王宮市民開放日 ①
◆◇ 第二十九章 ① ◆◇
邸に着き馬車から降りるとラッセルとアンナがウロウロしている姿が目に入った。
あら? 私のことを待っているのかしら?
ラッセルとアンナががいるわ。
ん? と言うことは
また、何かあるってこと?
フェリシアが馬車を降りても歩いて行かないのでダレルは不思議に思い声をかけた。
「フェリシア様、今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みください。」
ぎごちない笑顔をダレルに向けると意を決して進んだ。
「お嬢様、お待ちしておりました。」
フェリシアはムスッとした顔でラッセルを見た。
「お、お嬢様、何故睨むのですか。」
「だってぇ。ラッセルが私を待っていると絶対いいことないもの。」
フェリシアがプイッと横を向いてるとアンナが顔を出してきた。
「お嬢様、今回はいいお知らですからさぁさぁ早くお部屋に行きましょう。」
アーン、一番に湯浴みしたかったのにぃ。
フェリシアはアンナに急かされながら邸に入って行った。
ラッセルはコホンと軽い咳払いをすると勿体ぶるように話し始めた。
「お嬢様宛に王宮から贈り物が届いております。」
「王宮から?私さっきまで王宮に居たのに?もしかしてマティアス様からかしら?」
「さようでございます。」
ラッセルは自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
「お嬢様、箱をご覧くださいな。」
なぜかアンナがワクワクしていた。
「何かしら?今日お会いしたけど何もおしゃってなかったわ。」
フェリシアはブツブツ言いながら箱に近づいた。
「結構大きい箱ね。ということは宝飾品ではなさそう。。。」
フェリシアは箱に顔を近づけると何かに気付いたらしく「あっ!」と声を上げた。
「キンバリー商会って書いてあるわ!」
「キンバリー商会といえば王都で一番人気で早くて半年待ちと聞きましたよ!お嬢様、よかったですね。」
フェリシアよりもアンナが興奮していた。
「す、すごいわ!」
箱を開けたフェリシアは呼吸をするのを忘れてしまいそうなくらいだった。
素敵すぎるわ。
でも、いつの間に依頼したのかしら?
「お嬢様、お疲れでしょうが、寸法の確認をしなければいけませんので鏡のお部屋で試着をいたしましょう。」
「えぇ、そうね。」
あぁ、湯浴みが遠のいてしまったわ。
でも、今日ギリギリに間に合わせたということは
明後日の夜会で絶対着てねという意味よね?
フェリシアとアンナは試着用の部屋へ移動した。
この部屋は主に母レイラが服飾関係の商会を呼んだ時に使用している部屋だ。
アンナはドレスを丁寧に取り出すとハンガーに吊るし形を整えた。
「あら、お嬢様。マダム・キンバリーからメッセージが入っていますよ。」
封筒を開封するとマダム・キンバリー直筆の手紙が入っていた。
内容は、直前のお渡しになってしまったことへのお詫びと、もし合わない箇所があればその場でお直しをするのですぐ連絡をくださいとのことだった。
アンナに手伝ってもらいドレスを試着した。
「わぁ、本当に素敵です。袖口にレースが付いていてちゃんとお嬢様のお好みになっていますね。」
アンナは目をキラキラさせてドレスを確認していた。
ドレスは初めての舞踏会に相応しく胸元があまり開いていない少し初々しいデザインになっていた。
色は地の色は青だが薄く白いシフォン生地と重ねられており淡い青に見えるようにしていた。
「透ける生地を重ねて殿下の瞳のお色と同じに見せるなんてとても手が込んでいますね。」
「本当に素敵だわ。私には勿体無いくらい。」
「そんなことありません。お嬢様にとても似合っていますよ。」
フェリシアは試着した自分の姿を鏡に映しドレスを見つめていると何か気づいた。
「まぁ、裾に刺繍があしらわれているわ。」
「細かい部分も手を抜くことなく素晴らしいですね。一着完成するまでに何ヶ月もかかるのもわかりますわ。殿下も随分前に依頼したのでしょうね。」
「うーん、多分王室特権を最大限利用したのだと思うわ。特に王妃様だと思う。」
「まぁ。王妃様が。」
驚いたり感心したりとアンナの表情はくるくる変わっていた。
フェリシアは鏡を見ながら思い出した。
マダム・キンバリーが児童園のバザーに来たのはそういうことだったのね。
私のことジロジロ見て気分が悪かったけど
あの時すでに依頼を受けていたんだわ。
「お嬢様、ここの部分どうでしょう? もう少し詰めた方がよろしいですか?」
アンナはウエスト周りをつまむようにして聞いてきた。
「うーん、どうしようかしら?大きすぎることはなのだけど。。。」
