宮廷舞踏会 ④
◆◇ 第三十章 ④ ◆◇
国王陛下を先頭に王族たちが入場してくると会場内に散らばっていた招待客たちが一斉に前方に押し寄せて来た。
あーん、これではマティアス様のお顔が見えないわ。
フェリシアは背伸びをし、かつ首も可能な限り伸ばしたが目に入るのは人の頭だけだった。
より良い場所を求めフェリシアは場内をウロウロし始めた。
どこに移動しても人がいっぱいだわ。
陛下にご挨拶もしなくてはいけないからお父様たちも探さないといけないのに。。。
フェリシアがボーッとして立っていると外野の声がよく聞こえてきた。
「あれ?王太子殿下雰囲気変わったな。」
「まぁ、王太子様、少しお痩せになられたのでは?」
「まさか殿下、具合が悪いのでは?」
「余分なお肉が取れてお美しくなられたようだわ。」
王族が入場してからのザワザワの原因はアーサーの容姿のことだった。
そうよね、私はすでに王太子様と何度もお会いしているから何とも思わなかったけど、
お会いする機会が少ない方からすれば王太子様の変わり様は驚きよね。
うふふ
と、いうことは。。。
フェリシアは思った。
見目がよくなった王太子に恋心を抱く令嬢が現れるのではないか。
もしかしたら一度お断りした令嬢も手のひらを返したように近づいてくるのではないか。
フェリシアは勝手な想像をしながらニヤニヤしていた。
そしてアーサーに合いそうな令嬢はいないかと場内をキョロキョロした。
「フェリシア、何を探してるの?」
聞き慣れた声がした。
「あっ、お兄様。」
声の主はシリルだった。
「途中見えなくなったから心配したよ。」
シリルは陛下への挨拶の件を伝えに来たのだった。
「父上が今混んでるからもう少し様子を見てからだって。」
シリルはフェリシアの手を握りながら伝えた。
フェリシアもしばらくシリルの側にいることにしたがシリルのは政務関係者に声をかけられフェリシアの元から離れてしまった。
フェリシアはチャンスとばかりに再びアーサーに合いそうな令嬢を探し始めた。
アーサー本人に頼まれた訳でもないのに余計なお世話と言いたいところだが、フェリシア自身が想像して楽しんでいるのだった。
そういえば王太子様はどんな感じの方がお好みなのかしら?
可愛い感じだとあそこの薄いピンクのドレスの令嬢がいい感じね。
あら?でも、パートナーがいる感じだわ、残念。
えっと、他には、、、、
あっ、あそこの金髪の令嬢はどうかしら?
凛とした正統派の淑女だわ。
王太子妃、いえ、いずれは王妃になるのだからあのレベルは必要ね。
フェリシアは脳内で勝手にアーサーとのツーショットを想像してニンマリしてた。
すると
「こんばんは。」
誰かが声をかけてきた。
フェリシアはまさか自分だとは思わず、妄想をパワーアップさせアーサーと完璧な淑女の肖像画を頭の中で描いていた。
「こんばんは、ご令嬢。」
今度はハッキリ聞こえた。
明らかに自分に向けられていることがわかったフェリシアは声の主を見た。
若い男性が微笑んでいた。
フェリシアも負けずに微笑み返した。
「夜会でお見かけしませんが、もしかして今日が初めてですか?」
男性は優しく話しかけた。
フェリシアは興奮した。
これが夜会で話しかけられることなのね!
やったー、私、本当に社交界デビューをしたのだわ!
