建国式典 ①
◆◇ 第二十八章 ① ◆◇
太陽の日差しはかなり低く晩秋もそろそろ終わりを感じる今日この頃、約一ヶ月近く続いた建国祭もメインの式典が終わればリスティアル王国も季節は冬になる。
外出予定のないフェリシアは自室で読書をしていた。
どんな本を読んでいたかと言うと。。。。。相変わらずアンナから借りた恋愛小説だった。
私は恋愛経験どころか異性の知り合いもいないから本で勉強しなくっちゃ。
と、フェリシアは考えていた。
ドキドキしながら恋愛小説を読んでいると扉を叩く音がした。
「フェリシア、いるかしら?」
母レイラの声だ。
「あっ、お母様。」
「あら、フェリシア、読書中?」」
恋愛小説を読んでいることがレイラに知られたくないフェリシアは大慌てで本を閉じた。
「大丈夫ですわ。どうされました?」
「お茶のお誘いよ。今日はお父様もいるしたまには一緒にどうかと思って。」
「わぁ、お父様と一緒なんて嬉しい。すぐ片付けて行きますね。」
フェリシアが部屋に入るとラッセルがお茶を入れているところだった。
焼きたてのお菓子の甘い香りがフェリシアの鼻をくすぐった。
「読書中だったんだって? フェリシアが本を読むなんて珍しいな。」
父トラビスが面白がるように話しかけた。
「まぁ。お父様ったらひどいわ。私だって読書くらいしますわ、勉強は大嫌いですけど。」
「ハハハ、それは悪かった。でも少しは勉強も頑張ってもらわないとな、お妃教育にも影響が出るだろう?」
「ヘイマー先生はよく頑張っていると褒めてくださいましたわ。」
「そうか、褒められたのならよかった。」
トラビスは満足そうにしていたが急に真顔になり質問をしてきた。
「ところで、王子とはどうだ?順調なのかな?」
想定外の質問にフェリシアはお茶をこぼしそうになった。
「マティアス様はよくしてくださいますわ。そうそう、最近護衛をつけてくださいました。」
「護衛だって?」
トラビスは驚いた。
「えぇ、いずれ正式に婚約すれば護衛がつくからって言ってましたけど、マティアス様は少し過保護過ぎる気がしますわ。」
フェリシアは澄ました顔で言うとトラビスは間髪を容れずにフェリシアに返した。
「それはフェリシアが危なっかしいからだろう?」
「・・・・・そう言えば、そんなことを言われたことがあった気がしますわ。」
フェリシアはバツが悪くなったのでお菓子を食べて誤魔化した。
レイラは嬉しそうに二人を眺めていた。
三人でお茶を楽しんでいるとラッセルが入ってきた。
フェリシアはすごい形相でラッセルを睨んだ。
「お、お嬢様、なぜ私を睨むのですか。」
ラッセルは困ったような表情をした。
「だって、ラッセルが来るといつも王宮が絡んでるんだもん。」
「お嬢様、まさにその通りでございます。」
フェリシアは食べていたお菓子を詰まらせそうになった。
「ほ、本当なの?」
「はい、お嬢様宛の手紙を預かりました。」
ラッセルは微笑みながら手紙を乗せたトレイを前に出した。
手紙を受け取ったフェリシアは両親の顔を交互に見てから封を開けた。
マティアス様、何かあったのかしら?
