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シオリン、お口にチャック




喉元に突きつけらた胸の谷間に、ごくりと唾を嚥下した。

アゴ、下ろしていいっすか?ーーー心の声を悟られたのか、白い手が現れ、ジャージを掴んで谷間を隠す。



「ちょっと、大きいかも。宗哲クンの」


「あ、えっと、悪い」



狭い操舵室、うっかり奇跡的な位置関係になった、ねぎまの体とオレの頭。

オレは気まずさに、聖人君子となって視線を逸らした。



「魚、いっぱいだね」


「イワシの大群かな。寒いから、毛布も使って」


「ありがと」


「……」



極寒12月初旬、祖父の釣船を借りて横浜湾をクルージング。気まぐれに訪れたイワシの群れを見ているとき、大量の水飛沫がねぎまの制服を濡らした。で、ジャージを貸した。


不自然な沈黙、エンジン音。白い操舵室、澄んだ空、群青の波。手を伸ばせば、そこに君がい、



バタン!



「ねーねーねーねー宗哲君、釣竿は? 入れ食いっしょ、これ」



操舵室のドアを乱暴に開け、ももしおが竿を探し出す。


あ”ー。なんで二人っきりじゃないんだろ。自分のジャージで萌え袖になったねぎまが可愛すぎる。わずかに濡れた髪からの水滴がエロすぎる。なのに。



「ももしおちゃん、一旦出よっか?」



ミナトがももしおを捕獲。操舵室の外へ連れ出してくれた。「気を利かせろよ」的な気遣いが、恥ずい。




我が校には人気を二分する2人の超絶美少女がいる。

清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里と、妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。


清純派天然系美少女と誉の高いももしおは、小顔で手足が長い。透明感があり、澄んだ瞳はこの世の善意の上澄みのよう。が、「清純」は男子の幻想。下ネタ濃いめ。更には男がドン引きするような人に言えない趣味を持つ。


ねぎまは、オレ、米蔵宗哲のカノジョ。不思議なことに。


ねぎまは心配りができて気が利く最高のカノジョ。もちろん外見は申し分ない。スクリーンから抜け出したような目映さ。滑らかな白い肌(未だ堪能したことはない)、優しい眼差し、左目の下に泣きぼくろ。ぽってりとした厚めの唇。緩くウエーブしたセミロング。そして推定DかE。




友達4人でクルージング中。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。


甲板に出て、ペットボトルで乾杯した。模試の打ち上げ。後は野となれ山となれ。

テストは感覚を麻痺させるスパンでやってくる。高校2年でこれ。来年はもっとエグくなる。

今のうちに優雅に遊んでおきたいっしょ。



「ねーねーねーねー宗哲君、いわし釣ろーよー」



ももしおが訴える。



「釣った後、片付ける時間ねーじゃん。今度な」


「残念」



親が子供を騙すときの常套句「今度」を遣うオレ。ももしおは、さらっと忘れ、スルメに手を伸ばす。スルメを咀嚼していたときに何かを思い出したらしい。

ももしおは、冬空をバックに桜貝のような唇を開いた。



「首を伝う生温かいヨダレで心臓って、震えるの?」



見開かれた(まなこ)は劣情とは無縁の代物。オレは眉間に皺を寄せ、言葉を失う。


クーラボックスに両手をついて身を乗り出し、至って真面目な顔で質問を続ける、ももしお。



「ね、口の中に性感帯があるって本当? べろちゅーでぬ「シオリン、お口にチャック」」



ねぎまが止めた。

レッドカード。一発退場だろ、これ。



「ははは。ももしおちゃん、今度は何? エロい少女漫画読んだ?」



フェミニストのミナトは安定の笑顔で質問を軽くいなす。いつものように、あだ名にちゃん付け。



「うーんとね、少女小説」



ももしおはにっこり。

いやいやいや、その内容、もやは少女のための小説じゃねーだろ。少女小説ゆーな。



「ももしおちゃん、ま、ちゅーしたくなったら分かるんじゃね?」



ミナトの言葉に大きく首を縦に振るももしお。



「うん! 頑張る」



何を?



