ダンジョン探索
世界中でサーチャー・アソシエーションが活動を開始した。日本の探索者協会もだ。初期の混乱は酷かったが2年もして落ち着いた。
昭和20年8月15日 鳥海山300メートル級塔型ダンジョン
「全く広すぎるんだよ。誰だよ10倍から20倍なんて言ったのは」
「初期調査隊の結果ですよ。2層までの」
「そうだな。ここもようやく4層まで上がってきた。が、だ」
「が。ですか」
「天井は抜けるような青空、ダンジョン内壁という限界は見えるが半径20キロの大地とくる」
「でたらめですね。実際の天井高さは1000メールらしいですよ」
「本当にでたらめだな。田中軍曹」
「ここに居住しようという計画もあるようですが。坂下中尉」
「頭おかしい」
「上層部批判になりますよ」
「みんな言ってる」
「自分でしたら、住みたくないですな」
彼らは大日本帝国陸軍ダンジョン探索連隊第3大隊第2中隊第3小隊だった。多すぎるダンジョンに一般兵による探索を諦め、民間探索者よりも先にダンジョンの意思と接触すべく精鋭で編成した探索軍の部隊である。
探索軍は通称で正式名が【 ダンジョン探索連隊 】連隊規模の戦力。民間探索者では対処できないような事態に対応するのも任務であった。よって常にダンジョンで鍛えられている。
部隊は陸軍大臣直属で参謀本部や陸軍省の影響を出来る限り避けようとしていた。
ライバルの海軍も同様の部隊を編成していた。
ちなみに俸給は2階級上くらいと言われる。産出物の歩合もあり同クラスの民間探索者と比較すれば低いが、世間様からすればかなりの高給である。
シチリア穴型ダンジョンで第3層に初めて入った頃は、広さがこんなに広いダンジョンは無いと思われていた。確かに各ダンジョンとも3層まではそうだった。
しかし、各ダンジョンとも4層になるとがらりと変わった。そこは別世界だった。
頭痛がしそうな直径10キロの迷路型階層。ほぼ水面の階層。砂漠の階層。氷の階層。全面湿地帯の階層。密林の階層。鳥海山第4層のような密林を含む広大な草原。
それまで穏やかだったダンジョンが正体を表したとの声が大きい。
3層までは準備階層だったと。
ここで一気に攻略ペースが落ちた。広い4階層には多数のお宝が出現する。面積も広く競合しないからギスギスしない。迷路型はギスギスしているようではある。
3層までのお宝でも片手間にやっている探索者なら暮らしていける。専業で頑張れば3層だけでも暮らしていける。
4層は厳しいがそれ以上のお宝が出た。4層のお宝ならかなりの金額になる。探索者専業でも余裕のある暮らしが出来るようになった。無理に先を目指そうとする探索者が減る。
それでも一部探索者と軍の探索者は先を目指した。まだ目にしないお宝とダンジョンの意思を求めて。
ダンジョンが金銀財宝と動物系の肉や毛皮しか出ないと思われていた。
しかし昭和21年7月に新発田400メートル級穴型ダンジョン4層で出た産出物は違った。
4層で出る生物は大型のゴブリンだった。サーチャー・アソシエーションではホブゴブリンと名付けられている。苦労して倒した4人組の前には産出物が落ちていた。しかし、それがなんだかわからなかった。1辺5センチ程度の黒い真四角の箱?であり、見た事もないものだ。
黒い箱は正体不明であり、探索者協会預かりとなった。
それからもちょくちょく落ちる。探索者協会には溜まる一方だ。
それの正体がわかったのは昭和23年11月。新発田400メートル級大穴ダンジョン5層に達した民間探索者が今度は大きい箱を手に入れた。
大きい箱も正体不明で探索者協会預かりとなる。しかし、産出物研究をしていた一人の職員が大きい箱の中の凹みが黒い箱が収まる大きさある事に気が付いた。直ぐに入れてみたい誘惑を断ち切り上司に相談。軍の施設を借りて入れてみる事にした。
昭和21年12月下旬 新発田駐屯地
新発田探索者協会代表太田と新発田駐屯地に出張ってきた探索軍少佐が話をしている。
「何か実験をするようですが」
「城島少佐。何かわからないのですよ。軍の施設と探索軍を借りて行う事にしました」
「まあ危険であれば軍の管轄ですな」
「機関銃まで持ち出していますね。見慣れない型ですが新型ですか」
「アメリカのM2機関銃です」
「九二式よりもかなり大きいですね」
「弾の重さが4倍です」
「とんでもないですね」
「こんなの並べて撃ってくる連中と戦争寸前でした。今から思うとダンジョンは神の救いなのかもしれません」
「お、始めますよ」
掩体壕の中で発見した職員が始めると合図をした。何か有ったときのためと言って機関銃や小銃の射線が自分に向いているのだ。しかも盾越しである。さぞや不安だろう。
入れても何もなく、箱の蓋を閉めると言ってきたので許可した。
そうすると箱から光とうなり音が発生した。くだんの職員はカメラで撮っている。何という余裕というか開き直りだろうか。
箱から黒い液体が流れ出しくだんの職員はカメラを抱え走って待避してきた。
太田の前に着いた事には真っ青で息も絶え絶えだ。
城島少佐は鍛錬不足だな、と思った。