式典が終わるまでお忙しいはずなのに。。。。
手紙を読み終えたフェリシアは思わず声をあげてしまった。
「お、怒られるのかしら?」
「怒られるだと?」
トラビスもつられて声を出してしまった。
「お父様、違うのです。明日王宮に来て欲しいそうですわ、迎えを出すから予定を聞かせてですって。」
フェリシアはラッセルに明日問題なく王宮へ行くことを伝えてもらうと落ち着きを取り戻そうとお茶を飲んだ。
「本当に王子とは何もないんだな?」
トラビスは念を押した。
「フェリシア、あまり心配させないでね。」
レイラも不安そうに聞いてきた。
「大丈夫、大丈夫、お父様もお母様も心配しないでね。」
フェリシアは心配御無用と言ったものの心中は穏やかではなかった。
その夜、就寝の支度を整えてもらいながらフェリシアはアンナに相談した。
「ねぇ、アンナ。やっぱり明日マティアス様に怒られるのかしら。」
「この間申したように侍女に勧められて一緒に行ったとおっしゃてくださいませ。」
「そんなこと言わないわ。自分で決めたのだからちゃんとお話しするつもりよ。」
「お嬢様、熱くなって言い合いなどなさりませぬように。」
「やあね、私はもう大人なんだからそんなことしないわ。あっ、そうだ、いいこと思いついたわ。お祭りで買ったリボン、マティアス様が口を開く前に渡してしまえばいいわ。」
フェリシアの名案を聞いたアンナは吹き出しそうになった。
「その作戦で殿下の機嫌直りますかね?」
「直るはずよ。私だったら直るわ。そんなものでしょ、人の気持ちなんて。」
アンナはフフフと笑いながらフェリシアの髪を梳かした。
翌日、アンナはフェリシアを華美にならないよう少し落ち着いた装いに仕上げた。
「こんな感じでいかがでしょうか。」
「今日は控えめなのね。あっ、怒られるのを前提にしてるでしょ?」
「わかってしまいましたか? でも、その方が印象がいいかと思いまして。リボンはお揃いにしておきましょう。」
フェリシアは鏡で自分の姿を見た。
「きっとお揃いのリボンを見れば殿下の怒る気持ちも吹き飛びますよ。」
アンナは自信満々だった。
「そうだといいのだけどね。」
フェリシアは曖昧な返事をすると窓から外を見つめた。
「はぁ、憂鬱だわ。。。。」
落ちていく枯葉を目で追いながらフェリシは呟いた。
「お嬢様、死刑宣告を受けに行くわけではないでしょう? 殿下からお小言を言われたら素直に聞き入れればいいのですよ。お辛いでしょうが気をしっかりお持ちくださいませ。」
アンナがフェリシアを元気づけていると足音が部屋の前で止まり扉が開けられると使用人が立っていた。
「フェリシアお嬢様、ご準備終わりましたでしょうか。王宮からのお迎えが到着いたしました。」
連絡を受けフェリシアが玄関ホールへ行くと待っていたのはルーファスだった。
「まぁ、ルーファス様がお迎えなんて。」
ダレルかと思っていたフェリシアは少し驚いた。
「フェリシア様、お久しぶりです。」
ルーファスは爽やかな笑顔でフェリシアを迎えた。
一目で王宮所有とわかる華やかな装飾の馬車に乗るとルーファスも乗り込んできた。
「申し訳ございません、同乗させてきただきます。」
フェリシアは微笑んだ。
邸の者たちに見送られフェリシアを乗せた馬車は出発した。
馬車が動き出すとルーファスはすぐ口を開いた。
「フェリシア様、いろいろ予定がおありだったでしょうに急にお呼びだてして申し訳ございません。」
「いいえ、私は大丈夫ですわ。」
フェリシアは頭の中でいろいろ考えてしまった。
なぜ、今日はルーファス様がお迎えに来たのかしら?
ダレルに何か問題でもあったのかしら?