「でもさ、そこまれヨダレ垂らすなんて、下手なんじゃね?」



ミナトは長い指で緩くウエーブした前髪を払いながら、くすっと鼻で笑った。



「えっ」



思わず声出たし。

ヨダレをバキュームしながらするもんなの? 息つぎも必要だろーし、そんな余裕ってあるわけ? でもって、口ん中に狙いどころがあるんっすか? 教えてくださいミナト師匠。

……。

ももしおが少女用とは思えないエロ小説を読んでいるということは、親友のねぎまも読んでるってこと。そーゆーので実は知識蓄えてんじゃね? 読ませてくれよ。研究すっから。べろちゅー出てきてるんなら、その先もあるだろ。エッロ。実は期待してんの? オレの心の準備は万端。経験値0は気持ちとエロ小説の読み込みで補うから。


邪なオレの心を余所に、ねぎまが咳ばらいをして話を進めた。



「ん、んっ。えーっとね。ミナト君と宗哲クンにお願いがあって」



ねぎまは少し首を傾げ濡れた毛先を揺らす。



「「何?」」



どした? 改まって。

カノジョのお願いだったら何でも聞く。はっきり言ってべた惚れだから。



「バイトしない?」



ねぎまは萌え袖から、ぴんと白魚のような右人差指を立てた。



「バイト?」



オレは目を瞬かせる。

オレ達の通う侘しい進学校はバイト禁止。バイトより全員参加の補講、部活、塾。バイトなんてきらきらしたものは夏休みすらする者はいない。



「シオリンと私、冬休み、バイトすることになったの。一緒にしない?」



ねぎまはにっこり微笑んだ。

なんて可愛いカノジョ。一緒にバイトしようだなんて。学校には内緒でだよな。分かってる。


脳内に花を咲かせているオレの前でももしおは表情に陰を作った。



「親が知り合いから紹介されたの。人手不足なんだって」



半開きの目、視線は斜め下。下唇を突き出して不満気。幻のうさぎの耳がだらりんとヘタレて見える。



「シーオリン、一緒に頑張ろうよ」



ねぎまがにっこりと微笑んでタレ目の(まなじり)を更に下げた。


ももしお×ねぎまは男子が勝手につけたあだ名。親しい女子の間では、ももしおがシオリン、ねぎまがマイマイと呼ばれている。



「へー。バイトか。バイオリンより軽い物扱うならできるかも」



ミナトが力仕事以外限定でOKを出した。ミナトは金持ちぼんぼん風の力はない優男。長身でそこそこ細マッチョではあるが、女にモテるという目的以外にそれを役立てようとはしない。



「ってか、何系?」



ガテン系ではなさそう。



「「飲食系?」」



ももしお×ねぎまが首を傾げた。



OK(おけ)



オレは即行で承諾。

きっとカフェ店員だろ? 女の子が親に言われてするバイトってことは、居酒屋やましてはスナックじゃない。ねぎまのカフェ店員のエプロン姿、超絶可愛いに決まってる。このスタイルでエプロンなんてしたら胸が目立ってナンパされまくるんじゃね? よっし、オレの出番じゃん。守らないと。だってさ、オレ、カレシだから。「ありがと、宗哲クン♡」なんて言われたりして。カフェだったらさ、オレの白シャツ&黒ロングエプロン姿に5割増しで惚れるんじゃね?



「で、時給は?」



セレブなのに意外とそーゆーとこ気にするのな、ミナト。



「1300円」



ももしおが即答した。1300円は結構いいと思う。相場知らんけど。



「おっしゃ」

「へー」



オレがガッツポーズをする横でミナトはどうでもよさげな返事をした。自分が聞いたくせに。



「泊まり込みになっちゃうけど、大丈夫?」



オレの顔を覗き込むねぎま。ああ可愛い。



「「うぃっす」」



泊まり込みだなんて。そんなの嬉しいに決まってるじゃん。ホントはオレだけを旅行に誘いたいのかも。バイトにかこつけて誘うなんて、奥ゆかしい。冬の住み込みバイトといえば、ゲレンデ。寒空の下、二人で1枚の毛布に包まって星を見よう。オレが君を照らす北極星になるよ。どんなときも君を見守る。二人の熱い想いで雪を溶かそう。



「宗哲クン、船停めるとこもあるみたい。もしよかったら、仕事の合間に遊ぼーよ」



船?



「ゲレンデじゃねーの?」


「んー。ゲレンデよりも、んー、近場かな?」



首を傾げるねぎまの可愛さに、細かいことはどーでもよくなった。



「わーった。じゃ、そこまで、4人で船ン乗ってこ」



場所も確認せずに快諾。







クルージング後の横浜駅、別れ際にねぎまが「あ、そーだ」と何かを思い出したようにオレを見た。



「宗哲クンって、幽霊とか信じる系?」


「ん? 見たことねーけど」


「じゃ、大丈夫だよね。うふっ。私も一緒。信じてない」



なんで突然そんなことを? 

オレの頭の中の疑問符を振り払ったのはももしおだった。



「バイト先、出るって噂で人が辞めちゃったんだって」


「シオリン、お口にチャック」



ねぎまがタレ目からももしおに鋭いビームを飛ばした。


え。それ、バイト決める前に言うことじゃん。でもって、オレは「見たことない」って言っただけで、がっつり信じてんだけど。


ももしお×ねぎまは「じゃね」と手をひらひら振りながら改札口に消えていった。




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