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バスばば

作者: ガナリ

私は毎日バスに乗り遅れる。

しかしそれは私が、普段から時間にルーズだったり毎日寝坊していたりしているわけではない。

ただただ毎日バスに乗り遅れるのである。


ある朝は踏み切りに捕まってしまったり、朝のゴミ捨てに手間取ったり原因は様々だ。

スペイン人に道を聞かれて乗り遅れたことだってある。バスを追いかけて走ることほど悲しいことはちょっとない。


だから私は、いつもバスを乗り過ごすことにした、たまに間に合ってもバス停でいつも一本見過ごすのだ。

それが私の習慣になり、乗り過ごさないことには私の1日は始まらなかった。


ふと気付くと、バス停で周りの人が私を変な目で見ている、どうやらいつもバスを見送る私を不審に思っているらしい、私が使うバス停には1つの路線しか来ない。

だからバスに乗る人なら見送る必要がないのだ。


またある時バス停の近所の子供達がヒソヒソ声で私を指差し「バスババだ、バスババだ」と言っているのを聞いた、私は不審に思われるどころか近所の、子供達の怪談話か何かのネタになってしまったのだ。でもまぁ私には家族も友達もいない、都市伝説になろうが、七不思議の1つを任されようが迷惑かける人はいない。要は私は、なんでもいいからバスを見送りたいのだ、乗り遅れたくなんてないのだ。あなたは同じだと言うかもしれない、それは気持ちの問題だ。


その日も私は、バスを見送り2本目に来たバスに乗った。何本も見送る必要なんてないのだ。


いつものシートに座りカバンから単行本を取り出し読むともなく開き膝の上に置く、いつも読もうとページを繰ると職場に着いてしまう。


幾つか目のバス停で少年が乗り込み私の隣りに座る、近所の怪談にまでなっている、私の隣りに座るなんてと思ったがどうやら、彼は近所の子供ではないらしい。それどころか彼の荷物は、どこから見ても家出少年のそれだ。パンパンのリュックと少しくたびれたスニーカー。


彼は少し涙目で、なにかメモ紙を握りしめている。最初は声をかけてみることも考えた、だが私になにが出来るだろう、私は泣く子も黙るバスババなのだ。何もできないどころか、彼にも恐怖心を抱かせてしまうだろう。


バスのアナウンスが響く「次は県立病院下、県立病院下です。田中ファミリー歯科にお越しの方はこちらでお降り下さい」


今の私には、県立病院下にも上にも興味はない、ただ彼が気掛かりだった。大学を出た次の年に両親を火事で失ってから、家族も親しい友人もいない。それがどんなに寂しいことなのか彼はまだ知らないのだ、知らないことはある意味では幸せなことだ、いつか知る日が来るとしても。


彼が隣りに座って30分が過ぎた。相変わらず彼は、目に涙を浮かべメモ紙を握りしめている。私は声をかけることもなく彼に同情していた、彼をそこまで追い詰めた何かに怒りすら感じていた。


もしかしたら私は彼を、生まれてきたかもしれない子供と重ねていたかもしれない。


もし私が七不思議のバスババとしての何か、特殊な能力があるとしたら彼を救いたかった。無条件で彼を抱きしめ大丈夫と言いたかった、どんなに辛いことがあっても必ずそれは、いつかは終わるのだと。


だが、私は所詮、バスババなのだ近所の子供にとって、いや大人達にとっても恐怖の対象なのだ。話しかければ周りの乗客は、彼すらもバスババの仲間だと思うかもしれない。七不思議のもう1つに、家出少年として加えられてしまうかもしれない。そんな私になにが出来るだろう。


そんな時ふと彼の手元から握りしめていたメモ紙の一文が見えた。


「死にたい…」





…あぁ、私は自分のことしか考えていなかった、私がバスババであるかどうかは関係ない。彼は死にに行くのだ彼を生かせるのは私しかいないのだ。バスババでもなんでも構わない、彼をいや生まれてきたかもしれない子供を救うのだ。


そう決心した私は彼に声をかけようとした。すると彼は、おもむろに停車ボタンを押し次のバス停で降りて行く。


彼は迎えに来ていた母親らしき女の車に笑顔で乗り込んで行った。


茫然と見送る私が思ったことは、私が降りるバス停もここだったということ。


私は降りるバス停すら見送っていた。

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