マティアス様がお話ししたいって。。。
「あのぅ、私、マティアス様に怒られるのですか?」
フェリシアはおずおずと聞いてみた。
「怒られる?フェリシア様が?」
ルーファスはわざとらしく驚くとフェリシアは黙って首を縦に振った。
「フェリシア様は殿下に怒られることをしたのですか?」
ルーファスは笑いながら聞いてきた。
フェリシアは思った。
あぁ、私から事前に話を聞きたいから
ルーファス様が迎えにきて馬車に同乗したのね。
「私はマティアス様との約束を破ってしまいました。」
フェリシアはルーファスにパレードのことを話した。
話しを聞いたルーファスはクスッと笑った。
「そうでしたか。殿下はなぜそのようなことをおっしゃったのでしょう?」
「私のことが心配とおっしゃていました。」
「なんだか不満そうですね。」
ルーファスは面白がるように言った。
「不満まではいかないですけど、少し過保護かなって思ってしまいます。護衛もつくようになりましたから。でも、平気です。私、行きたい時は自分の判断で行きますわ。」
「ハハハ、さすがフェリシア様。そのお言葉を聞いて安心しました。」
「でも、マティアス様がどうお考えになっているのか。。。。」
「もしかしたら殿下も少し無理を押し付けたかなと反省しているかもしれませんよ。」
フェリシアはルーファスの顔を見つめるとルーファスは続けた。
「ウォーカー卿はどうですか?」
「どうですかって言われても。。。ダレルはちゃんと護衛してくれていると思いますわ。」
「それならよかったです。もし何かありましたらまだ正式に任命していないので変えることができますので。」
「ルーファス様、変ですわ。私から何か聞き出そうとしています? 私はマティアス様が決めた騎士様でしたらどなたでも受けれいますわ。」
「フェリシア様、安心しました。」
ルーファスはスッキリした表情だった。
王宮に到着とするとルーファスはいつもとは違う方向に案内した。
フェリシアはキョロキョロしてながらルーファスの後について行った。
「今日は珍しく暖かいので庭園でゆっくりして欲しいとのことです。」
「本当ね、もう冬になるというのに今日は暖かいわ。でも、庭園だなんて。マティアス様と私が一緒にいるところを誰かに見られてしまうのではないですか?」
「そのことなら心配いりません。王妃様専用の庭園ですから。」
「まぁ、王妃様専用?それはそれで緊張してしまいますわ。」
慌てたフェリシアをみたルーファスはフフと笑った。
王妃専用の庭園は王宮の奥の方にあった。
長い回答を何度も曲がり庭園が見えてきた。
この辺になると王宮に出入りする者でもほとんど立ち入らないエリアだ。
「ここなら誰かに見られることもなくて安心ね。」
フェリシアが言うとルーファスは笑顔で答えた。
「殿下が王妃様にお願いしたのですよ。」
「まぁ。」
「どなたも来ませんでしょうから、二人の世界を楽しんでください。私は殿下を呼んで参ります。」
照れて赤くなっているフェリシアを気にすることなくルーファスはマティアスの元へ向かった。
だんだん小さくなるルーファスので後ろ姿を見つめながらフェリシアは思った。
庭園なんて言うから内心喜んでしまったけど
誰にも見られない庭園ね。。。。
人がいないと言うことはやっぱり怒られるのかしら。。。
不安だわ。
フェリシアはポツンと一人落ち込んだように東屋にいた。
確かにここは私的な場所なので人が来ない。
しかし、王族は出入り自由だ。
特にまだ公務のないジョシュアは一日過ごすことも多いエリアだ。
そう、ジョシュアは見ていた。
ルーファスの後を歩いてるフェリシアを。
あっ、フェリシアだ!
何しているんだろ?
母上の庭園に行くみたいだけど母上と会うのかな。
ジョシュアは少し離れた場所に身を隠ししばらくフェリシアを覗いていた。
なんだかフェリシア元気がなさそう。
どうしたんだろう?
何かあったのかな?
