チェスターにて 二人の思い①
◆◇ 第二十二章 ⑪ ◆◇
チェスター領都散策後、マティアスとフェリシアは遠出をせず敷地内で過ごしていた。
午前中は主に二人揃っての肖像画作成の為に時間を費やした。この機会にと王妃がチェスターに画家を派遣したのだった。フェリシアは椅子に腰掛けマティアスは隣で立っているというポーズで、長時間じっとしていることが苦手なマティアスにとってこの時間は剣術の鍛練よりきつく感じられ解放されると一目散にルーファスの所に行き手合わせをしていた。
マティアスが身体を動かしている間、フェリシアは厨房に行き料理長にリンゴジャムやお菓子の作り方を教えてもらっていた。
お土産の果物を配って以来、使用人たちとの距離はぐっと縮まりすっかり仲良くなっていたフェリシアだった。
そして、午後は庭園を散歩したり読書をしたり二人きりの時間を楽しむのが日課になっていた。
今日も午前中のルーティンをこなし今は二人でまったりしていた。
チェスター滞在はあと二日というのに生憎朝から雨が降っていて午後になっても止む気配はなかった。
「雨、止みませんね。」
先程からずっと外を見ているフェリシアは窓から離れようとしなかった。
雨は時々窓を激しく叩きつけるように降っていた。
「フェリシアおいで。お茶が冷めてしまうよ。」
マティアスに促されフェリシアは席に着いた。
「明日は晴れるでしょうか。。」
「明日?何か予定があったか?」
「まぁ、マティアス様、お忘れですか。明日はチェスター滞在の最後だから。。。」
「あっ!ピクニックか!」
フェリシアは黙ってマティアスを見つめていたが少しムッとした彼女の顔には忘れていたでしょ!とハッキリ書かれてあった。
「わ、忘れてなんかいないさ!」
まずい、俺としたことがフェリシアとの約束を忘れるなんて!
あの肖像画の退屈な時間が俺のリズムを狂わせたんだ!
マティアスはいかにも覚えているかの様に答えたが内心はかなり焦っていた。
「止みそうにありませんね。残念ですわ。」
明日のピクニックを諦めたフェリシアが言うとマティアスはご機嫌を取る様に答えた。
「フェリシアはイヤかもしれないけど、俺は明日も雨でも構わないよ。毎日同じ時間、同じ部屋でのお茶だけど全く飽きないし俺にとっては楽しみなんだ。だって昨日とは何かが絶対違うからね。一昨日は雲一つない青空、昨日はどんよりとした曇り空、そして今日は雨。天気だけでもこうも毎日違うんだ。雨を眺めながらのティータイムなんて意外と素敵だと思わないかい?」
「そうですけど。。。」
フェリシアは口ごもった。
「それにさ、毎日違うフェリシアに会えるの嬉しくてね。今日は髪をまとめているんだとか、今日のドレスは初めて見るけどとても似合っているなとか、あぁ、そのドレスに合う宝石を贈りたいなとかね。」
フェリシアはマティアスが自分を見てくれている嬉しさと同時に少しばかり恥ずかしくなってきた。
「な、何てお答えしたらいいのか。。。」
フェリシアの頬は赤みを帯びてきた。
「答えなくてもいいよ、俺は自分の思いを話しているだけだから。」
マティアスは続けた。
「今日も昨日とは違うフェリシアに会えて興奮しているよ。だって雨を背景に君はとても艶っぽく見えるよ。何だろ、上手く言えないけど美しいとはまた別なんだ。」
「マ、マティアス様、もう胸がいっぱいです。それ以上おっしゃらないでください。」
やっとの思いで口を開いたフェリシアはマティアスの顔を正面から見られずずっと伏し目がちだった。マティアスはまだまだ言い足らず少し残念そうだった。
「大丈夫、明日は晴れるよ。」
マティアスの一言に反応したフェリシアは顔を上げ疑う様な眼差しで彼を見つめた。
「本当だよ。庭師も言ってたよ、明日は晴れるって。彼は預言者だから当たるさ。」
フェリシアはチラッと窓を見た。
「俺だってフェリシアとのピクニックが楽しみだよ。明日はどんなフェリシアに会えるのかな。」
フェリシアはマティアスの顔を見た。マティアスも幸せそうにフェリシアの顔を見ると彼女の瞳が潤んでいるのに気づいた。
「あっ、ごめん。何か気に障ることを言ったかな。」
「いえ、違うのです。マティアス様はいつも褒めてくださいますが、私は男性とお付き合いをしたことがなく言われ慣れておりませんので戸惑ってしまうのです。私をチヤホヤするのはお兄様位でしたから。でもマティアス様とお兄様は違うし。。」
「慣れてくれればいいさ。これからもたくさん持て囃すから覚悟しておいて。」
フェリシアの瞳から溢れ出た涙は彼女の頬を伝い始めた。マティアスは手を伸ばし彼女の頬に触れこぼれ落ちた涙を拭った。
悲しくて涙を流している訳ではないフェリシアは一生懸命微笑もうとしたが何とも情けない顔になってしまっていた。しかし、それがまたマティアスのツボにはまり彼は乙女の様に胸をキュンとさせるのだった。
「にしてもシリルは羨ましいな。毎日フェリシアの喜怒哀楽を見ることができるのだから。」
マティアスの独り言にフェリシアの作り笑いは更にぎこちないものになっていた。
しばらくすると外は少し明るくなってきていた。マティアスがフェリシアに熱く語っている間に雨はだいぶ小降りになってきていた。
「フェリシア、外を見てごらん。小雨になってきたよ。」
「本当だわ。もうすぐ止みそうですね。」
