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向宇市アナムネーシス  作者: 金子ふみよ
第三章
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水族館

 逃げ込んだのは水族館だった。しかも休館中の魚介類がいない水族館。改装工事中なのだ。それなのに工事関係者はいない。水族館のスタッフもいない。なぜか、ドアが施錠されておらず中に入って行った。工事関係で出た破片、水槽中の小石、海藻、売店のグッズ各種など弾にならないものはない。けれどもそれらを弾にすることは今はできなかった、というよりもためらわれた。敵がどこにいるか射程範囲内を認められないからばかりが理由ではない。できるだけ館内を毀損してはならないと日野は理解していた。仮に館内のいくつかが損壊し、それがアナムネによるものと判明したとしたら、日野が拘束されるばかりではない。この水族館のリニューアルを待ち望んでいる声を彼は知っていたのだ。工期が予定外に伸びるのが天災によるものならばいざ知らず、自らが加担したとしたら彼が見知っている児童らの顔を曇らせてしまう。彼は正義感に満ちているわけではない。金をもらって狙撃しているのもそれが理由なのではない。日野には正義とかいうものが未だに分からなかった。けれど自分が行っていることがそうであるとも思っていなかった。だけれども、そんな彼だけれども、少なくとも水族館を待ち望む児童らの希望を守ることは現況に置いて自らが少なくとも行わなければならないことだと自認していた。

 駆け巡っていた館内から飛び出した。小さな滝が流れていた。ペンギンコーナーとプレートがある。その一角。相手も狙撃型のアナムネを使用する奴らしい。現に彼の手足にはパチンコが当たった痕がある。

 銃声。その音から日野は駆けだした。パチンコの大きさの弾丸ではない。ドッヂボールか何かが飛んでくる音。施設を破壊させてはならない。身を挺した。そこは岩を挟んで小さな滝が流れている装飾の壁だった。滝の内側に吹き飛ばされ、岩の形状の壁にもろにぶつかった。この硬さの壁ならば亀裂はないだろう。それくらいの背中の痛みだった。たどたどしい呼吸と虚ろなまなざし流れる滝がなおのことままならぬようにさせる。敵から日野はすっかり射程の的になってしまった。負傷具合からしても、狙撃手が近寄って来て紛れもない狙撃を始めるだろう。まさに狙い撃ちである。だが、

「ああ、そうだよな、そうだよ」

 滝に撃たれながらどうにか立っている。

 日野は水の流れる勢いではっきりとは発言できないにもかかわらず、何かの確信をその眼に宿した。

「僕に狙われたものは撃たれなければならない。それは今のこの状況でも変わらない。だから、アナムネ!」

 言い終わると同時に射撃が発せられた。相手は倒れた。弾などどこにもなかったはずだ。岩になっている壁の一部を削った、否。ここに来る途中に駆けながら厨房によって氷を口に含んでいた、否、だが惜しい。日野は固体を弾にする。が、ここに至って敵を殲滅するために滝に打たれている状況で彼が弾にできるかどうかのものは一つしかなかった。水。口の中に入った液体。それを弾にするのだ。ひらめきはアナムネを現出させ、口の中で転がした水滴を装填、発射。できるかどうかではない。できなければならない、という差し迫った緊迫感。そうしなければ、彼はこれ以上、水族館を毀損するわけにはいかないのだ。守るためにはそれができなければならないのだ。どうやらそれは成功したらしく、相手からの反撃がなくなかった。滝から出ると、良く知った黒いスーツ姿のサングラスの男がいた。

「そいつ、任せますわ」

 男は委細承知とばかり何も言わずに倒れているフルフェイスのヘルメットをかぶった輩を担いでそそくさと行ってしまった。日野はこの日、液体を弾にするコツをつかんだ。ハタと何かに気づいたようにして彼はスマホを出した。びしょぬれになって機種変しなければならないそれをポケットに戻すと、日野はやさぐれたようにして吐き捨てるように言った。

「もしかして、僕がこうできるようにするために、なのか?」

 なぜ、今、この場所でという三つの疑問の内、こう考えると二つが見えて来る。残った一つ今、という疑問だけがもやもやして、頭を掻いて日野は水族館を出た。


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