ジョシュアは思い出した。
そうだ、
前に母上が気分が落ち込んだ時に飲んでた葡萄ジュースがあったっけ。
飲んだらいい気持ちになるって言っていたような。
フェリシアにも飲ませてあげたいな。
ジョシュアは厨房へ急いだ。
庭園を覗いていたジョシュアと入れ違いにマティアスがやって来た。
「申し訳ない、待たせてしまったね。」
マティアスはどことなくぎこちなかった。
「いえ、大丈夫です。」
フェリシアも緊張した言い方になってしまい、お互い相手の出方を探るような雰囲気になってしまった。
沈黙の時間が続く。
いつ怒られるのかしら。
やっぱり先に渡しちゃった方が良さそうね。
フェリシアは手に持っていた小さなハンドバックから包みを出そうとしていた。
「フェリシア」
「マティアス様」
二人は同時にお互いの名前を呼んだ。
マティアスとフェリシアは「あっ」と言ってまた気まずくなり口を閉ざしてしまった。
このままでは時間の無駄だと思ったマティアスは口を開いた。
「今日、何故呼んだかわかるか?」
来たわ。
やっぱり約束を破ったことを怒るんだわ。
どうしましょ。
様子見をしないで早くリボンを渡すべきだったわ。
「・・・・・」
フェリシアはどう答えようか考えていた。
モジモジしているフェリシアの膝の上に小さな包みが置かれているのに気づいたマティアスはつい聞いてしまった。
「それは何だい?」
待ってましたとばかりにフェリシアの顔がほころんだ。
「これはマティアス様への贈り物です。どうぞお受け取りくださいませ。」
フェリシアは嬉しそうに包みを差し出した。
焦ったのはマティアスだ。
いきなり贈り物が登場するとは思いもしなかった。
「あ、あのぅ。お気に召しませんでしたか?」
フェリシアは悲しそうな声で聞いてきた。
マティアスは包みを開けていないことに気づき慌てて封を開けリボンを取り出した。
「お祭りで買ったんです。マティアス様の青と私の緑を選んでお揃いで作ってもらったんです。なのでこの世にひとつ、あっ、ふたつしかないんですよ。」
フェリシアは少し得意になって説明した。
マティアスはあまりにも想定外のことが起きたのでただフェリシアの顔を見つめるだけだった。
これからどう自分のペースに持っていけばいいのか。。。。マティアスの脳内は大混乱だった。
マティアスが想定していたのは。。。。
まずは、フェリシアに約束を守らなかったことを追求し、その後自分にも非があったことを詫びる。
そして最後に仲直りに贈り物をする。。。はずだった。
マティアスは自分も今贈り物を渡すべきか。。。考えながら上着の内ポケットを触った。
「あれ?ない。。。。」
彼は何度も上着を撫でたり叩いたりした。
あぁ、持ってくるのを忘れた。
しかもここから遠い騎士団棟の執務室だ。
どうせ忘れるなら私室に置いておけばよかった。。。。
マティアスは立ち上がるとフェリシアに早口で言った。
「フェリシア、申し訳ない。忘れ物を取りに行ってくるから待っていて欲しい。すぐ戻って来るからお菓子でも食べていて。それ料理長の新作のお菓子だから。」
「はい、わかりました。マティアス様、慌てないでくださいませ。私はちゃんと待っておりますので。」
マティアスはフェリシアが話し終わらないうちに騎士団棟へ急いだ。
この機会を狙っていたジョシュアは今を逃してなるものかと赤い液体が入った瓶とグラスを抱え庭園の東屋にやって来た。
ジョシュアはここに戻って来る前厨房へ行ったものの何をどうお願いしていいのかわからずキョロキョロ厨房ないを見渡していた。
「誰かいるのか?」
奥から料理人が出てきた。
「えっと、あの、あの」
ジョシュアはオドオドしていた。
王宮に仕えている料理人とはいえ直接顔を合わせること滅多にない為、相手が誰なのかわからなかった。
「なんだ新入りの使用人か?」
料理人はジョシュアのことを見習い使用人かと思ってたが。。。。
「あれ?よく見ると随分品のある顔をしているな、銀髪に青い瞳・・・も、もしや。」
「そう、そのもしや。ジョシュア。」