フェリシアは飛び上がりたい気持ちをグッと抑え蚊が鳴くようなかぼそい声で返事をした。
「はい、初めてなんです。」
フェリシアの初々しさが男性の心を揺さぶった。
「自己紹介してもいいかな?」
男性は少しずつフェリシアに近づきながら名前を名乗り始めた。
「私は、アレックス、ボイエット伯爵家のアレックスと申します。ご令嬢のお名前を伺っても?」
フェリシアは教えてもいいのか迷った。
特にマティアスからは指示は受けていない。。。。
フェリシアは自己紹介くらい問題ないだろうと思い口を開いた時、ジョン・クレイグが引き攣った顔で近づいて来た。
「オ、オマエ何してるんだ!」
ジョンは名乗ったばかりのアレックスに掴み掛かる勢いだった。
「ジョ、ジョン。驚かせるなよ。何してるってそれはこっちのセリフだよ。」
ジョンとアレックスは知り合いのようだった。
「いやいや、アレックス、何をしようとしている?」
「見ての通り社交さ。言っておくが俺が先に話しているんだからな。」
フェリシアは二人のやり取りを見てクスクス笑った。
「お二人はお知り合いなのですね。」
フェリシアの言葉に二人は顔を合わせると恥ずかしそうにしたが、ジョンは急に真顔になった。
「フェリシア様、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。」
アレックスはフェリシアに頭を下げているジョンを狐に摘まれたような顔をで見ていた。
「ジョン、こちらのご令嬢と知り合いなのか?」
アレックスの質問にジョンは戸惑った。
「えっ、その、知り合いというか、、、、」
「最近知り合ったんですよ、騎士団の関係で。」
フェリシアは助け舟を出した。
「そ、そうなんだ。ぼ、僕の上司の大切なお方で。。。」
ジョンは苦し紛れに適当なことを口走ってしまったが、あながち間違ってはいない。
アレックスはフェリシアのことをジョンの上司の許嫁なのだろうと考えた。
「なるほど、そうだったのですね。せっかくのご縁ですからよろしければお名前だけでも伺ってよろしいですか?」
アレックスは結婚相手探しでもしていたのだろうか、少し残念そうだったが懲りずに名前を聞いて来た。
「フェリシアです。フェリシア・スィントンですわ。」
フェリシアは何のためらいもなく名乗ったがジョンは気が気でなかった。
「フェリシア様、もう十分ですから。」
ジョンはフェリシアとアレックスの間に入り込み、フェリシアの耳元で囁いた。
「こんなところを殿下に見られでもしたら大変です。」
「ふふ、心配ないわ。お話しだけなら大丈夫よ。」
フェリシアはジョンを安心させようとしたがジョンはアレックスを引っ張るように彼女から離した。
「アレックス、もうおしまいだ。 さぁ、あっちへ行って。」
「な、何だよ、ジョン。何も失礼なことなどしてないぞ。」
「わかった、わかった。後できちんと説明するから。」
ジョンはアレックスを追い払いながら思った。
こいつ俺の上司ってぜいぜいグループ長程度の上司と思っているのだろうな。
第三王子殿下のことだと知ったら飛び上がって驚くぞ。
フェリシアはジョンとアレックスを見て笑っていた。
するとジョンがホッとしたような顔で頭を下げた。
「彼は私の友人なんです。本当に申し訳ありませんでした。」
「なぜ貴方が謝るの? 私、彼に嫌なことなどされていないわ。初めましてのご挨拶をして名前を聞かれただけよ。なので貴方は何も気にすることはないわ。」
これはフェリシアの本心だった。
「お気遣いありがとうございます。」
フェリシアは更にジョンを落ち着かせようとした。
「マティアス様は今、陛下のお側にいるはずよ。それにこれだけ人がいっぱいだからきっとマティアス様の目も届いていないわ。」
フェリシアは自信満々だったが、初めての王宮での舞踏会、王族が座る場所がわずかだが高くなっていることを知らなかった。
マティアスはしっかり見ていた。
陛下と共にジョシュア以外の王子たちも会場に現れた。
マティアスは一歩足を踏みれた瞬間からフェリシアを探した。
少しピンクがかった金髪に水色のドレス、いつもとは違う髪型だが先程会ってしっかり目に焼き付けた。
そう、陛下の後ろに立ったマティアスはすぐ見つけた。
しばらくフェリシアを見続けていたマティアスはフェリシアの謎の行動が気になって仕方なく後ろに待機しているルーファスに確認した。
「彼女はなんでウロウロキョロキョロしてるんだ? 何かあるのか?」
「さぁ、好みの男でもいたんじゃないですか? ほら、嬉しそうな顔しているじゃないですか?」
ルーファスはからかい気味に言うとマティアスは間に受けてしまったようだった。
