今まで見えなかったGDP
ライブ会場は海辺。船で行く。
「さっぶ」
冬の釣船は寒い。
いつもは甲板にいるももしお×ねぎまも、さすがに今日は操舵室の中にいる。操舵室はエアコン付き。あんま、効かねーし。
夕食はカレー。船で食べると話したら、ももしおは、祖父母から七輪を渡された。カレーは鍋ごと。ご飯は炊飯器ごと。カレーは牛肉と大根がメイン。ほろほろと口の中で崩れる牛肉が絶品。
船に給油してから、ライブ会場近くに係留。
会場まで歩いていると、体が温まってきた。
「インスタがアップされてる♡」
ももしおが介護施設のインスタを見て喜んでいる。
それは、大晦日特別メニュー、年越しそばを食べる様子だった。そばアレルギーの件があったから、天堂さんが見たらムッとするだろーな。
特別メニューのお膳のアップ写真の他に、車椅子の人達がそばを食べている写真が3枚。その中に、目黒恋が写っていると、ももしおは大喜び。
「こんなに小っさいのに見つけるなんて。シオリン、愛だね」
「イケメンオーラは隠せないよ」
「この写真、浜部さんを撮りたかったのかな?」
「だね。綺麗だもんね。浜部さんの胸で目黒さんの体が隠れてるしー」
ももしおは足をぱたぱたさせて喜ぶ。
行事などのときは、介護士だけでなく、施設職員も部屋を訪れてイベント的なことをする。
介護士は部屋ごとに担当が決まっている。部屋に入ってすぐのボードに顔写真と名前が貼ってある。
聖母浜部の胸で目黒さんが隠れているって。つまり、そばアレルギーの間違いが起こったとき、4R号室Aに、目黒さんがいた。
そばアレルギーの人に故意にそばを食べさせたとしたら、最悪な場合、死に至る。……殺人。
橘すゑさんが車椅子を落下させたのに続き、また目黒恋。
4R号室Aのベランダから車椅子が落ちたとき、目黒さんは4階にいた。4R号室Aでそばアレルギーの人の席にそばが置かれたときは、4R号室Aにいた。
巽さんが車椅子で暴走したとき、いたっけ。覚えていない。
池田さんの死因は何だったんだろう。池田さんが亡くなった日、配膳車を押していたときにエレベーターから目黒さんが降りてきた。施設職員の始業は9時。8時から朝食を食べる習慣だとしても、事務所じゃないところから現れたのはおかしい。
何よりも、あの、KILL LIST。
表の1番目 シ
表の2番目 恐らく「巽」の文字の左端
表の3番目 空欄
表の4番目 ネ
表の5番目 シ
それを裏付けるかのように起こる出来事
12月28日 深夜 4R号室B 池田さん死亡
12月29日 4R号室A 巽奇稲田姫さん車椅子暴走
12月30日 4R号室A 橘すゑさん車椅子落下
12月31日 4R号室A 神酒さんアレルギー食間違い
ミナトのライブは盛り上がった。音で頭と体をいっぱいにすると、余計なことは考えなくて済む。大学受験、D判定、ねぎまのオレへの気持ち、KILL LIST。
ライブ会場で周りを見回す。来てない。聖母浜部。ミナト残念。
「来てくれてサンキュー」
ライブの後、ミナトがオレ達を呼び止める。
「すっげ楽しかった」
ミナトはこの後、バンドの打ち上げ。
「宗哲、待ってて」
「え?」
「船、ポカリ桟橋だろ?」
「そ」
「適当に抜けて、そっち行く」
「バンドでオールかと思った」
「疲れた」
「りょ」
カップ麺のそばを用意し、コンビニで散財。コンビニ、ありがてぇ。介護施設の不便さって、なんなんあれ。
ももしおは、七輪と共に、焼きたい物もクーラーボックスで持ち込んでいる。ステーキ肉、鰻、ホタテ、えび、玉ねぎ、かぼちゃなど。
3人で焼いているときにミナトが来た。
「「「おつかれ」」」
「おまたせ」
思ったより早かった。
高校生バンドの面々は多忙。プロのライブに行く人、田舎への帰省、家族旅行。青少年保護育成条例。
3人くらいは、メンバーの家に泊まるらしい。
ミナトは、操舵室の隅で毛布にくるまると、寝た。
「ミナト君、ホタテ1個しか食べてない」
ねぎまが心配する。
「朝早いから疲れたんだって」
オレは、ミナトが食べる分を取り分ける。ステーキ肉は生のまま残しておいた。
見慣れた海からの横浜の夜景。きらきらしたオレらの遊び場。横浜がこう見られたいと画策して造られた街。
新年へのカウントダウン前、ミナトを起こした。
観覧車にライトアップされる数字に合わせて盛り上がる。
「「「「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、イエ〜イ」」」」