料理人は震え上がり何度何度もも謝罪した。
「申し訳ございません。すぐ料理長を呼んで参ります。」
料理人は奥に行こうとしたがジョシュアが止めた。
「そんなに謝らなくてもいいよ。その代わり僕のお願い聞いてくれる?」
「はい、もちろんでございます。何なりとお申し付けください。」
ジョシュアは嬉しそうに説明を始めた。
「母上の好きな葡萄の飲み物なんだけど、それが欲しいだ。」
「王妃様のお好きな葡萄の飲み物でございますか?」
「そう、僕が小さい頃、夜お部屋で飲んでいたやつだよ。飲むといい気分になって嫌なことを忘れられるんだって。」
「あぁ、ワインのことですね?」
「うーん、ワインとは言っていなかった気がするけど。一口だけ飲ませてとお願いしたけど、大人専用だからダメって絶対飲ませてくれなかったんだ。」
「(そりゃワインだからな、幼い殿下に飲すわけにはいかないよな)そうでしたか、王妃様のお気に入りのがいくつかありまして何か特徴など覚えておりませんでしょうか。」
「あー、そうだ。侍女が瓶を持ってたんだ、確か瓶に名札みたいのが貼ってあってバラの絵と『H』と書かれてあったよ。」
「さすがよく覚えておいでで。はい、わかりました。王妃様が好きな銘柄ですね。すぐご用意できますが、お部屋までお届けしましょうか?」
「い、いや。僕が持って行きたいんだ。そ、それに母上じゃなくて。。。マ、マティアス兄上なんだ。騎士団の任務で色々大変みたいだから。」
ジョシュアはしどろもどろになったがなんとか料理人に伝わったようだった。
料理人は急いでワイン倉庫まで取りに行った。
「殿下、お待たせいたしました。こちらです。」
「わぁーい、ありがとう。
ジョシュアは瓶を抱えて厨房を出ようとしたが振り返り戻ってきた。
「あ、あのさ、このことは内緒だからね。」
ジョシュアは節目がちで言った。
「はい、承知いたしました。」
「男と男の約束だからね。」
「はい、もちろんでございます。」
安心したジョシュアは庭園まで急いだ。
そして、今、一人になったフェリシアの元へやって来たのだった。
「フェリシア!」
名前を呼ばれたフェリシアはびっくりした。
「まぁ、ジョシュア殿下。どうしてここに。」
驚いたフェリシアは目をパチクリさせた。
ジョシュアはフェリシアとマティアスがここに来るのを見かけたことを話した。
「よかったですわ。今マティアス様が忘れ物を取りに行っていますので一人だったんです。」
フェリシアの顔に笑顔が戻ってきた。
「僕と会えて元気になった? さっきは元気なさそうにしてたから。」
「はい、殿下のお顔を拝見したらとっても元気になりましたわ。」
「もっと元気にしてあげる? これ飲んでみて。」
ジョシュアは厨房から持ってきたワインを見せた。
「まぁ、ワインですね。私はまだ飲んだことがないのですが。。」
「ワインじゃないよ。大人専用の葡萄の飲み物だよ。母上がよく飲んでいたんだ。」
「王妃様がお好きなのでしたら頂かないといけませんね。」
フェリシアは興味津々の様子で瓶に手を伸ばした。
グラスに注ぎゆっくり口に含んだ。
「どう?」
ジョシュアが聞くと同時にフェリシアは眉をひそめた。
「なんと申し上げたらいいのか。。。。甘くて葡萄の香りはするのですが独特な渋みもありまして。。。」
「まずい?」
ジョシュアは不安そうにフェリシアの顔を見た。
「飲むと喉、胃、お腹がカァーッと熱くなるんですね。これが大人専用と言われる所以でしょうか。でも、不思議とまた飲みたくなりますわ。」
フェリシアは再び瓶に手を伸ばしグラスに注ぐとゴクゴク飲み出した。
いい飲みっぷりである。
「そんなにいっぺんに飲んで大丈夫?母上は少しずつ飲んでいたけど。。。」
「大丈夫ですわ、でも身体の中が火事みたいに熱くなって来ました。」
フェリシアはグラスに残った液体を細めで見つめるとボソッとつぶやいた。
「なんだかシリルお兄様が夜くつろぐ時に飲んでいるワインに似ているわ。。。」
ジョシュアは焦った。
「で、でも、母上がお酒とは言っていなかったんだよ。大人専用の葡萄の汁だって。」