「そ、そんなはずはない。第一いくら何でもここからは細かい表情はわからんだろう?適当なことを言うな。」
マティアスはムキになってルーファスに言い返したが、胸の内では「まさかそんなはずはない」と呪文のように唱えていた。
心ここに在らずで貴族たちからの挨拶を受けていたマティアスは不審な男がフェリシアに近づいているのに気づいた。
「ん?ルーファス、あれは誰だ?怪しいな。」
マティアスはルーファスに耳打ちした。
「あの方は確かボイエット伯爵家のご令息だったような。。。」
「あっ、あっ、あいつフェリシアに近づいて話かけているぞ。見守り隊はどうした?」
「そりゃ、夜会ですからね、色々な人と会話を楽しむでしょ。フェリシア様は大丈夫ですよ、ほら、ジョンも急いで向かっていることですし。」
ルーファスはお決まりの冷めたセリフをマティアスに向けた。
「ジョン、何しているんだ。早く、早く行くんだ。」
マティアスはルーファスの言葉なんぞ聞いてはいなかった。
ルーファスはいつまでもグズグズしているマティアスに少しばかりイラッとしていた。
「殿下、お気持ちはわかりますが今はキョロキョロしないできちんと貴族たちからの挨拶を受けてください。」
ルーファスにお叱りを受けたマティアスはしょげていた。
挨拶といったって
いつも同じ顔ぶれじゃないか。
飽きちゃったよ。
中には自分の娘を露骨にアピールしてくる者もいるしな。
そんなに自慢の娘ならアーサー兄上に売り込めばいいのに。。。。。
でもな、これからはこういうこともきちんと行わないといけないのだろうなぁ。。。。
マティアスに見られてるとはこれっぽっちも思ってもいないフェリシアとジョンが一息ついてるとシリルがやって来た。
「フェリシア、待たせてしまったね。父上がそろそろ行こうかと言っていたよ。」
「わかりました、お兄様。」
フェリシアはシリルの後を歩きながらジョンはどうしているのか振り返った。
ジョンは問題ないと手で合図しながら一定の距離を保ちながらついて来ていた。
フェリシアが両親の元へ来ると母レイラは見たことのある夫人と談笑していた。
あれ?
あの方見覚えがあるわ。
どなただったかしら?
・・・・・そうだわ!
児童園のバザーの時にいらしていたご夫人だわ。
レイラはフェリシアが戻ってきたのに気づくと話しを切り上げ、トラビスは家族全員の顔を見て声をかけた。
「さぁ、みんな揃ったことだし陛下にご挨拶だ。」
トラビスとシリルの後ろをフェリシアとレイラが続いた。
「ねぇ、お母様、先程お話しされていた方に見覚えがあるのだけど、確か児童園にいらしてくれた方よね?」
フェリシアは自分の記憶の答え合わせをした。
「えぇ、そうよ。これからフェリシアはもこのような会でお会いすることもあると思うわ。その時はご挨拶を忘れないでね。」
「はい、お母様。」
フェリシアはこれから社交をするんだ!という気持ちで胸が高鳴った。
相変わらず陛下の周りは人が集まっていた。
スィントン一家にいち早く気づいたノアはアーサーに教えた。
挨拶のタイミングを待っているフェリシアをチラッと確認したアーサーは陛下に耳打ちをした。
陛下は顔をトラビスに向けるとニヤッと笑いながら
「スィントン侯爵、あの日以来だな。」
とトラビスに声をかけた。
トラビスは招待されたことへのお礼を述べ彼に続いてフェリシアら家族がお辞儀をした。
フェリシアはかしこまった陛下たちを見て可笑しくなってしまった。
いつも私的な時にしか会わないので改まって公的な場で会うとどんな顔をしていいのかわからなくなってしまった。
他の招待客たちの手前お澄まし顔を保とうとするがつい吹き出してしまいそうになる。
前に座っている陛下たちも同じ気持ちなのかフェリシアを見て笑いを堪えているようだった。
ただ、アーサーだけがいつもの真面目な顔を崩していなかった。
さすが、王太子様ね。
威厳をお崩しにならないわ。
王妃様は私のドレスを満足そうに見つめているわ。
きっと王妃様がマティアス様に色々助言なさったのね。
フェリシアはそっとマティアスに視線を向けた。
先程までの凛々しい顔はどこへいったのやら、マティアスは他の誰よりも嬉しそうにしていた。
彼は体裁を考えて笑顔を隠すつもりなどさらさらなさそうだ。
衣装の色でさえお揃いで目立ってしまっているのに追い打ちをかけるように満面の笑顔では「私たちを見てください!」と言っているようなものだ。
フェリシアは慌ててマティアスに目線を送り声を出さずに口だけ動かした。
カ・オ
マティアスは気づいてくれたようだ。
ウンウンと頷いたもののいつまでたっても笑顔のままだ。
むしろマティアスの頬みは最大になった。
マティアス様、違います!
