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チェスターにて 二人の思い②

◆◇ 第二十二章 ⑫ ◆◇


  翌日、昨日までの雨が嘘のように青空が広がっていた。


「おはようございます.フェリシア様。」

エミリーが朝の支度の為部屋にに入って来た。

「良かったですね。今日はいいお天気ですよ。」

フェリシアは一瞬片目を開けたがエミリーの声を子守唄代わりにベッドの中で微睡んでいた。

「フェリシア様、そろそろお支度しませんと殿下がお一人で朝食を召し上がることになってしまいます。」

エミリーが少し脅しめいた事を言うとフェリシアは飛び起きた。

後で着替えるからと簡単に支度を済ませ急いで食堂へ向かったフェリシアだった。



 無事朝食を終え部屋に戻って来たフェリシアは窓から外を眺めた。


本当に晴れたわ。

足元は悪そうだけど何とかなりそう

良かった!


しばらく雨に濡れた庭を見ているとエミリーが再び身支度の為に部屋に入って来た。

「馬に乗りますから飾りのないシンプルなドレスがよろしいですね。」

「えぇ、まかせるわ。」

エミリーはいつものようにテキパキとフェリシアにドレスを着せていった。


次に鏡台の前に座らせると丁寧に髪に櫛を入れた。

「フェリシア様の御髪からとてもいい香りがします。昨日お手入れした甲斐がありましたわ。」

「そ、そう?」

フェリシアは理由もなく気まずい気がした。

「せっかくですから今日は纏めないでリボンだけにしましょう。」

「髪をおろしていると邪魔にならないかしら?」

「フェリシア様、殿下の為ですわ。」

「えっ?」

「相乗りで行かれるのですよね? でしたら殿下にいい香りを堪能していただかなくてはいけませんわ。そのためには香りやすいように髪はふわっとおろした方がよろしいかと。」