「当日はコルセットをいつもの倍は締めますよ。」
「えっ!」
アンナは当然でしょといった顔をした。
「明日朝一番にお店に行きましょう。邸に来てもらうより早いと思いますので。」
「えぇー。行くの?」
「ラッセルさんに今すぐに連絡してもらいますね。」
「でも、もうお店は閉まっているのでは?」
「お祭り期間ですから店内に人はいますよ。それに建国祭も明日で最終日ですよ、お嬢様も街に行きたいでしょ?」
「・・・・行きたい。。。」
「うふふ、決まりですね。」
アンナはすぐにラッセルの元へ行き事情を説明した。
ドレスから解放されやっと湯浴みができるようになった。
「ふぅ〜、いい気持ち。やっと落ち着いた感じだわ。」
フェリシアは今日一日の王宮での出来事をアンナに話した。
「大変でしたね。お嬢様のお疲れは身体ではなく心のお疲れですね。」
「そうなのよ。でも、明日アンナとお出かけできるから元気になりそうよ。」
「それはよかったです。お嬢様と一緒にお祭りに行くのは明日で最後になるかもしれませんものね。」
アンナはフェリシアの髪の手入れをしながらボソッと言った。
「・・・・」
フェリシアは言葉に詰まった。
フェリシアは目だけを動かしアンナを見ると、アンナは手を止めることなく続けた。
「護衛はどうしましょう? ダレル様に連絡取りますか?」
「無理だと思うわ。明日は開放日でしょ? 一人でも多い方がいいからと王宮の警備の手伝いを頼まれたんですって。」
「そうでした、王宮開放日ですものね。騎士様総動員で警備になりますものね。では、ラッセルさんに誰かお願いしましょう。」
湯浴みを終えるとフェリシアはベッドに潜り込んだ。
あぁ〜
やっとベッドに入れたわ。
ふかふかして気持ちいい〜
もうこの瞬間に眠れそう
こうしてフェリシアの疲労困憊した長い一日終わった。
翌日、アンナがフェリシアを起こしに来ると部屋の前で誰かがウロウロしているのを見た。
「どうしました?」
アンナが声をかけるとウロウロしていた男が振り返った。
「わぁ、びっくりした! アンナさん脅かさないでくださいよぉ。」
そこにいたのは見習い使用人二年目のフィルだった。
「こっちこそ脅かさないでよ。そもそもフィルはここで何してるのよ。」
「僕、ラッセルさんにお嬢様の護衛をするように言われたんですよぉ。」
「えぇ?確かに護衛を頼んだけどまさかフィルとは。。。」
「えー、アンナさん酷いなぁ。僕、これでも結構ケンカ強いんですよ。」
フィルはボクシングのようなポーズをとった。
「ケンカって。。。護衛はケンカと違うわよ。」
アンナが厳しめにいうとフィルは下をぺろっと出した。
「もう、お調子者なんだから。お嬢様の支度が終わったら知らせるから戻ってなさい。」
フィルは渋々戻って行った。
「お嬢様、おはようございます。」
アンナがフェリシアの部屋に入るとフェリシアはベッドの中ではあったがパッチリ目を開けていた。
「誰と話していたの? 話し声で目が覚めたわ。」
「騒がしくて申し訳ございません。部屋の前にフィルがいたものですから。」
「フィル? 何か用だったのかしら? ノックしてくれればいいのに。」
「ふふ、なんとダレル様の代理らしいですよ。」
アンナは笑いながらベッドから起きるフェリシアを支えた。
「代理って?」
「護衛ですよ。」
「ふぅ〜ん、フィルがね。ラッセルの人選の基準が知りたいところだわね。」
フィルはフェリシアより一歳歳上だが少々お調子者であるため歳下に見えてしまう。
「さぁ、お嬢様急ぎましょう。一番に行かないと一日で終わらなかったら大変ですからね。」
アンナはいつものように手際よくフェリシアの支度を進めた。
全ての準備を終え場所に乗り込もうとするとラッセルが見送りに来てフィルを心配そうに見ていた。
「じゃ、ラッセルさん行ってきますね。」
フィルはラッセルの心配など気にしていないようだ。
「こらフィル、はしゃぐな。祭りに行くんじゃないぞ。ちゃんとお嬢様をお守りするのだぞ。」
「はーい。了解です。」
ここまで明るいと逆に気持ち良くなってしまいそうだ。
フェリシアはラッセルにこっそり聞いてみた。
「なんでフィルなの?彼、大丈夫かしら。」
ラッセルはニヤッとした。
「あの感じだと心配でしょうが、彼はあれでもなかなか男気がありましてね。見習い期間は長くなりそうですがいい使用人になると思いますよ。」
「そうなのね。ラッセルが言うなら安心だわ。」
フェリシアはラッセルに小声で答えるとアンナとフィルの方を向き言った。
「さぁ、行きましょう。」
フェリシアの声にフィルは嬉しそうに馬車まで小走りで来るとサッと扉を開けた。