もはやフェリシアはジョシュアの話など聞いていなかった。
片手はガッチリ瓶を掴んだまま、グラスだけがテーブルとフェリシアの口を往復していた。
さすがに異常に気づいたジョシュアは焦りだした。
「ねぇ、フェリシア、やっぱりフェリシアにもまだ早かったんだよ。きっと母上ぐらいじゃないとダメなんだよ。」
「まぁ、殿下ひろいですわぁ。私はもう大人れすわ、フフ。」
フェリシアの目と頬は赤く染まり呂律も怪しくなってきた。
「フェリシア、誰か呼んでくるよ。」
ジョシュアは席を立ち上がった。
「殿下、らいじょうぶですわぁ。ここにいてくらはい。」
フェリシアはジョシュアの袖を引っ張った。
「ちっとも大丈夫じゃないよ。」
ジョシュアはフェリシアの手を振り払い席を離れようとしていたら庭園入り口の方に人影が見えた。
人影はどんどん近づいて来る。
マティアス兄上だったらどうしよう・・・・ジョシュアは生きた心地がしなかった。
するとフェリシアは近づいてくる人影に「あっ」と反応し手を上げると左右に大きく振った。
「ダレルゥー、ここよ、ここ。」
ジョシュアが振り返るとニコニコしながら手招きしているフェリシアが視界に入った。
「フェリシア、知っているの? 護衛担当の騎士みたいだけど?」
フェリシアはへへへと笑っているだけだった。
「フェリシア様、フェリシア様の予定を把握せず大変申し訳ございませんでした。」
ダレルは下げていた頭を上げた時、目に入ってきた情報量に脳内は大混乱した。
第四王子のジョシュア、テーブルには半分に減っているワイン瓶、酩酊しているフェリシア。。。。。
「ジョシュア殿下、彼はね、私を守ってくえる騎士様なんですぅ。」
ダレルは一番にジョシュアに挨拶をしたが、ジョシュアもダレルもフェリシアのことが気になって心ここに在らずだった。
「フェリシア様、随分お酒を飲まれたようですが。」
ダレルは一目瞭然ではあったがフェリシアに確認した。
「お酒なんて飲んでましぇん。ジョシュア殿下から頂いた大人だけの葡萄の飲み物ですわ。」
ダレルは誰にも聞こえないようなため息をつくと頭を抱えた。
「あのさ、実は。。。。」
困り果てているダレルを見てジョシュアは経緯を話し始めた。
「そういうことでしたか。。。。」
理解はできたがどうしたらいいものか、ダレルはフェリシアを見つめたまま固まってしまった。
陽気なフェリシアはダレルに見つめられてニッコリ微笑み返した。
ダレルはテーブルの差し湯を見つけるとカップに注いだ。
「フェリシア様、とりあえずこちらをお飲みください。」
ダレルはカップを差し出したがフェリシアは首を振った。
「飲まないもーん。」
「フェリシア様、お願いです。飲んでください。」
フェリシアはプイッと顔を横に向けてしまった。
フェリシアとダレルの様子を見ていたジョシュアの顔は青ざめていた。
「母上みたく気分がよくなると思ったのに、こんなことになるなんて。僕、誰か呼んでくるよ。」
そういうとジョシュアは走って行った。
ジョシュアが走って行くのを不思議そうに見ていたフェリシアは急にダレルの方を見た。
「ダレル、こっちに来てぇ。」
ダレルは一歩近づいた。
ダレルもどちらかというとマティアスと同じで剣術一筋だった。
フェリシアを危険から守るのであれば躊躇なく身を挺することができるが、泥酔状態の令嬢の扱いは見習い中に習わなかったし誰も教えてくれなかった。
「もっと、こっちぃ。」
ダレルはさらに一歩踏み出した。
フェリシアはワインのせいで潤んだ瞳でダレルの顔をじっと見つめた。
「ずっと気になってたのぉ。見てもいい?」
アルコールの力とはいえゆらゆら揺れているような瞳でフェリシアに甘えられたダレルはたまらない気持ちになった。
「何を見るのですか?」
ダレルはわざとわからない表情をした。
フェリシアは側で立っているダレルの腕を引っ張りしゃがませた。
そして彼の問いを無視して手を伸ばした。
するとダレルは無意識にパッとフェリシアの腕を掴んでしまった。
