罰当な。ヤリモク祠ゆーな
1月3日、元旦の厨房が目の回る忙しさだったことを聞かされた。
「頑張ったけど、みんな認知症なんだよなー」
と誰かが言うと、天堂さんはニコニコしながら答える。
「だからこそだよ。舌と目で行事を感じてるって」
さすが御年75歳。同世代の人達のことが分かっていらっしゃる。
調理師曰く、介護施設や病院は生活が単調。行事で季節を感じることは、心の健康にとても良いのだそう。
配膳車を下げに行くと、エレベーターホールで華奢な男が泣いていた。ポロシャツ姿の介護士。外国人。仙台箪笥横の1人掛けソファに座って涙を拭っている。4R号室の方を向いた日本人形はそれを見守っている。
料理を運ぶオレ達にとっては目立つ場所でも、介護士にとっては、担当の部屋から離れた同僚から見えない場所。
「大丈夫ですか?」
声を掛けた。
以前、お粥を届けに行ったときに見かけた、4R号室Aの介護士だった。20歳くらいに見える。
「ハイ。怒られただけ」
「大変なんですね」
「漢字は難しい。名前を読めない。『絶対に間違えてはダメな間違いがある』ト怒られマシタ」
「名前は日本人にだって難しいです」
自分は奇稲田姫を読めなかった。
「さえぐささん、難しい」
「三枝さん。ああ。知らなかったら読めません」
オレの言葉に、ちょっとだけ元気になってくれた。
そこへ、ミナトが「聖母浜部、休みだった」とがっかりしながら戻ってきた。聖母浜部だったら、名前を読めなくても怒らなさそう。
車椅子に乗った老婆が歌いながら通り過ぎる。
「うんこっころっころっころ♪
うんこっころっころっころ♪」
それを聞いて、ミナトが介護士に笑いかけた。
「可愛い歌、流行ってますね」
「4R号室Aのうんこは、ころっころだから」
オレは、食器やゴミをまとめていた手を止めた。4R号室に行ったとき、排泄物の臭いがしないことが気になってたんだよ。
「他と違うんですか?」
尋ねずにはいられない。
「臭わない。オシッコも。うんこは大きさが一緒。透明な何かにつつまれている。お尻が汚れない。同じうんこの人、いっぱい」
なんだって?!
シモの話に、ミナトは引き気味に笑って、その介護士からささっと距離をとった。オレは詳しく聞きたい。
が、仕事は待ってくれない。仕方なくエレベーターに配膳車を乗せた。
エレベーターの中、ミナトに話す。
「正月はなんもなかったけどさ、なんかあるのって、4R号室ばっかじゃね? 池田さん、暴走車椅子、車椅子の落下事故、そばアレルギー」
本当はもう1つ加えたい。4R号室だけ臭わない。ミナトは気にならないんだろーか。「同じうんこの人がいっぱい」って。訊きたいが、上品で優美な目の前の男に、シモの話がしにくい。
オレ、誰にだったら話せるんだろ。同じクラスで一緒に飯食ってるヤツらなら話せる。いつも、すっげーくだらない話ばっかしてるから。ねぎまには、話しにくい。あの白バラの様な微笑みの前で「うんこ」って発音できねー。
ももしおにならできるかも。
その日のバイトの後、ももしお×ねぎまはオレの部屋にいた。
ねぎまは、航空写真や地図を用意していた。オレの頭の中は、KILL LISTと無臭排泄物に侵されて、巽奇稲田姫さんの話をすっかり忘れていた。
「巽奇稲田姫さんがおっしゃってた祠の位置を調べたの。古い航空写真はなくて。古い地図には1つ載ってた」
ねぎまは嬉しそうに話す。祠について、ももしおの祖父からも聞いたと。
ねぎまが話し始めたのに、ももしおが話の腰を折った。
「ごめん、マイマイ。明るいうちに、船から七輪とクーラーボックス回収したい」
そーだった。置きっぱなしになってた。
ももしおと2人で船が係留してある場所まで行く。岩場に打ちつける波の音が聞こえる。
「なあ、変な話していい?」
歩きながら切り出すオレ。
「どーぞ。どーせいつも、大した話してないじゃん」
このやろ。
「4R号室って、臭わなくね? うんことかおしっこの臭い」
「あー。それ、私も思ってた」
「変じゃね?」
「そこまで気にしなかったし」
「今日さ、4R号室Aの外国人の介護士が言ってたんだけど、うんこ、臭わないんだってさ。大きさ一緒で、なんか透明な物に包まれてて、ケツ、汚れないって」
「はあ?」
「驚くよな。同じうんこの人がいっぱいとも言ってた」
「え、うんこが同じ?」
ももしおの目はまん丸。そうそう。この反応を待ってた。ミナトは話題だけで引いてたし。
「な、絶対、変だよな」
「うん」
「確認できねーけど」
「他の部屋はどーなんだろ」
「知らね」
「4R号室Aの他の介護士、変だって思わないのかな」
「今日喋った外国人介護士は、変だと思ってんじゃね? わざわざオレに話したから」