お顔をが緩み過ぎですわ!
これでは周りの人たちに怪しまれてしまうとでフェリシアは焦った。
マティアスが座っている席の側には真紅のドレスが見え隠れしている。
シンシアがいるのだろう。
目立つ色のドレスでよかったと思う反面、マティアスの近くにいるので彼が笑顔を送っているのがわかってしまう。
フェリシアはルーファスを見つめた。
勘の鋭いルーファスはすぐにフェリシアの視線に気づいた。
フェリシアは一瞬マティアスを見てからルーファスに先程と同じように口だけ動かした。
カ・オ
ルーファスは見回る振りをしてマティアスの顔が見える位置まで移動した。
ルーファスは任務の一環のように眼光鋭く周りを見てからマティアスの顔を見た。
プッ
ルーファスは思わず手で口を押さえながら吹き出した。
そして慌ててマティアスの元へ行くと目立たないように何かを伝えた。
「殿下、凛としてください。お顔が崩れていますよ。」
相変わらずルーファスは直球で攻める。
マティアスは驚いてルーファスの顔を見つめた。
「ルーファス、何を言っているんだ? フェリシアが目の前にいるんだぞ。しかも、ス・キって合図を送ってくれたんだ。」
「はぁ?」
ルーファスは絶句した。
元々浮世離れした感じではあったがこんなオメデタイ感じではなかったような。。。
ルーファスはフェリシアの意図を理解して一貴族だけに必要以上の笑顔無を向けない方がいいと助言した。
マティアスは一瞬顔をしかめてから戸惑った様子だった。
ルーファスはチラッとフェリシアを見た。
フェリシアはやはりルーファスはマティアスの隣にいる人なのだなと納得しながら目の動きでありがとうと伝えた。
通じたかしら?
ルーファスは小さく手を動かした。
きっと問題ないという意味だろうとフェリシアは安心した。
フェリシアがマティアスに気を取られている間陛下とトラビスが何を話していたか全く頭に入っていなかった。
挨拶を終え陛下の前から去ろうとした時、フェリシアの視界にダレルが入った。
フェリシアは今度はダレルの番なのねと微笑みかけようとすると、ダレルの先に真紅のドレスが飛び込んできた。
少し遠かったので細かい表情まではわからなかったが、シンシアが不機嫌そうなのはわかった。
そしてマティアスとフェリシアを交互に見ていた。
あっ、シンシア様だわ。
あの顔、確実に私のこと睨んでいるわよね?
あーん、マティアス様、こういうことになるから。。。。もう。。
シンシアは自分もマティアスに微笑みかけてもらいたくて一生懸命に熱い視線を送り始めた。
フェリシアはシンシアから逃げるのなら今だとシンシアから一番遠い場所に行こうとした。
「あら、フェリシア、どこへ行くの?」
母レイラに呼び止められた。
フェリシアが指で反対側を指した。
「陛下への挨拶も済んだしお父様と私は戻るのだけれどフェリシアはどうする?」
「もう、戻ってしまうの?」
フェリシアは残念そうに言った。
「別に一緒に戻らなくてもいいのよ。シリルもいるから楽しんでいていいわ。殿下もお話があるかもしれないし。そのかわり必ずシリルと一緒に帰って来なさいね。」
「はい、わかったわ、お母様。」
フェリシアはシンシアから逃げるようにテラスに側に移動した。
ダレルも探偵のように一定の距離を保ちつつフェリシアの後を追った。
フェリシアは会場内を見て回る楽しみを知った。
おしゃれな令嬢や夫人たちを見ていると勉強になるわ。
あの方のドレスの色、素敵だわ。
あちらのご令嬢の髪型は参考になるかも。
次の舞踏会はあんな感じにしてもらおうかしら。
フェリシアがおしゃれ探知センサーを働かせているとマデリンを見つけた。
フェリシアが声をかけるとマデリンは駆け寄って来た。
「まぁ、フェリシアどこにいたの? さっき叔母様たちに会った時いなかったから心配しちゃったわ。」
マデリンに言われフェリシアはマティアスとこっそり会った時から今に至るまでを話した。
「まぁ、なんだか色々大変だったのねぇ。」
「うん、まぁね。でもね、私には必ず助けてくれる人が現れるの。フフ。」
マデリンはフェリシアの「フフ」できっとマティアスが従者でもつけたのだろうと思った。
「あらあら、それはよかったわね。ところでそのドレス、もしかして殿下から贈り物?」
「そうなの!わかる?」
フェリシアは上半身を捻り後ろ姿も見せた。
「もう、バレバレよ。どこから見たって王子の色じゃないの。しかもそのデザインはマダム・キンバリーでしょ?