黒い液体が流れ出した他は特に危険も無く光が消えた時点でかの職員を近寄らせた。が、その職員は近寄って匂いを嗅いでから
「臭水だ!石油だー!!」
それからは大騒ぎだった。職員は地元採用で石油を知っていた。
とりあえず流れ出した石油の処分を新発田駐屯地にお願いした。
世界で初めて宝石以外の地下資源が出たのである。
量は4層の黒い箱1個で1トンとなっていた。
現在新発田探索者協会に黒い箱が2000個ほど溜まっている。2000トンの石油である。
石油の取引価格はドル/バーレルであり単純に換算は出来ないが各機関と相談の上、バーレル1ドル程度なのでトン5ドルとした。手間が掛かるので差分は探索者協会の手間賃である。
1個5ドルの価値は有る。石油のために戦争を始めるところだった国には何よりも貴重な産出物だ。
しかし、1個5ドルの価値が有ると言っても他の産出物はもっと高価なものが多い。探索者にはあまり注目されなかった。
量的にも少なく石油メジャーや産油国でさえも気にとめなかった。
それが注目されたのは新発田400メートル級大穴ダンジョン6階層で出た白い縁取りの有る黒い箱だった。
試験的に再生箱(黒い箱を入れる箱を再生箱と名付けた)に入れると、とんでもなかった。
なんと4トンになった。これは注目された。20ドルなら手に入れてみるかという探索者が増えたのだ。
海外でもイタリアやポルトガルの穴型ダンジョンで次々と産出物として確認されている。
1950年6月
ポルトガルのビラ・レアル400メートル級穴型ダンジョン8階層
「おい。銀色の縁取りだぜ」
「黒いので銀か。白だと4トンだったな」
「もっと多いのではないか」
彼ら5人組はポルトガル国内トップのサーチャーチームだ。軍のチームを後ろに置いていくだけの力があった。
「1回地上に戻ろう。報告だ」
「せっかくここまで来たのに」
「ポルトガルには石油が無いからな」
「俺たちは軍人さんじゃないんだぞ」
「中継点では駄目なのか」
「俺たちが最初の発見者だと思う」
「報告義務か」
「面倒だな。だが、仕方がないか」
「偉いさんの覚えも良くなるってものだ」
「逆に言えば、目を付けられるだな」
「もう遅いと思うぞ」
彼らは地上に戻るまでにさらに6個の銀色の縁取りが有る黒いキューブを手に入れた。黒い箱はキューブと名付けられていた。
ビラ・レアルのサーチャー・アソシエーション支所。
「報告があるようだが」
「まあな」
支所長と面会していた。
「これだ」
「銀色の縁取りが有るキューブか」
「そうだ。石油だろうな」
「恐らくな。そして銀か」
「多いと思う」
「どのくらいかな」
「それを調べるのがサーチャー・アソシエーションだろ」
「確かにな。では預かろう。そうだ、これは何を倒したのだ」
「オークだ」
「オークを倒せないと手に入らないか」
「甘くはないという事だな」
「わかった。報告、感謝する」
彼らは7個の銀色縁取りキューブを預け、他の産出物も換金した。換金した分だけで人数割りしても、ひとり辺り普通の勤め人1ヶ月分になった。ダンジョンに入って支所に来るまでの時間は5日。
そこそこいい仕事ではある。
銀色の縁取りキューブは量が不明という事で、タンカーを借り船倉内部で解放する事にした。
キューブから取り出す事を解放と呼んでいる。解放するとキューブは無くなる。全く不思議だ。キューブを入れる大きな再生箱も不思議な事に石油で汚れない。
解放されたキューブは8トンもの原油になった。
これは騒ぎになった。次は16トンと予想していた者が多かった。それが8トンである。ダンジョンは予想できないと思われた。
サーチャー・アソシエーションの買い取り価格が石油(原油)トン5ドルである。40ドルになる。
複数持ち帰りが出来ればかなりの実入りである。
ポルトガルでは各ダンジョンから総計で毎日20トン前後の石油が回収されており、これに都合良く上積みされれば石油の輸入をしなくても良くなりそうだった。
当然のごとく石油メジャーでは大問題になった。
1トンキューブくらいなら全く問題にならない。4トンキューブも問題だが、今の回収量であれば恐れる事は無い。しかし8トンは別だ。
今はまだ一部のダンジョン階層からだが他のダンジョンからも確実に出るだろう。これ以上は経営上困る。
1日100個出れば800トン。毎日なら年25万トンを超える。おおよそ150万バーレルである。ポルトガルの年間輸入量を賄える。
石油メジャーはなりふり構わずに係争相手の産油国まで巻き込んで各国政府に働きかけるが、石油メジャーに石油を抑えられたくない国はダンジョン資源が魅力的すぎた。
結局、最先端の高度な石油精製技術を押さえている石油メジャーは精製で稼ぐ事に変わっていく。これも石油メジャー以外の石油精製会社が国からの支援を受けるなどして頑張り石油メジャーは衰退、原油供給から精製して消費者相手の供給まで握る会社ではなく高度な石油精製会社へと変化していく。
産油国は置き去りにされた。産油国はダンジョン開発にのめり込む。