水平思考問題
「エニグマ、水平思考問題やろうよ」
叡智は藪から棒にそんなことを私に向かって言った。
「……別に構わないが」
「じゃあウミガメのスープをやろう、テンプレなやつ」
出題された問題に対して『YES』か『NO』としか答えられない質問しかできない問題だという。ウミガメのスープというものは水平思考問題の中でもかなり有名なものなので、そうとも呼ばれるようだ。
「ある男がレストランでウミガメのスープを頼んで食べたんだ。しかし……」
叡智が言うには、ウミガメのスープを食べた男は何故か絶望して自殺してしまったんだと。
「……意味がわからない」
「だからそれを質問するんだよ。あ、もちろん『YES』か『NO』かで答えられる質問じゃないとダメだからね」
「本当にウミガメのスープだった?」
「YES」
「毒入りだった?」
「NO」
何度か質問してみたけれど、一向にわからない。答えを聞くしかないか。
「男は昔、無人島に仲間と漂流した経験があった。食料は既に尽きており、仕方なく仲間は飢え死にした仲間の死体を食べたが男はそれを拒んだ。何も食べずに衰弱していく男を見た仲間は死んだ仲間の肉をウミガメのスープと偽り食べさせた。しばらくして男は無事救出された。その後、レストランで本物のウミガメのスープを飲んで昔飲んだウミガメのスープの正体に気づき絶句、たまらず自殺した」
「………は?」
私は答えに納得できなかった。
「意味がわからない」
「だから、人肉を食べたから…」
「ちがう。どうして人肉を食べたから自殺に行きつくんだ?」
「そんなこと言われてもこれが答えなんだもん」
叡智も詳しくはわからないらしい。
「死んだ人間は人間じゃない、人間の形をした肉だ。牛も、豚も、犬も、猫も、同じだ」
「そう言われると困るなぁ」
「その仲間は…自分の命を優先したいから人肉を食ったんだろう? 私は極限状態でも倫理を謳う人間は嫌いだ」
そこで私は質問をした。
「寂滅は、人肉を食ったことはあるが自殺はしなかっただろう?」
「あの子は別の理由でだよ」
「お前は人肉を食っても別に厭わないだろう?」
「…多分」
「私の妹達はそもそも人間も家畜と同じ区分としか思っていないだろう?」
「だろうね」
「そう、だからおかしいんだよ。人肉だけが口にするのを躊躇うものだというのは」
「寂滅が前言っていたよ、生物は同種族の肉は食わないようにできているって」
「だからといって自殺までするだろうか」
「なら、エニグマは?」
「何?」
「エニグマは、妹達の肉は食べる?」
「……『少し残すかな』」
「……やはりエニグマは酷い奴」
「そういう叡智はどうなのさ」
「流石に妹達のは食べないかな……むしろ食べてもらいたいかも」
「お前の方が狂ってないか」
まさか、食べられたいだなんて言う奴が居るなんて。
私もコイツも、イカれている。
「ファントムは最近どう?」
「まぁ元気に遊んでるな。前は飛んでる鳥を撃ち落としてた」
「……また幻を遊びにいかせるよ」
「音廻もたまには寄越してくれよ、三人一緒も好きみたいだね」
「それは蒼冬に言ってくれ」
……唯一人間の知り合いである音廻なら、はたまたその姉である蒼冬なら、この答えの理由がわかるだろうか。男が自殺した理由が。少なくとも人間と関わりの少ないエニグマにはわかりっこないし、叡智も深く考えたことはない。人間の気持ちなんてわかるわけがない。そうして二人の話題は流れるようにすり替わり、妹達が帰ってくるまで続くのであった。