「えぇー、や、やりすぎではないかしら?」

「いえ、きっと殿下も喜びますわ。大人の魅力たっぷりのフェリシア様をお見せしましょう。」

「・・・・(エミリーったら)」

リボンを結びながら嬉しそうにしているエミリーを見てつい妥協してしまったフェリシアだった。


支度が終わり一息ついているとノック音と同時に扉が開いた。

「フェリシア、準備はいいかい?」

ノックの主はマティアスだった。


「はい、大丈夫です。」

フェリシアが立ち上がりマティアスの側に進むとマティアスはサッと手を差し出していつもの微笑みを向けた。

「フフ、今日は可愛らしいな。」

鼻の下を掻くような仕草をしながらマティアスは言った。

「ありがとうございます。ピクニックの為にエミリーが頑張ってくれました。」

マティアスはいつものようにニッコリ笑うとフェリシアの手を取りガッチリと恋人繋ぎをして玄関ホールへと向かった。


このお約束の恋人繋ぎも王都に戻ったら難しくなってしまうのね。


最初は照れ臭いと感じていた恋人繋ぎも今ではマティアスの手のぬくもりを感じないと安心できないくらいになっていたフェリシアだった。


「王宮に帰ったらこうして二人で歩けなくなるな。」

マティアスは残念そうに呟いた。

フェリシアは自分の心を読まれたようで驚いた。

「わ、私も今そう思っていたところです。」

「ホント?フェリシア、イヤじゃなかったんだね。」

「あっ、・・・イヤじゃなくなりました。」

フェリシアの返答に今にもスキップをしそうなくらい嬉しそうにしたマティアスだった。

そんなマティアスを見たフェリシアは彼に気づかれないようにクスッと笑った。


 玄関ホールに行くとエマが待機していた。

エマはフェリシアに近づき、後から必要な荷物を届けるため最初から同行出来ないことを伝えた。

フェリシアはマティアスと二人きりで大丈夫かな?と一抹の不安を覚えたが、玄関を出るとルーファスと厩番が馬をなでながら二人を待っていた。


そうよね、

護衛がつかないはずはないわよね。


フェリシアが一人でニヤニヤしながら歩き出すとルーファスが声をかけて来た。

「フェリシア様。」

「ルーファス様、ごきげんよう。」

ルーファスを見たフェリシアは彼も一緒なんだと心の中で思っていると、どうやら顔に表れていたらしい。

「ご安心ください。お二人の邪魔はいたしませんので。」

とルーファスに言われてしまった。


またしても心の中を読まれてしまったようで恥ずかしくなったフェリシアは逃げるようにしてマティアスの元へ走って行った。


「あれ?急いでどうしたの?」

馬の状態を確認していたマティアスは不思議そうに尋ねた。

フェリシアは一度上目使いでマティアスを見ると誰かから隠れるようにくるっとマティアスの後ろに回った。その後チラッとルーファスを見た。


「ルーファスに何か言われたのかい?」

マティアスが聞いてもフェリシアは下を向いたままだったが、その表情はさほど深刻そうではなかったので、マティアスには逆に愛らしく見えてしまった。


「俺のお姫様は早く馬に乗りたいようだね。」

マティアスはそう言いながらヒョイとフェリシアを抱え馬に乗せた。

ルーファスに出発することを伝えたマティアスは自分もフェリシアの後ろに騎乗し手綱を引いた。


 日差しは二人に向けて優しく照らしているが頬に触れる空気は冷んやりしていた。その冷たいさが澄み切った空気を感じさせた。


「フェリシア、そんなに硬くならないで身体を俺に預けて。」

「えっ?そ、そんな。」

「その方が安定するから安全なんだ。」

「は、はい。わかりました。」


マティアス様と相乗りするのは初めてじゃないのに

私は何を緊張しているのかしら。。。


フェリシアは少しだけ重心をずらして身体をマティアスに近づけた。



あぁ、こんなに身体を密着させると

マティアス様の息づかい、胸の鼓動、脈拍さえ聞こえてきそうだわ。


フェリシアがボーッとしていると耳元にマティアスの顔が近づいた。

「フェリシアからいい香りがする。薔薇かな。」

「そ、そうですか?」

フェリシアは動揺した。


エミリーが言っていた通りになってしまったわ!