「領都の方の空は明るくなっているからここももうすぐ晴れるよ。庭師が言った通りだな。」
「やっぱり明日は晴れて欲しいです。だってマティアス様と二人でピクニックに行きたいですもの。」
「そう言ってくれて嬉しいよ、ありがとう。明日が楽しみだな。」
その夜、フェリシアはエミリーとエマにつかまりお肌のお手入れを強制的に受けさせられた。
「大丈夫よ、エミリー。夜会じゃないのだからお手入れはいらないわ。」
「いえ、明日はデートです。密着度が高いはずですので一番美しい状態でなければ。」
「もうエミリーったら。むしろ明日の夜の方がゆっくり湯浴みしたいと思うわ。」
フェリシアは諦めて二人からのお手入れを受け入れた。
「フェリシア様、明日は私がお疲れの身体をほぐして差し上げますのでご安心くださいませ。」
「まあ、エマまで。」
フェリシアは何だか嬉しくなってきたがわざとツンとした感じで言った。
「もう、わかったわ。二人ともしっかり磨きをかけてちょうだい。」
するとエミリーとエマは声を揃えて「はい!」と元気な返事をし、石鹸やクリームを用意して手際良くお手入れを始めた。
浴室内は甘い花の香りが漂いフェリシアは目を閉じて二回大きく深呼吸をした。
「あぁ、いい香りだわ。」
フェリシアはつい声に出してしまった。
「それは良かったです。明日は殿下もお喜びですね。」
エマはさらりと言ったがフェリシアはドキッとした。
「もう、エマったら何を言うの。」
フェリシアはエマの言葉でふと疑問に思った。
そもそもエマは私のことをどう思っているのかしら。
エミリーは王宮にいるから王妃様から何か聞いているかもしれんないけど
エマはどうなのかしら。。。
「ねぇ、エマ。エマは私のことをどのくらい知っているの?」
フェリシアは聞いてみた。
「はい、王室に取って大切なお方だと聞いております。」
エマは手を止めずに涼しい顔で答えた。エミリーは黙ってニコニコしていた。
「そ、そうなのね。。。。」
自分から確認したもののどうしたらいいのかわからないフェリシアは目を閉じた。
このまま寝たふりしちゃおうかしら。。。
「でも。。それ以上の説明が無くてもお二人のことは初めてお世話する私にもすぐわかりましたよ。」
エマは当たり前のように答えフェリシアの髪に薔薇の香油をなじませていた。
「えー」
フェリシアは恥ずかしくなり湯船の中に勢いよく身体を沈め、目が水面ギリギリのところで止めた。
「キヤッ、フェリシア様、大丈夫ですか!」
エミリーが凄い形相でフェリシアの肩を支えた。
「ちょ、ちょっと潜っただけだから。。。」
「驚かせないでくださいませ。フェリシア様に何かあったら。。。。」
エミリーの心配そうな顔を見てフェリシアは大好きな母親に叱られた子供のようにシュンとしてしまった。
そうよね、マティアス様と二人だけここに滞在して
しかも肖像画を描いてもらっているのだもの。
何も聞かされなくても察しがつくわよね。
・・・でも、公にされていないから実は愛妾だと思われていたりして。。。
心配性なエミリーはフェリシアの湯浴みを早々に切り上げさせ寝室へ連れて行った。
「フェリシア様、ハーブティーを置いておきますね。」
「ありがとう。ここは王都より一ヶ月季節が進んでいるみたい。夜は冷えるわ。」
「そうですね。風邪を引かないよう早めにお支度を済ませましょう。」
エミリーはフェリシアの髪を乾かしながら続けた。
「フェリシア様、明日なのですがピクニックへはエマが付き添います。私はフェリシア様お留守の間にお帰りのお荷物をまとめさせていただきますね。」
「えぇ、わかったわ。」
「エマが言ってましたけど、明日行く予定の湖はとても綺麗だそうですよ。」
「まぁ、そうなのね。期待しちゃうわ。」
「楽しみですね。」
ここはフェリシアの寝室、今はフェリシアとエミリーしかいない。
フェリシアはエミリーにも聞いてみようと思った。
「ねぇ、エミリー。エミリーは王妃様に付いているけど私のことはどう聞かされたの?」
「はい?」
エミリーはキョトンとしたがすぐに理解をした。
「私がフェリシア様のお話しを聞いたのはあの時です。騎士団棟でお手伝いした時ですわ。王妃様から直接声をかけられました。」
「王妃様から直接。。。」
「はい。近い将来第三王子殿下とご婚約されると。」
「エミリーは詳しく聞かされていたのね。」
「決して口外するなと強く言われました。」
「・・・そうよね。」
不安になったエミリーは逆にフェリシアに聞いてきた。
「フェリシア様、何か心配事がおありですか。」
「ううん、急にね、皆んな私の事をどう思っているのか気になったの。」
エミリーは乾いた髪をとかしていた手を止めた。
「フェリシア様、大丈夫ですよ。何も心配することはございません。誰も訝しく思っている者はおりませんよ。皆、温かい目でお二人を見守っていますから安心してくださいませね。」
「ありがとう。エミリーの言葉で気分が落ち着いたわ。」
「よかったです。せっかく明日はピクニックなのに前日に不安を抱えてはいけませんよ。ゆっくりお休みくださいませね。」
フェリシアはベッドに潜り込んだ。
私、どうしちゃったのかしら。。。
絶対、マティアス様のせいよ。
甘い言葉ばかり言うから。。。
もう、
早く落ち着こう。平常心、平常心。
まもなくフェリシアは深い眠りについた。




