霧の世界
その日、霧が世界中至る所で発生した。
昭和16年11月26日 単冠湾
艦隊が集結していた。08:00の出航に向け各艦とも蒸気は上がっている。
上がってはいるが、連合艦隊からは「出航待て」が来ている。
然もありなん。
目の前には巨大な島が出現し単冠湾の出口に鎮座している。幸い塞がれている訳ではないので出航は出来る。深さもある。
こんな島07:00には無かった。
兆候は有ったと言えばあった。濃霧である。ただ霧の出る海域で珍しいことでは無い。風が出れば晴れるだろうと思っていた。
霧が晴れたら目の前に島が。ただ雲底が低く上部は見通せない。誰も信じられなかったが、有るものは有った。カッターを降ろして接近させてみたが現実らしく島の手前で浅瀬になっていた。深さを測っても浅い。上陸は危険と見て行ってはいない。
狭くなってしまった湾口の深さを測定させると12メートル以上あり加賀や赤城でも出ることが出来そうだ。
狭くなったと言っても音戸瀬戸よりも間口は広い。大型艦でも問題ない。
無線封止中ではあるが、緊急事態として解除し連合艦隊に異常事態発生を発信した。
艦内では、本土のラジオを受信していた通信科から異常事態が起こっているらしく混乱した放送が送られているとの報告もあった。
艦隊司令部は一応出港準備をなせとしたが、同時に待機とも指示を出す。
「参謀長。これは中止だな」
「おそらくそうなるのではないかと」
程なくして「出航中止。現在位置で艦の保全を優先せよ」と通信があった。他には無い。よほど混乱しているらしい。
次々と入ってくるようになった通信では、国内各地のみならず大陸やフィリピン、東南アジア全般に霧が発生しているとある。
軍の情報も混乱しているが、それだけではなく通信社も相当混乱しているようでヨーロッパ各地や北米大陸も霧が出ていると有るだけで詳細も無い。混乱ぶりは同程度らしかった。
「日が暮れますが、警戒態勢のままでしょうか」
「当然だ。酒保も開くな」
「全艦に通達します」
翌日、雲は見えず晴れ。見通しは良い。正午まで1個駆逐隊を湾外に出し様子見をさせる。無線封止などの命令は解除という指示は無いがとうに無効だ。気が付いたことを全て報告させた。
通常の海面であると。違いは島だけだとも。
15:00に帰投した駆逐隊の艦長を招き様子を聞く。
特に異常は見られなかったと。
労い艦に戻す。
「そうだな。異常は島だけだ」
「島ですな」
「何に見える」
「バベルの塔、ですかな」
雲底の低い雲が消え島の全貌が明らかになったときの驚愕は忘れん。
島の岸辺は普通だった。しかし、島の中央部に天に届けとばかりに人工物が有った。塔だ。上の方が崩れている様に見える。参謀長がバベルの塔と言ったのはこのためだろう。ペルシャ方面にある塔がここに有るわけも無いが、ほかの何に見えると言われるとバベルの塔と答えるだろう。
連合艦隊司令部に報告をすると、日本各地のみならず世界中に塔や大穴ができていると返信があった。
世界規模か。ハワイは中止だな。同時に行われるはずのマレー作戦も中止だろう。
「長官」
「中止だ」
「致し方ありませんな」
「致し方も何も、状況不明の中艦隊を出せるか」
「確かに」
「陸軍はなんと」
「参謀本部では強硬派が騒いでおります」
「まだ実現性が有ると思っているのか」
「陸軍省は中止に傾いています」
「当然だ。船は出さんと言ったのだろうな」
「申し入れました」
長門の司令長官室で対策など見通せぬままでいると
「失礼します。至急参内せよと」
「参内だと。御前会議なのか」
「内容は聞いておりません。とにかく至急と言うことです」
「宮中も混乱しているな」
連合艦隊司令長官は呉から九七大艇で横浜まで行き参内した。
11月31日の御前会議では、ほぼ全員の一致で開戦は中止。録音されていた開戦の詔勅をNHKから回収し、関連した幹部・技術者やアナウンサーにも絶対秘密と確約させた。
開戦回避に反対する強硬派は、一時的に隔離し見張りを付け謹慎させた。
12月25日になりスイスで有力国が集まり国際会議が開かれた。日本も入っている。対応策を検討するために国際会議を開催する事が決定した。開催日は1942年4月10日。開催地はニューヨーク。それまでに戦争中・紛争中の各国は停戦することが求められた。
異常の正体をできる限り調べることも求められた。何しろ金銀財宝が山のように出てくるのだ。それの原因を調べなければいけなかった。1国単独でやるよりも国際合同の方が良いに決まっている。各国とも金銀財宝の報告は入っていた。
確実に混乱するだろう世界をどうやって沈静化させるかも議題の一つだった。
調べて対策を施す前に金銀財宝に狂乱する民衆で大混乱が発止している。
日本は中華民国と停戦することができた。中華民国も国内で問題多発のところに未確認建造物や未確認洞窟ができ日中戦争どころではなくなっていた。中国共産党も人民解放運動という名の内戦と略奪などしている場合ではなくなっていた。勢力圏で多数の異常が現れたからだ。
ヨーロッパでは独ソ戦が終わらない。イタリアは直ぐに当事国と交渉して止めようと図るがドイツの抵抗が大きい。
ソ連もイギリス・フランス・ベルギー・オランダ・ノルウェーもドイツ軍の即時撤退を求めたのだった。
ドイツは占領地の金銀財宝を独り占めにしたかった。しかし、現状ではじり貧以外の何物でもない現実を認めるしかなかった。
アメリカがヨーロッパの混乱は見過ごすことが出来ないと発表したからだ。アメリカが出てくれば負けしかない。ドイツは傷口が広がらないうちに屈した。
フィンランドはソ連を追い出すまで頑張りたかったが断念。現状でソ連に屈した。
ドイツは送り込んだ軍の安全な撤退を求め、各国は渋々認めた。
ドイツもブランデンブルク門に異常が有りボンには巨塔が現れていた。金銀財宝に狂乱する民衆。戦争遂行など国内問題からどう見ても無理であった。アメリカの表明はきっかけに過ぎなかったのだ。
書き溜めてあったものを一部放出。
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