フェリシアは小さな咳払いをすると心の焦りを誤魔化すように話しをそらした。

「冷んやりした空気が気持ちいいですね。」

「そうだな。昨日の雨で汚れが落ちたみたいだな。」

「本当ですね。濡れた葉っぱが綺麗に見えますわ。」


二人が向かっている湖は王妃のお気に入りでチェスター領に滞在すると必ず訪れる為道もかなり(なら)されていた。

心地良い蹄の音も景観の美しさに一役買っているようだった。


道の両側の並んでいる大きな木々が湖へ誘う道しるべように感じられた。

「もうすぐ着くよ。」

マティアスの声にフェリシアが前方を見つめると、キラキラと光の反射が見えた。

彼女がわぁっと心踊らせている間もどんどん進んで行き最後の大木を通り抜けると、目の前には日差しが降り注がれ何かに開放されたような美しい世界が広がっていた。


「わぁー、綺麗。」

フェリシアは無意識に声を出してしまった。

マティアスは満足そうに馬から降り次に感激しているフェリシアを抱きながら降ろした。


「馬を繋いでくるね。」

マティアスは少し離れた木に馬を繋ぎ後から来たルーファスに合図を送った。

その間フェリシアは湖を見つめたままだった。


「気に入ってくれたかい?」

戻って来たマティアスはフェリシアの後ろから声をかけた。

「えぇ、とっても。」


湖の水面がゆらゆらと揺れると太陽の光の反射した輝きまるで妖精たちが楽しそうに踊っているようだった。


「一周回れるんだ、さぁ、行こう。」

マティアスはフェリシアの手を取り遊歩道に向かった。辺りには黄色や茶色の葉がたくさん落ちており歩くとカサカサと音がした。


「本当に綺麗ですね。心が洗われるようです。」

「夏に何度か来たことはあるけど、晩秋の景色もいいものだな。」

「夏の湖も素敵でしょうね。」

「じゃあ、また来年の夏に来よう。」

「あっ、エマは雪の湖も絶景だと言ってました。」

「ん、それなら冬に来るか。」

「まぁ、マティアス様ったら。フフフ。」


ちょうど湖を半周回った所に東屋があった。もちろんこれも王妃の為に建てられた物だ。

「あそこで一休みしよう。」

マティアスは先に行って様子を見た。


「綺麗になっている。朝、掃除をしてくれたのかもしれないな。」

マティアスはフェリシアの手を取ると東屋の中に招き入れた。


「さぁ、座って。」

マティアスに促されたフェリシアは彼の隣に腰掛けた。


「ここからの眺めも素敵ですね。」

「東屋があるくらいだから母上もお気に入りなんだろうな。」

「わかりますわ。私、ここで一日過ごせるかも知れません。」

フェリシアはフフンと笑いながら続けた。

「こんな優しい陽だまりの中、マティアス様と二人きりでのんびりするなんて幸せです。」

「フェリシア!」

マティアスはフェリシアの肩に手をかけじっと見つめた。

「あぁ、フェリシアの可愛らしい唇は何て嬉しいことを言ってくれるんだ!」

フェリシアは何も言わずに微笑んだ。

マティアスは嬉しさのあまりつい日頃秘めていた願望を口走ってしまった。


「ねぁ、フェリシア、あ、あのさ、お願いがあるんだ。」

「はい、何でしょう。」

「ひ、膝枕。。。」

「ひ、膝枕ですか?」


フェリシアの心臓が急激に高鳴り出した。


マティアス様、膝枕なんて急にどうしちゃったのかしら。

私だって膝枕くらい知っているけど

それにこっそり読んだ恋愛小説にもあったし。。

マティアス様の頭を私の太ももにのせればいいのよね?


フェリシアが気持ちを落ち着かせる為に目を閉じていると、マティアスが悲しそうな声を出した。

「ハハ、やっぱりダメか。。。」

寂しそうにしているマティアスの姿を見たフェリシアの胸がキュンと締め付けられた。

フェリシアの胸の奥の奥で封印されていた母性が開放された瞬間だった。


わ、私ったらどうしたの?

さっきまで恥ずかしくて気が進まなかったのに

急に膝枕してあげたいと思うなんて。。。

それにこの胸の締め付けは何?


「マティアス様、膝枕ですね、大丈夫ですわ。」

マティアスの顔はみるみるほころんでいった。そしてその表情を見ながらフェリシアは座り直しドレスのしわを直した。


これで大丈夫。


「マティアス様、どうぞ横になってくださいませ。」

フェリシアは自信満々に自分の太ももをポンポンと叩いた。


「違うよ。」

マティアスは真顔で言った。


ち、違う?


フェリシアは混乱した。どうしたらいいものかじーっとマティアスの顔を見つめた。


「違うよ、フェリシア。」

マティアスはフェリシアがしたように自分の太ももを叩いた。


「もしかして私が寝るのですか。」

フェリシアは恐る恐る聞いた。


「もちろん!」

マティアスはこの上ない幸せな顔でうなづいた。

フェリシアはケラケラ笑い出しそうになったが口元なら手を当てこらえた。

「マティアス様はいつも私の想像の斜め上をいきますね。」


「あれ?何かおかしかった?」

キョトンとした顔でマティアスは聞いてきた。

「いいえちっとも。マティアス様らしくていいなと思いました。」

フェリシアは体勢を整えながら答えた。

とはいえ、王子の身体を枕ににするのだから緊張しない訳がない。


マティアスの太ももに頭をのせるにはどの距離から横になればいいのか。。。

ぎこちない動きで座る位置を確認していると、痺れを切らしたマティアスの手が伸びてきた。

あらっ?と思っているうちにフェリシアの視界は一瞬にして90度傾いた。


私、今、マティアス様の膝枕で横になっているの?


心構えもできていないうちにこんな状態になってしまったフェリシアは極度の緊張で胸、首、頭は鉛のように硬くなっていた。


「フェリシア、そんなにギュッと目を閉じていないでこっちを見て。」

マティアスは薔薇の香りがするフェリシアの髪を触りながら耳元で囁いた。

言われるがままにゆっくり目を開くと雲ひとつない青空を背にした喜びを隠しきれないマティアスの顔が飛び込んできた。

サラサラとした銀髪が垂れ下がりフェリシアの顔に触れそうな距離で青い瞳がじっと彼女をみつめていた。


近い、近すぎる。

マティアス様、お顔が近すぎます!

あーもうダメです。


フェリシアは至近距離から見つめられることに我慢できず両手で目を覆った。

「あー、そんなことをしたらダメだよ。可愛い顔が見えなくなってしまう。」

マティアスはフェリシアの手首を掴むと顔から離した。


二人は無言で見つめ合った。

恥ずかしいけど嬉しい。

照れ臭いけど見つめ合いたい。

悲しみなんてこれっぽっちもないのにフェリシアの緑色の瞳にはじんわり涙が滲み始めた。


「あっ、ごめん、嫌だった?」

マティアスの顔が不安そうになった。

「マティアス様、違いますわ。何故だかわかりませんか涙が出てしまって。」

「そうなの?」

「そうです。」

涙を流しながら笑顔を見せたフェリシアだった。


二人は再び黙って見つめ合った。

お互いの瞳に吸い込まれそうなくらい見つめ合った。

すると、次第に可笑しくなり二人同時に笑い出した。


「フフフ。」

「ハハハ。フェリシア泣き笑い?」


しばらく笑いが止まらなかった二人だった。








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