研究員・波越
「将来の夢」を幼児の頃からたびたび教員から尋ねられる、あるいは例えば小学六年生の卒業文集に書かされる。あるいは作文の題になってクラスで発表なんてことも。「ああ、それは素晴らしい夢だね。きっと叶うといいね」なんてことで教師陣は「作文の授業」を終えてしまう。夢とは何か、夢はどうしたら叶うか叶えられるかを教えられる機会なんてめったにあるものではない。教科書のどのページにも載ってない。あるとすれば、スポーツ選手や芸術家なんかの苦労話だ。ほとんど言った者勝ちみたいな、それこそ絵にかいた餅にしてしまっていた。おぼろげな蜃気楼と大差ない。けれども、向宇市は違うのだと言う。
「ああ、そうさ。けれども、この都市があって良かったろう? 畝摘君、君ならその身をもって十二分に理解していると思うがね」
政福氏の挑発にも似たと問いかけに、畝摘はすげなく無視を決め込んだ。
「夢、ね……」
仮和明がぼそりとつぶやくと、待っていましたとばかりに、
「そう。まさにそこに着目して発案したのが、君の父・仮和保だ。彼とは大学の同期でね、専攻は異なっていたけれども、それこそ夢を語り合った仲間さ」
「そう、ですか。それはどうも」
仮和明はぎこちなく軽く頭を下げた。仲間、同期と言ってはいたが、父の葬儀の時に見かけた記憶がなかった。しかし、それは無理もない事かもしれない。なにせ、ショックで泣きじゃくって、放心状態だったうえ、一〇歳だったか十一歳だったか。覚束なくても仕方ない。
「政君、油売ってないで、調整急いで」
速足に近づいて来た女性がいた。彼女を見止めると、政福氏は、
「はいはい、分かってます」
逃げるように去って行った。
「あなたたちも暇をつぶしてないで……」
仮和明は女性と目が合った。既視感。どこかで会った気がした。思わずネームプレートを見ようとした。
「仮和君の息子さんね、私は波越。ここの研究員よ」
名前を黙視する前に、彼女の方から挨拶してきた。
「私、仮和君と大学の同期なの。専攻は違うけれど」
「それって……」
「ああ、政君ね。彼とも、そうね。他にも何人か同期がいるから、驚かないでね」
「なんか不自然じゃないですか?」
「ん?」
「向宇市には大学がないってのに、何人も同期がいるなんて」
「仮和君のおかげか、せいか。いずれにせよ、彼がアナムネを発案したことがきっかけでどうやったって集まっちゃうはめになったのよ。仮和君は……ごめんなさいね。思い出させたかしら」
「いいえ、父親は俺の記憶でも自由奔放なところがあったんで、それに振り回されているんですね、そうだとしたら、こちらこそ申し訳」
「しっかりしたお子さんだこと、誰に似たのかしら。きっと父親ではないわね」
仮和が頭を下げるのを遮って波越と名乗った女性はわざとらしく愉快そうに笑って、
「だからね、謝るようなことではないわ。確かに大変だけれど、向宇市に来られてやりがいは感じているから」
「そう言われるなら、父も本望かもしれません」
「あ、立ち話してたら、ほら、授業、急いで」
急かされて三人は教室へ向かった。仮和明の背中を見送る波越の目はどこか逡巡しているようだったが、すぐに決然とした表情に変わった。