宝探し
シフト表には、4R号室A、4R号室Bとあった。
どの号室も、中はAとB2つに分かれている。出入り口は2つあり、中で繋がっている。
聖母浜部は4R号室A担当。
表から、夜勤は夜勤専任と分かった。AB共通。
昼間勤務の人は4R号室A4人、4R号室B4人でシフトが組まれている。
4R号室Aの担当は、聖母浜部、外国人介護士2人、今日、外国人介護士を怒っただろう人。
暴走車椅子の巽さんは4R号室A、車椅子落下の橘さんは4R号室A、そばアレルギーの神酒さんは4R号室A。けれど、池田さんは4R号室Bだった。
4R号室Aには三水編「シ」で始まる苗字は浅岡さん。浅岡さんには何も起こっていない。
目黒恋の「KILL LIST」にあったとしても、巽さん、橘さん、神酒さんはご健在。
ただ、やっぱり「なにかある」って思えてしまう。うんこの件も気になる。
ももしお×ねぎまの奇想天外さ加減は、新年から遺憾無く発揮されていた。
次の日、ももしお×ねぎまは、バイト後、オレの部屋で5分ほどで昼食を食べ、どこかへ行ってしまった。
めちゃくちゃな早飯喰いなのに、喋りまくっていた。
「いじめられて辞める介護士さんいるんだって」
「天堂さんのお友達から聞いたの。ね、マイマイ。ベテランの介護士は、オムツ交換、小のときしかしなくて、大は人にやらせるの。物投げる大変な入居者おしつけたり」
「仕事あるあるなんだろね。うちら、天堂さんが優しくてよかったよ。ね、シオリン」
「それな。あの人もやさしそーじゃん。4R号室の綺麗な人」
聖母浜部。聞きながら、ミナトの方をチラ見。
「だね。いつも扉んとこまで配膳車、取りに来てくださるもんね」
珍しく、ももしお×ねぎまから、目黒さんの名前が出ない。いつもきゃーきゃー言ってるのに。
「ねーねーねーねー。最近、朝洋食の人増えてね?」
ももしお×ねぎまの会話は途切れない。
「今日も変更あったよ。御年を召した方でも、パン好きなんだね」
「奇稲田姫さんは、10月からパンから和食に変更したらしーよ。珍しいって天堂さん、言ってた」
「その奇稲田姫さん、認知症、良くなってるんだって。歩けなくて車椅子になると、脳への刺激が減っちゃって、認知症になりやすいんだね。知らなかった、歩くけるってすごいことなんだね」
「今日マイマイ、奇稲田姫さんのこと訊いてたじゃん」
「うん。入所したときは歩いてらしたんだね。毎晩のように家を抜け出して祠に行ってたって、巽さんがおっしゃってたの思い出した」
「なのに、施設に入ったら歩けなくなっちゃったんだね。今、車椅子」
「でも、認知症良くなってるんでしょ? すごーい」
「よかったよ。治って」
「シオリン、よかったね。巽さんや奇稲田姫さんに許可取れて」
許可?
「ねぎまちゃん、なんの許可?」
ミナトが聞く。
「祠んとこ掘るの」
「「いーの!?」」
祠って、神様を祀ってあるわけじゃん。バチ当たるって。
「祠の横の石んとこだからいいって」
ももしおは、言いながら、ご飯を不思議なくらい大量に箸でつかむ。
「ヤバくね? 巽さんがいいって言ったとしても、奇稲田姫さん、泣いちゃうんじゃね?」
この前、泣いてたじゃん。
「奇稲田姫さんが『掘って出してほしい』っておっしゃったの」
「ねぎまちゃん、それは、認知症だからなんじゃ」
「最近、認知症が治ってらっしゃるみたい。ね、シオリン」
「巽さん、喜んでたよね、マイマイ」
2人は顔を見合わせて、首をこてっと傾ける。
「シオリン、目黒さん、待ってらっしゃるから急ご」
「うん」
「は? 目黒さん? え、何?」
オレが訊いているのに、2人は箸を片付ける。
「ショベルカーで掘るの。目黒さん、海外ボランティアで、そーゆーのやってらっしゃったらしくて」
「さっすが、マイダーリン♡ 万能目黒さん」
「ショベルカーは?」
「日本じゃ免許要るんじゃね?」
同時にミナトとオレで質問。
「施設の。小さいショベルカーは自動車の免許でいーの」
「急いでるから。ンじゃ」
ミナトとオレが呆気にとられている間に、2人は出て行ってしまった。オレの靴を挟んだままのドアから、冬の風がびゅーびゅーと入り込む。ももしおのヤツ。
ドアを閉め直す、オレ。
で、2人とも6時に帰ってこなかった。
仕方なく、ミナトと2人で昼食の空の容器持って、ももしお祖父母の家へ歩いた。
途中、外国人介護士2人とばったり。
2人は同じ国出身。同じ4R号室A担当。
気さくなミナトは、日本で不自由なことはないかと尋ねた。
「嫌な仕事押し付けられて、辞める人がいるって聞いたんです」
そう付け加えて。
