仮和明の夢
「簡潔にまとめられるのはすぐれたことね。ただ」
ここで波越は仮和から視線を外して苦いものを噛んだ表情を隠した。しかし、それを取り繕って、
「だから、仮和君の夢も叶えられるはずなのよ、ほら」
算出された数値を見せられる。
「実はね、もう初等教育や中等教育の課程の中でヴァルネラビリティ値は測定されているのよ。全国的にね。どうやっているかは企業秘密だけれども。だからここに来られるのは一握りの人たちだけ。仮和君、あなたがここに編入できたってことはヴァルネラビリティ値が一定の値に該当はしているの。けれど」
いたずらそうに見る波越に、
「ああ、まったくアナムネとやらは全然出ませんね」
仮和は全く実感なくさらりと答えた。その点を棚上げし、反省をまるでしない様子で続けざまに、
「どうして『アナムネ』って言わないと、その夢の結晶とやらは出ないんですか?」
「君のお父さんに訊いたのと同じ質問するのね」
その視線は、「お前が言うか?」みたいな邪険さを含んでいた。
「『スタンド』だって無言で現れる時もあるし、スタンド名を呼ぶ時もある。名前を呼んだ時の方がカッコいいだろ、みたいなこと言っていた。そうそう、『俺の息子なら気持ちが分かるはずだ』とも言ってたわね、分かる?」
「いえ、全然」
「君はどちらかというと彼と違って落ち着いているものねえ」
「はあ」
「もう、呪文みたいなものと思うことね」
「魔術の間違いなんじゃ?」
「君も言うわね。けれど、今はそんな冗談を言っている場合じゃないわよ。君もアナムネを現出させられるはずなんだから。課程を経て練習あるのみね、数値的にはクリアしているわよ、安心して」
専門家に保証されても実感がないのだから、
「はあ、懸命に努めてみます」
くらいしか返答のしようがない。
「でも、それがすぐにできるとは思ってないです。実は俺は父さんのことを調べに転入して来たんです」
「調べに?」
「父さんが亡くなってから年々、どうして父さんは亡くなったんだろうって思うようになって。研究者だったってのは分かってましたけど、その研究ってのが何だったのか、死因と関係しているのかなんてことを、子供の浅知恵で思うようになって、そしたら父さんの遺品の中から向宇市って言う単語が何回か出ているのを見つけて、調べ始めたら、そしたらあれよあれよという流れでここに来られるようになって」
「親の背を見たくなるのは無理ないわ、だってあなたが幼い頃だったのだから」
波越は何か言い聞かせるような口調をしてから、我に返ったように、
「そうね、せっかく来られたんだから、あなたがどのようなアナムネを顕現できるのか、楽しみにしているわね。卒業した先輩の中には世界に羽ばたいている人もいるのよ。向宇市で叶えてそこから扉が開くこともあるのよ」
先ほどまでの濁ったような口調をおどけて隠しているようだった。
「先生、それで」
仮和には大人の内心についてよりも優先される疑問があった。
「俺の夢って、どんなのか自覚無いんですけど」
大人は即答できずに、少し機材の周りを見渡してから、
「そう、ね。課程をじっくり学ぶうちに鮮明になる、と思うわよ」
何かのファイルをちらりと開いて、そんなことで答えた。
「はあ、分かりました」
話しがこれ以上進まないと、仮和明は一礼してから部屋を出た。
廊下をしばらく静かに歩いた。
「父さん、俺は……」
仮和明は深刻に小さく呟いて、言いかけたことに気づいて止めると、わざとらしく音を立てて歩いた。