「4R号室Aって、綺麗な人がいるとこだよね? 廊下まで配膳車取りに来てくれる」
「そ」
聖母浜部。
ももしおに喋っただけで、心が軽くなった。聞いてくれて感謝。
「4R号室で連続してあったから、ちょっと気にはなってたんだよね」
「思うよな。車椅子落ちるとか、車椅子で走るとか、そばアレルギーとか」
「そばアレルギーはたぶん別だよ」
「別?」
目黒恋に夢中のももしおには話せないけど、KILL LIST通り。左端「シ」の池田さん、2番目は巽さん、3番目の空白は3文字の橘さん、4番目は左端「ネ」の神酒さん。
「マイマイ、何も言ってなかった?」
「聞いてない」
「マイマイの推理では、間違えたのは外国人の介護士。みきさんが食べるはずの食事が三枝さんに出されてたでしょ?」
「みきさん? そばアレルギーって、かみさかさんじゃ」
「あれ、神酒って読むの」
御神酒の神酒か。
「知らんかった。だからか。三枝さんと間違えたのか」
三枝は、三木に支という文字がくっついている。
「漢字の形。マイマイの推理だけど。私もそう思う」
今日、外国人の介護士は泣いていた。大の男が泣くほど怒られたのは、命に関わる間違いに繋がるからかもしれない。そばアレルギー。
クーラーボックスと七輪を部屋に運んだ。
ねぎまは、まだ運んでいる状態のオレに、祠の位置を説明してくる。
「祠はね、シオリンのお祖父様が学生のとき、デートスポットだったの」
ももしおが補足する。
「景色がいいからってのは表向き。人目がなくて屋根があって下がコンクリート。ヤリモク祠だったんだよ。祖父は、友達と見学に行ったんだって。やーねー。娯楽少なくて」
それ、見学じゃなくてノゾキ。娯楽ゆーな。
「ん、んっ。夕暮れどきは、普通にデートスポットだったって、シオリンのお祖父様おっしゃってたじゃん」
ねぎまが軽く咳払いをして、ももしおにイエローカードを出す。
祠は現在の噴水の近くに1つあった。それが、ヤリモク祠。しかし、介護施設の建設の際、土地を平らにするため、祠を移動させて地面を均した。祠の移動先は、もともと祠があったけれど、なくなっていた昔々の御神木の近く。
航空写真で見ると、木々の間にぽつんと、周りの木々とは違う色の物が写っているよーな。はっきり分からん。
ももしお×ねぎまは、すでに足を運んだらしく、人の腰まで大きさの祠の写真を見せてくれた。道のない山の斜面に、不自然にある。奇稲田姫さんが言っていた御神木は分からなかったそう。
「奇稲田姫さん、木が枯れてるっておっしゃってたでしょ?」
ねぎまがオレの顔を見た。
地図アプリの写真バージョンでは、木が枯れて茶色くなったのを確認できる。
施設ができたのは7年前。奇稲田姫さんは、以前からよく、犬と一緒に辺りを散歩していた。ももしおの祖母が介護施設入所前の奇稲田姫さんから聞いたところでは、施設ができてから、木々が少しずつ枯れたらしい。
「祠の横にさ、気になる岩があったんだよね。わざわざ置いてあるみたいな」
そう言ったのは、ももしお。
写真を見せてもらった。どこがどう気になるのか、全く謎。ただの岩。
今から行こうと誘われ、「バイト後だし寒いからヤダ」と断った。さっき船まで行ったばっか。
「雨降ってないのに道が濡れてたのも気になるよね」
今更なことを言う、ねぎま。
「気づかんかった?」
「ももしおちゃんとねぎまちゃんは、車で送り迎えしてもらってるから」
「そっか」
ももしお×ねぎまは、七輪とクーラーボックスをオレの部屋に置いたまま、出かけてしまった。
部屋の中に残った女の子の匂いに落ち着かない。ねぎまの髪の香りだったり、セーターの毛糸に含まれた柔軟剤だったり、2人が食べたクッキーの甘い匂いだったり。
自分とは別の生き物なんだなって思う。
そんなことに慣れていそうなミナトは、壁にもたれて座り、スマホを眺める。お洒落さの欠片もない6畳間。オフホワイトのセータとスウェットなんて姿なのに、AIで作成したみたいな整い方。世の不公平を感じる。
「なんか面白いもんあった?」
「ん? シフト表。聖母浜部にあと何回会えるかなって」
「介護士のシフト表なんて、どこにあった?」
「4R号室Aの介護士ルーム」
「なんでそんなとこ行ってんだよ」
「検食持ってった」
検食というのは、検査用の食事。毎食1人分だけ用意され、施設内の誰かが食べるもの。味見&毒味的な?
「4R号室Aの誰かが食べたんだ?」
「誰もいなかったから、検食置いて、シフト表の写真撮ってきた。あの施設、昼間は9人を3人で介護してんだな。夜は18人を1人」
「へー。夜って1人か」
「明日は聖母浜部、シフト入ってるわ」