本当に素敵ね。」
「実を言うとね、私もびっくりしてるの。」
「いいわねぇ、幸せで。私なんかお母様に今日の夜会で結婚相手を探したらどう?って言われたわ。無理に決まっているじゃない?」
マデリンはため息をつきながら話した。
「そんなことわからないわ。マデリン、すごく綺麗になったし、そのドレスもとても似合っていて素敵よ。完璧な淑女だわ。」
「まぁ、ありがとう。このドレス、去年領地で仕立てたやつなの、やっぱり王都のとは違って少し流行遅れのような感じなのよね。」
「大丈夫。マデリン自身がスッキリ美人になったからドレスのデザインなんて全く気にならないわ。」
二人が女子の会話に夢中になっているとマデリンに希望の道が開かれたように男が近づいて来た。
「こんにちは、こんなところでご令嬢二人で何をしているんですか?」
フェリシアとマデリンは驚いて顔を見合わせた。
「こんなお美しいご令嬢がいるのに放っておくなんて今日出席している男どもはダメですね。」
女心をくすぐるような言葉がスラスラと出てくる男だった。
おぉ、また現れたわ。
マデリン、がんばれ!
フェリシアがワクワクしているとマデリンはサラッと答えた。
「まぁ、お上手ですこと。」
「ハハハ、私は事実を述べただけですよ。」
男はマデリンに微笑みながらもチラッチラッとフェリシアを見た。
鈍感なフェリシアはそんなことも気づかず一緒になって笑っていた。
マデリン、この方とお話ししたらどうかしら?
気が合うかもししれないわ。
フェリシは勝手にマデリンを応援していた。
フェリシアが保護者のように二人を見ていると右半身に暖かい人の温もりを感じた。
なんだろう?と思って横を向くとダレルが立っていた。
いや、立っていた言うより密着してきたと言う方が正解だろう。
あれ? さっきまであの辺で見守ってくれていたのにどうしたのかしら?
ダレルはフェリシアの表情で何を考えているのかわかるようだ。
「そろそろダンスが始まりそうなので。」
フェリシアは今度は「だから何?」と言う顔をした。
「彼はフェリシア様に申し込む気満々のようです。」
「え?」
フェリシアはつい声を出してしまった。
男はマデリンと話しながらダレルとこそこそ話しているフェリシアを何度も見ていた。
「ほら、今だって気になって何回もフェリシア様を見ていますよ。」
フェリシアは会話の内容よりもダレルが耳元で囁くことの方が気になって仕方なかった。
ダレルの熱い息が耳に掛かるとなんだかおかしな気分になるわ。
なぜかしら?
楽団員たちが着席し軽く調律を始めた。
もうすぐダンスが始まる。
「フェリシア様、申し訳ありませんが少しだけ我慢してくださいね。」
ダレルは相変わらず耳元で囁くとフェリシアの腰にそっと手を回した。
うわぁ
ダ、ダレルったら何をするの!
フェリシアは鼻息を荒くしてダレルの顔を見た。
ダレルは澄ました顔をしていた。
もう、私の心臓破裂しそうだわ。
興奮して目を回しているフェリシアにダレルは追い打ちをかけた。
「こうしていればフェリシア様を誘わないはずです。」
確かに断るよりも誘われない方が楽だ。
「ダレル、面倒かけてごめんなさいね。でも、お子ちゃまな私には刺激が強すぎるの。」
フェリシアは小さい声で言うとダレルはフフと笑うだけだった。
楽団員は楽器を構えた。
もうすぐ一曲目が流れ、ダンスが始まる。