陸からも歓声が聞こえ、花火がバンバン打ち上がる。
こっそり、ねぎまにキスした。唇で唇に触れるだけで精一杯。
「今年もよろしく」
「よろしくね、宗哲クン」
来年もその先も一生よろしく。好きだから。すげーすげー好き。
抱きしめたいのを我慢した。
バイト先近くの海に戻った。
暗い中、岸の民家の灯りが点々と見える。海から見ると、介護施設や病院らしき建物があっちにもこっちにもある。こっちが日本の風景なんだろな。
「宗哲クン、おつかれさま」
目を覚ましたねぎまが、甲板に出てきた。
「寒っ」
「横浜、綺麗だったね。こっちは静か」
「ももしおが言ったみたいに、日本は斜陽の国なんだな。超高齢化社会」
オレの呟きに、ねぎまが「ん?」と首を傾げる。
「いーことじゃん」
「一応、長生きは美徳だけどさ。リスクでかいって」
人々は長生きを想定して清貧に暮らす。閉塞した経済。寿命が尽きるまで続く金銭的不安。
「今までの日本ではね、お嫁さんが介護をしてたの。それが常識だったから。だんだん外注されて、目に見えなかったGDPが出てきたんだよ」
ケロッとねぎまが言った。
そーゆー視点から見れば、広がっている景色は、日本経済の成長なのか。へー。
ももしお情報によれば、バイト先の介護施設は同族経営。前任の施設長は、真っ赤なポルシェカイエンに乗ったおばさんだったらしい。
「儲かるんじゃない? 現場責任者に1食の予算聞いたの。すっごい少ないの。でもね、入居者さんはもっといっぱい払ってる。施設側が取っちゃってるんだよ。人の命を預かるから、経営は大変なんだろうけど。赤のカイエンは、すごくない?」
食事提供会社は業務委託。入居者が支払うのは、介助などを含めた費用。食事を任された会社に支払われるのが、入居者の支払いより減るのは当然。ズルでもなんでもない。
ついでに、赤のカイエンは単に派手好きなだけ。恐らく、ももしおが株で稼いだ金額はもっと多い。土地を貸してる巽さんとこの方が資産家な気がするし。
介護施設の駐車場に停めてあるのは、普通の車ばっか。今の施設長は、特別派手好きじゃないんだろーな。
初日の出まで、時間はたっぷりある。部屋の方が体が休まるって分かってても、歩くのがダルい。
狭い操舵室の中、みんなで毛布に包まった。
4人とも慣れない早起きバイトでぐったり。体力が無尽蔵のももしおも、アプリ作成で睡眠不足だったのか、ぐっすり。
釣船の操舵室は狭い。人が床に倒れてる感じ。好きな子が近くでどきどきなんてシチュエーションのはずなのに、雰囲気はゼロ。眠いし。
初日の出。
ミナトが七輪でステーキを焼く匂いの中で拝んだ。
ももしお×ねぎまが離れている隙に、ミナトにそばアレルギーの件を報告した。
「今日、なんか起こるんかな」
「宗哲、心配すんなって。あれが殺人リストって決まったわけじゃないじゃん。それに、誰も死んでない」
「池田さん」
「三水偏ってだけで、違うかも」
「5番目も三水偏じゃん。もし、三水偏の人になんかあったら、オレ、目黒さんに聞く」
「宗哲、やめろって。マジの殺人鬼だったらどーすんだよ。本人じゃなくて警察だって」
結論。1月1日は平穏だった。
特別メニューのため、厨房は1年で1番忙しい日。仕事に慣れていないバイトのオレ達は邪魔になる。なので休み。
朝食は、昆布巻きや黒豆などと、お餅。老人用の、喉に詰まらないお餅があるらしい。
昼食は、黒塗りの豪華お重が1人ずつ。お盆まで普段とは違う見栄えのいい物。食後にお重を洗うのが超絶大変らしい。汚れが取れにくく、禿げやすく、乾きにくく、嵩張る。
みなさん、元旦からお疲れ様でした。
ももしお×ねぎまの年始めは1月2日。ミナトとオレは1月3日。
1月2日、ももしお祖父母邸には親戚が揃って賑わう。
午後、ねぎまとオレは2人で過ごすことになった。
待っていた、この機会を。たとえ2週間とはいえ、初めての一人暮らし。カノジョが自分の部屋に遊びにくるなんて、至福。思う存分、見つめることができる。眉間だけじゃなく、おでこも頬もつつき放題。キスだって。
人目を気にしなくていいって、最高。それに、、、
少年漫画で幾度となく読んできたお約束がある。
・うっかり転んで、カノジョが覆い被さってくる
・そのとき、偶然にキス
・悪天候で帰れなくなる
・そのとき、布団が1つしかない
・雨に濡れるなどし、カノジョがシャワーを浴びることになる
・そのとき、うっかりセクシーな姿を見てしまう
さあ来い、お約束。




