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 日本アニメのプール回の前話と言えば、水着を買いに行く回だ。当然だ。常識だ。自然の摂理だ。

 ソラは日本に来るとき必要最小限の荷物でやってきたから、丁度水着を持っていなかった。ならば、見えざる神の手に従って、美少女達——ちょっと変わり種が過ぎるが——と水着を買いに行くのが当然の流れだ、と、アニメの再現だ、と若干テンションが上がっていた。


 ——しかし、


「水着? 持ってます」

「ボクもあるよ。とっておきのやつが」


 まず祈里と有栖がそう宣った。非常識にも宣った。なんで水着持ってんだよ、買えよ一緒に、と腹の中でののしる。

 だが、まだ希望の星、小川双葉が残っている。ソラは双葉に期待に満ちた輝く瞳を向けた。


「双葉、お前は水着ないよな? そのちっこい身体は常にスク水しかまとってこなかったから、リア充プール向けの水着なんて持ってないよな?」


 返答は返って来なかった。代わりに前蹴りと、肘打ちと、倒れた後の追撃――サッカーボールでも蹴るかのようなキック――が返ってきた。ファミレスを出てすぐの通りでソラは痛みに悶えて転がった。


「流石双葉。ナイスフリーキック」


 マッチョの称賛の拍手が響く。いくらなんでもフリーダム過ぎる。こんなヤクザみたいな連撃、初めて受けた。

 さっさと歩いて行ってしまう女子3人とは反対に、マッチョはソラが身体を起こすまで待っていてくれた。そして、なんとか起き上がったソラに言う。


「俺、水着持ってないんだ。一緒に買い行こうぜ」


 ソラは微笑んだ。微笑んだまま、また腹の中で叫ぶ。


 お前じゃねェェエエ!


「マッチョ……俺はそういう偏見はないが、ボーイズラブコメだけは勘弁な」とソラが釘を刺しておくと、彼は「何の話だ?」と訝しんでいた。


 2人は雑談をしながら、駅前のデパートに向かった。陸橋歩道を歩きながら、マッチョの双葉談義や、昨日のテレビの話、新作映画の話など、色々な話題がころころと転がるように展開されたが、そこにバスケットの話は含まれていなかった。

 彼が一番大切に思っていて、それは彼の『中心』と言っても過言ではないはずなのに。


 陸橋歩道からそのままデパート2階に入った頃、ソラは「で」と話を向けた。


「マッチョ、俺に何か隠してるだろ」


 唐突に振られた話に、マッチョは目を泳がせて「な、何の話だ?」とまた口にする。先ほどとは打って変わって分かりやすく動揺していた。


「多分それは部活絡みの話だ……違うか?」


 マッチョは、初め顔を強張らせていたが、やがて、ふっと力を抜いて笑った。


「お前、何でもお見通しなのかよ。ちょっと怖ぇーわ」

「マッチョが分かりやす過ぎるだけだろ」


 エスカレーターに乗って4階まで上がる。ソラが前でマッチョが後ろ。2人の身長差が逆転する。


「マッチョ、最近部活行ってないだろ? 辞めたのか?」

「いや……辞めてはいない。俺には部活しかねぇから。だが……」

「だが?」


 彼は躊躇いながらも、ゆっくりと悩みを言葉にする。


「皆は違うらしい」


 マッチョが言った。皆、というのは男子バスケットボール部の他の部員のことだろう。


「皆、真面目に部活をしなくなった。試合で負けてもへらへらして、平日の練習は手を抜いて、それどころか部室でゲームしてサボっている始末だ」


 マッチョは眉間に皺を寄せて、宙を睨んだ。


「前は違ったのか?」

「ああ。先輩がいた頃は違った。皆もっと一生懸命だった。だが、上がいなくなって、縛る者がなくなると、だらける者はどうしても出てくる。中学の時もそうだったからそれは分かってた。でもまさか、部員のほぼ全員がそうなっちまうなんて……」

「それでマッチョも部活に行くのをやめた、って訳か?」


 マッチョは自分を恥じるように顔をすこし俯けた。


「……どうせ行っても意味ねぇからな。あいつら平日は部室で遊ぶだけで体育館に出てこようともしない。俺1人で体育館を占領するのも悪いからバレー部に譲ったよ」


 それでこの頃マッチョが暇そうにしていたのか、と得心がいった。4階について、ソラ達はフロアマップの記された台まで移動して、目的の店の場所を確認した。


「で? どうすんだよ」ソラがまた問う。

「どうもこうもねぇよ。人間、一度だらけちまうとそうそう元には戻れねぇだろ。せめて後輩達だけでも、しっかりした男バスを残してやりてぇが……」

「おいおい、まだ7月だろ? 後輩にバトンを渡すのは気が早くねぇか?」とソラは笑う。「真面目にやりたい後輩たちを集めて、立て直したらどうだ?」

「そうは言うがな、ことはそう簡単じゃないんだよ。レギュラーメンバーの中で中心になってる奴は……言い方は悪いがあまり褒められた性格じゃない。不良グループとの繋がりもあるって話だ。本人(いわ)くだがな」

「『俺○○(だれだれ)さん知ってんぜ』ってか?」


 ソラが笑うとマッチョも声をあげて笑った。


「だが、1、2年連中がビビってんのは確かだ。あんな雰囲気じゃ真面目にやりたいやつがいたって言い出せっこない」


 もっともだな、とソラは思った。

 大抵、一部の汚い奴らの方が往々にして声がでかく、しかも悪いことに、善良な奴の声を塗りつぶす。小心者は声すら上げられない。

 だが、それを乗り越えられないのはマッチョの弱さでもある。


「こんなことなら部室なんてなくなれば良いのにな」


 マッチョは力なく笑って、呟いた。その彼らしからぬ弱弱しい笑みは、少し寂しそうでもあり、悲しそうでもあった。

 孤独。誰一人、自分に共感してくれない。ついてきてくれない。ただ隣にいて「お前は間違ってないよ」と言ってくれるだけでいいのに。それだけで闘えるのに。

 なのに——。


 マッチョを支える者は、いない。


 目的のスポーツ用品店の前に辿り着いた時、ソラは立ち止まった。


「どした?」マッチョが片眉をあげて訊ねる。

 

 ソラは目を瞑り、深く息を吸って、ゆっくりと吐く。大事な決断を前にソラは心を落ち着かす。

 彼を巻き込んで良いのか。計画に支障はないのか。積み重なった灰が風に舞い散るように、様々な懸念がソラの頭をよぎった。

 だが、たとえそれら全てのリスクを踏んだとしても——。


 ソラは静かに目を開き、彼を真っすぐに見据えた。


「マッチョ。話がある」


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