「お嬢様どうぞ。」
お調子者はフェリシアに手を差し出した。
が、フェリシアは微笑みながらフィルの手をチョンチョンと払った。
「フィル、まだ早いわよ。」
フィルはテヘヘと頭を掻いた。
フェリシアとアンナが馬車に乗り込むとフィルは扉を閉め御者の隣に座った。
街に入るといつもの場所で馬車から降りた。
まだ早いのに街は大勢の人で賑わっていた。
どうやら祭りを楽しむために集まった人々ではないようだ。
ある程度の人数のグループでまとまり、皆同じ方向へ歩いて行った。
「皆同じ方へ行ってますけど何かいいことあるんですか?」
フィルは真面目な顔をして聞いてきた。
「もうフィル知らないの?今日は王宮の一部分を市民に開放する日じゃないの。バルコニーで王族方がお手振りするのよ。良い場所を取るために早めに出発するのね。」
アンナは少し呆れたようにフィルの顔を見た。
「えー、大変! お嬢様ここにいる場合じゃないですよ!お手振りに出席しなくていいんですか?」
フィルは驚いた。
「フィル、落ち着いて。私、まだ王族じゃないわ。」
フェリシアは冷めた目でフィルを見た。
そして内心は。。。。
まぁ、お手振りに参加というより
マティアス様のお手振りを見たいのが本音よね。
でも、今日は大勢の人が王宮に行くから
私が行くと迷惑になってしまうものね。
フェリシアは王宮に向かっている人たちを羨ましそうに見つめていた。
「どうしたんですか、お嬢様。早くキンバリー商会に行きましょう。」
珍しくフィルから急かされてしまった。
キンバリー商会は別名高級店通りとも呼ばれてる中央広場近くの二番通りに店を構えていた。
三人が店へ行くとすでに店主のマダム・キンバリーとお弟子さんたちが並んで待ち構えていた。
「スィントン侯爵ご令嬢、お待ちしておりました。私が店主のラナ・キンバリーでございます。早くからご足労ありがとうございます。第三王子殿下から明日の夜会に間に合わせるよう仰せつかりました。早速ですが試着部屋へ
ご案内いたしますのでどうぞこちらへ。」
フェリシアとアンナはマダム・キンバリーの後を着いて行ったが、フィルはどうしたらいいのかオドオドしていた。
すると見習いのお針子さんだろうか、まだあどけない顔をした少女がフィルを男性用の待ち部屋に案内した。
フィルは自分が常連客にでもなったような気分になって嬉しそうに着いて行った。
フェリシアがドレスを着るとマダム・キンバリーは真剣な眼差しでフェリシアの周りを一周し、腰回りの布を摘んだ。
「この部分を少しお詰めしましょう。よかったです、他は大丈夫そうですわ。」
マダム・キンバリーは安堵したのか表情が和らいだ。
「お時間はどのくらいでしょうか。」
アンナが尋ねた。
「そうですね、一箇所だけですから一、二時間間もあれば十分だと思います。」
マダム・キンバリーが時間を見積もるとフェリシアとアンナは顔を見合わせた。
「完成したドレスですが、お邸にお届けも可能なのですが、できれば完璧な状態でお召しいただきたいので最終試着をお願いしたいのですが。。。」
確かにそうだ。王都で一番人気のデザイナーのドレスがサイズの合わない状態で着られるなんて許されないことだろう。
「そうね。お祭りを見て一休みしたら二時間なんですぐだわね。戻ってきても平気よ。」
フェリシアはアンナに言った。
「それでは受け取りに来ましょう。」
アンナはマダム・キンバリーに時間を見計らって戻ってくることを伝えると店を出た。
「私、朝食を食べていないからちょっと何かいただきたいわ。」
「では、少し早めの昼食にいたしましょうか。」
アンナはパレードの時に寄った食堂を提案しフェリシアも同意した。
店に向かってフェリシアとアンナの後ろを歩いていたフィルはどうも落ち着かない。
ドレスショップを出てから右を見て左を見て、何回も後ろを振り返っていた。
「フィル、さっきからキョロキョロしてどうしたの?おのぼりさんみたいよ。」
イラッとしたアンナはキツめの口調で注意した。
「へへ、僕はおのぼりさんみたいなもんですよ。すみません、お店出た後から視線を感じるんですよぉ、誰かにつけられているのかと思いまして。。。」
フェリシアもアンナも無言でフィルを見つめた。
「気のせいじゃなかしら。」
アンナが一蹴した。
「そうですかね?アハ、そうですよねぇ〜」
フィルはアンナに合わせたが、内心はそうではなかった。
うーん、アンナさんは気のせいって言うけど
なんか気になるんだよなぁ。
悪いことにならなければいいけど。。。
フィルはおのぼりさんと言われようが前後左右に気を配りながら二人の後を着いて行った。