「いらい。」
「あっ、申し訳ございません、つい癖で。」
フェリシアは再び手を伸ばしダレルの前髪を上げた。
胸が締め付けられるような気持ちになったダレルは思わず目を閉じた。
前髪で隠れていた右目は眉から瞼、こめかみあたりまで一本の線のような傷があり引き攣っていた。
ダレルが薄目を開けるとフェリシアの顔が目の前にあり、据わった目で傷跡を見ていた。
「触ってもいい?」
酔っているからなのか、それとも元々興味があったのかフェリシアは人差し指でダレルの傷跡をなぞった。
ダレルはゾクゾクッとし思わず息を漏らしてしまった。
「まだ痛むの?」
「いいえ、もう痛みはありません。」
ダレルの動揺した気持ちなど知る由もないフェリシアは満足したようだった。
「傷があってもダレルのお顔は美しいのね。フフ。」
ダレルは全身が燃えるように熱く感じられフェリシアの側に居られずじわじわと彼女の側から離れた。
こんな不甲斐ない姿を誰かに見られでもしたら。。。
ダレルは自分が情けなくなった。
フェリシアは一人で楽しそうにしていた。
ダレルが陽気なフェリシアを見つめながら殿下がすぐに戻って来ませんようにと願っていると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
フェリシアにも聞こえたようでダレルの時と同じように満面の笑顔で手を振り出した。
「ルーファスさまぁ〜」
東屋へ向かって急いでいたルーファスは幽霊でも見たような顔をして立ち止まった。
急いでダレルがルーファスに駆け寄り状況を説明しようとした。
「ルーファス殿、これはですね。。。」
ルーファスはダレルの声など耳に入らず、ボソッと呟いた。
「俺は何を見させられているのだ?」
テーブル上のワイン、酔っ払ったと思われるフェリシア、そしてダレル。。。。
先程のダレル同様、ルーファスの脳内は情報処理が不可能になっていた。
「ルーファス様、何処に行かれていたのれすか?」
フェリシアはルーファスを手招きしながら言った。
「フェリシア様、落ち着いてください。」
ルーファスは頭を抱えた後ダレルを見た。
「実は。。。。」
今度はダレルがジョシュアから聞いた経緯をルーファスに説明した。
「・・・という訳でして私がここに来た時にはすでにこのような状況でありました。」
ダレルが言い終えるとルーファスは「うーん」と小さく唸るとチラッとフェリシアを見た。
「殿下はいつお戻りになるのでしょうか。」
ダレルはルーファスに確認した。
「一緒に部屋を出たのですが途中でシンシア嬢に捕まってしまいフェリシア様を心配した殿下の依頼で私だけ先に来たのです。」
ルーファスの言葉に反応したのはフェリシアだった。
「シンシア様ですって? シンシア様ったらまたマティアス様のお側にいるのれすか?」
ダレルは慌てて否定した。
「大丈夫ですよ、フェリシア様。殿下はすぐ戻られますから。」
ファリシアは宥めるダレルを見つめながらはらはらと涙を流し始めた。
二人の騎士たちは狼狽しどう接していいのかわからなかった。
そのうちフェリシアは声を出して泣き始めてしまった。
「ルーファス殿、水と冷たいタオルを取りに行ってきます。」
ダレルは半分はフェリシアの酔いを覚ます為、もう半分はこの場からいなくなりたいという気持ちから申し出た。
「いや、私が行って来ましょう。ダレル殿はフェリシア様のお側に。」
ルーファスはダレルの申し出を断りまさかの自分が行くと言い出した。
「いえ、もし殿下が戻られた時にルーファス殿が不在ではいけませんので私が行きます。」
ダレルもなかなか譲らなかった。
「それを言うなら、ダレル殿はフェリシア様の護衛なのですからやはりここにいた方がいいのでは?」
ルーファスも負けていなかった。
そして二人は向かい合ったまま黙り込んでしまった。
まもなく訪れるであろう不穏な空気からどうやって逃げ出すか必死だった。
「お二人共、何しているんですかぁ?」
大の男たちを迷わせている犯人が今度は陽気に話してきた。
