってとこまで確認されたみたい」


「マジか」



びっくり。102歳で認知症が治って、そこまで頭が回るなんて。


認知症が治るのは喜ぶべきこと。だけど、橘さんが短冊に願いを書いたのは、恐らく認知症が治ってから。


「死にたい」って。自殺未遂? 認知症が治っていたからこそ、ベランダへの窓の鍵を介護士ルームから持ち出したのかもしれない。そして、車椅子を4階のベランダから落としてしまった。


今日も自殺未遂かもしれない。アスファルトで舗装された地面の向こうは、どこまでも落ちる急斜面。あの痩せた小さな体で落ちたら命に関わる。102歳。骨は脆い。


頭がはっきりしているから、「死にたい」と思うようになった。暗証番号を入力してエレベーターに乗り込むことができた。何人もの施設職員の目をかいくぐって介護施設の外へ出た。



「みんなも、認知症が治ればいいのに」



ねぎまは簡単に言うが、オレは一概に治ることがいいとは思わない。橘さんが死への行動をしたのは、認知症が治ってから。



「奇稲田姫さんも認知症、治ってるんだっけ」



そのせいで、奇稲田姫さんは、「ゆ」を思い出した。



「みたい。奇稲田姫さん、祠は2つっておっしゃってたでしょ? 江戸時代の地震で2つに増えたって。変じゃない? 考えても分かんないの」



と、ねぎま。



「どっか変?」



なんも気にならん。



「地震で祠がなくなったんだったら分かるよ。壊れたのか埋まっちゃったのか。でもね、増えないよね?」


「あー。確かに」



言われてみれば、変。



「巽家の『ゆ』ってなんだろ。それが分かれば、2つに増えた理由も分かる気がするの」



オレは挙手して仮説を述べた。



「はいはいはい、仮説。祠にお宝があったけど、地震で危ない感じだったから、安全なとこにもう1つ祠を造ってお宝を移した」


「移すなら、古い方をなくすよ」


「今の祠んとこには、介護施設を建てるときまで何もなかったんだろ?」



仮説が成り立つじゃん。



「じゃ、どーして奇稲田姫さんは、古い方の祠に拘ってらっしゃるの?」


「だっけ。あんま、考えずに聞いてた」



さーせん。



「奇稲田姫さんが夜中に行ってた場所に祠を移したって。それが御神木の近く。御神木の近くってことは、そこがもともとの祠の場所だと思う。今、掘ってる方が、江戸時代の地震より前からの方。なのに、祠を移すまで、何もなかった」



ねぎまはタレ目を閉じて考え中。



「関東大震災だってあったし、台風も戦争もあったじゃん」



祠がなくなりそうなことはいっぱい。


ねぎまとオレの横で、ミナトが呆れた声を出す。



「ももしおちゃん、我慢って知らない? ここ、外」



いつの間にか、ももしおは弁当を広げて食べてるし。ミナトは注意しながらも、バターライスの俵形おにぎりに手を伸ばす。



「動いたからお腹減った」



ももしおが広げてしまったから、食べるしかない。4人、山でランチタイム。ミートローフの中にうずらの卵と人参が入ってる。タラモサラダ、スープ、リーフレタスとラディッシュのサラダ、みかん。


会話は宝探し中心。

ももしおは、絆創膏にご飯粒をくっつけたまま報告する。



「そこね、箱が出てきた。木がぼろぼろ崩れてくるの。掘ると壊れる」



土の中、確かに人間が加工したと思われる、板状の木っぽい物が見える。江戸時代の地震前、ひょっとすると鎌倉時代の物。ショベルカーじゃなくて、ハケで発掘するもんなんじゃね?


そう思ったけど、口に出さなかった。やれって言われそ。



「ね、ね、シオリン。あれって、奇稲田姫さんがおっしゃってた巽家の『ゆ』かな」



ぽかぽかと暖かい日差しの中、眼下には介護施設。その向こうに海が見える。海面にきらきらと太陽が反射する。カノジョと一緒の新しい年。何気ない日常に周りが光り輝いて見える。ああ、尊い。君は天使だから、僕の世界を輝かせてしまうんだ。



ねぎまの後ろの土がきらきらして見える。



「光ってね?」



それは、掘り出されて山になっている土の天辺の部分だった。


近寄って、木の屑やぼろぼろとした短い糸だかなんだか分からない物といっしょにあるきらきらを手に取った。



「これ、(きん)じゃね?」



砂のような粒は、金色。



「「「はあああ?!」」」


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