「大ジョーブ。臭わない。嫌な仕事と思わない」
「臭わない」ということは、排泄の介助やオムツ交換のことだろう。
オレは、臭わないが気になって、そこを突っ込んで聞きたい。ミナトは別のところに反応した。
「ってことは、他の人が嫌と思う仕事をさせられるんですか?」
2人の介護士は気まずそうに目配せし合った。
「ハマベさんはやってくれる。もう1人の人、やらない。ちょっと怖い」
「ハマベさんは、『私ヤリマス』。自分からやる」
介護士の1人は、軽くて挙手して真似した。
やっぱ聖母なんだな。
4R号室の排泄物のことが何も噂になっていないのは、みんなが知らないからかも。
排泄物のことを知っているのは、2人の外国人介護士と就職して1年未満の聖母浜部。3人とも噂話をしなさそう。もう1人のベテランはオムツ交換をやらない。
「夜勤の人は、夜勤専任なんですね」
2人は夜勤専任になりたいと言った。コスパがいいらしい。夜勤は大勢を1人で看なければならないので、経験が必要なのだそう。早く経験を積んで、何があっても的確に判断して動けるようになりたいと話す。
外国まで来て仕事する人って、やっぱ仕事に対して真摯。
シモの話でミナトには申し訳ないが、訊いてしまおう。
「同じうんこの人、4R号室のBにもいますか?」
2人は首を横に振った。
「「いない」」
「Aだけですか?」
「はい」
うんこが同じ人は、オシッコも臭わないという。
「4R号室Aの人みんな同じですか?」
またまた2人は首を横に振った。
「違う人もいる」
臭う人は、大も小も臭う。
「誰が同じか、今、分かります?」
オレが訊くと、2人は教えてくれた。
「「お疲れ様でした」」
「「お疲れ様でした」」
三叉路で別れた。
ミナトは、不思議そうに訊く。
「宗哲、そんな、うんこ、気になる?」
「ごめん」
謝罪。
垂直水平に刈り込まれた山茶花の垣根の向こう、数寄屋造り風の家屋は雨戸が閉まっていた。敷地に入る門には扉なし。玄関アプローチから、庭にある飛び石と玉砂利が外灯に照らされている。
「「おじゃまします」」
ももしお×ねぎまは、風呂上がりのいい匂いをさせて、茶碗や箸を並べ、夕食の準備をしていた。急いで手伝う。
こーゆーとこで、細かく、いい男アピール。
昨今、男に求められることは多い。人並みの外見、人並みの年収、育メン、家事メン。
これはなかなか大変なこと。人並みを70%と仮定する。0.7×0.7=0.49。andの人は約半分。これに育メン、家事メンをそれぞれ80%とすると、0.49×0.8×0.8=0.3136。上位3割。
頑張ろ。
自分で言うのもナンだけど、オレ、伸び代十分だと思う。目立たない外見だから、努力すればちょっとは上に行くはず。
まだ学生。年収は可能性しかない。
家には専業主婦の祖母と母がいるから、家事はほぼ未経験。テニス部の合宿で洗濯を覚えた。料理はマニュアルを見ればできる気がする。
育メンは……。大好きな女の子が自分の子供を産んでくれたら、誠心誠意尽くすっしょ。
ねぎまにそっくりな女の子の成長、めっちゃ見たい。
男の子もいーかも。きっと優しくて気が利いてて好奇心旺盛で行動力があって。あ”ーダメだ。なんか、警察から連絡くるよーなとこ想像したし。やっぱ女の子だな。
「どした? 宗哲。顔」
ミナトに顔の前で手をワイパーのようにされた。眉間にシワ寄ってたかも。
「はは。ちょっと」
「さっきのこと、考えてんの?」
「んー」
そして、和やかに夕食がスタート。
「今日ね、祠の横、堀ったよ。おじーちゃん」
ももしおの報告に、ももしお祖父は目を垂らして嬉しそう。
「そーかそーか。奇稲田姫さんも喜ぶなぁ」
「志桜里もお友達も、いい子ねぁ。ふふふふふ」
「お宝出てきちゃったらどーする? おばーちゃん」
「ふふふふふ。志桜里は小さなころから宝探しが好きねぇ」
「そーだったべ。庭にお祭りのスライム埋めてたべ」
「見つけたときに泥だかスライムだか分かんなくて、志桜里ったら、泣いちゃって」
なぜ宝探しにスライムを使う。しかも容器に入れず。
「写真、あるぞ。体中泥だらけで泣いてるやつ。可愛かったべ」
「今日も泥だらけだったわね。マイちゃんまで」
「お風呂に直行させてくださって、ありがとうございます」
「2人とも、まだまだ子供ね。ふふふふふ」
ももしおの祖父母は、2人が小さなころと同じだと思っている。ショベルカーで掘ってること、知ってんのかな。
どーせ宝なんて出るわけないって。
ミナトもオレも、半分は、ももしおが目黒さんに近づくための口実だと思っていた。