数秒前まで涙を流していたというのに。。。。
すると、少し離れた所から優秀な騎士二人を震え上がらせる声が聞こえていた。
「何をしている?俺がいない間に何があったんだ?」
マティアスが戻って来たのだった。
ルーファスもダレルも緊張の為ぎこちない動きをとってしまった。
が、助け舟を出したのはフェリシアだった。
「マティアスさま〜 お待ちしておりました〜」
ニコニコしながら自分の隣りの座面をポンポン叩いている。
マティアスは男二人に何か言おうと近づいて来ていたが、フェリシアに隣に座れとアピールされたので向きを変えた。
二人で座るには少しきついがピッタリくっついて腰掛けた。
「フェリシア、お酒なんて飲んでどうしたんだ?」
「私、お酒なんて飲んでいましぇんわ。これは、ジョシュア殿下が持ってきてくださった大人専用の葡萄液れす。」
「はぁ? これは母上のお気に入りのワインだぞ。しかも呂律が回らなくなる程飲んでいるではないか。」
マティアスはどういうことだ?とルーファスとダレルに訴えた。
「実は。。。。」
今度はルーファスが伝言ゲームのように経緯を説明した。
「ジョシュアか。。。」
マティアスは噛み締めるように言った。
「マティアス様、どうしゃれたのですかぁ?」
話しかけられたマティアスはフェリシアの顔を見た。
こめかみから頬にかけてほんのり桜色に染まったフェリシアはじっとマティアスを見つめた。
「私、言いつけを守ってちゃんとお待ちしておりました。」
「あぁ、そうだね。待っていてくれてありがとう。」
酔うと大胆になるタイプなのかフェリシアはマティアスに更に身体を寄せた。
「本当は、私のこと叱るために王宮に呼んだのれすよね?」
「えっ?」
「わかってるんです。私が嘘ついてパレードに行ったからですよね?でも、私、どうしてもマティアス様のお姿を見たかったんですぅ。」
フェリシアは再び涙を流した。
「・・・・その件に関しては俺にも非があると猛省しているよ。拘束するようで悪かった。」
マティアスは指でフェリシアの涙を拭った。
「安全の為ちゃんとダレルとアンナと行きました。マティアス様は私には男性との接触を嫌がるのにご自分はシンシア様とお話しなさるんですね。私、もやもやしまひた。」
アルコールの力で饒舌なフェリシアだった。
「シンシアだと?」
マティアスはルーファスをキィッと睨んだ。
その目はオマエが話したのか!と言っているようでルーファスは思わず口に手を当てた。
「そうだな、フェリシア。俺はフェリシアにばかり要求していたな。」
マティアスはフェリシアの髪を撫でながら答えた。
「私のこと信用してくれていないのかと思っちゃいました。」
「悪かった。信用しているよ。」
フェリシアの目がとろんとしてきた。
「本当れすか?」
「あぁ、本当さ。」
「じゃあ、ギュッとしてくらはい。」
「ギュッと?」
「そうです、ギュウーです。」
マティアスは戸惑いながら両手をフェリシアの背中に回した。
「こ、こうか?」
「はい、安心しましたぁ。」
フェリシアの瞼はゆっくりと閉じられた。
「フェリシア、今日は全部君に持っていかれたよ。。。」
マティアスの独り言はフェリシアには聞こえていなかった。
フェリシアは両手を伸ばすと楽しい夢でも見ているような表情をした。
「マティアス様、だいしゅきぃ。」
マティアスは自分の全身が熱くなっていくのがわかった。
ほんの数秒フェリシアの顔を見つめていたが我に返るとルーファスとダレルに目配せをした。
二人はその場から離れた。
マティアスは彼らが東屋から離れたのを確認すると半分夢を見ているフェリシアを見つめながら思った。
フフ、まるで大きな赤ん坊だな
「俺もだいしゅきだよ。フェリシア。」
マティアスの囁きが聞こえたのかフェリシアの手が返事をするように動いた。
離れた場所から東屋を見守っていたルーファスはマティアスとフェリシアが上手く落ち着いて嬉しそうな表情をしていた。
ダレルはというと心を東屋に置いて来てしまったようで経験したことがないような複雑な気持ちだった。




