チェスターにて フェリシアとミラ
◆◇ 第二十二章 ⑥ ◆◇
小鳥の囀りで目を覚ましたフェリシアがベッドの中でまどろんでいるとノック音と共に聞き覚えのない声がした。
「おはようございます、フェリシア様。」
誰が来たのだろうと不安になったフェリシアはベッドに潜り目だけ出して扉を見つめた。
「お目覚めでしたか。本日朝のお支度をお手伝いさせていただきますエマでございます。よろしくお願いいたします。」
あっ、初日に王妃様と親しそうにお話ししていた人だわ。
「お、おはよう、あ、あの、エミリーはどうしたの?」
「今朝は王妃様のお帰り支度のお手伝いをしております。」
「そうなのね。よろしくエマ。」
一人で全てをお世話するのが初めてのエマは少し緊張している様子だったが次第に打ち解けてきた。
フェリシアは思い切って話しかけてみた。
「ねぇ、エマは以前王宮で働いていたの?」
エマは驚いて首を振った。
「いえ、とんでもございません。生まれも育ちもチェスターでチェスターから出たことはございません。」
「そうなのね。王妃様と親しそうに話していたから王宮にいたことがあるのかと思ったわ。」
「王妃様は私たち使用人にも気さくにお声掛けしてくださり気遣ってくれます。」
「さすが王妃様だわ。」
「去年私が身重だった時も早く休む様に管理人に話してくださいました。」
エマは続けた。
「ここチェスターは貧しい土地で作物もじゃがいもとリンゴ位しか獲れませんでした。なので領民はある程度の年齢になると豊かな領地か王都に出て働くしかなかったのです。ある年、王妃様がまだ王太子妃だった頃今の陛下と視察に来られチェスターをとても気に入ってくれたのです。」
「まぁ。」
「王妃様は毎年夏になるとチェスターを訪れてくださいました。その様子を見ていた陛下は王妃様にこの宮を贈られたのです。」
「陛下も素晴らしいわ。」
「そしてこの宮が建ったことにより雇用が生まれました。それだけではなく王妃様の噂を聞いた王都の富裕層が避暑に訪れてくれる様になったのです。おかげでチェスターはわずかではありますが豊かになったのです。王妃様のおかげです。ですから領主様だけでなく領民全員が王妃様をお慕いしているのです。」
フェリシアは感慨深くエマの話しを聞いていた。
偶然かもしれないけどこうして皆に慕われるなんて王妃様って素敵。
見習うことがいっぱあるわ。
「大変申し訳ございません。ベラベラ話しすぎました。」
エマはハッと我に返り謝った。
「いえ、お話を聞けてよかったわ。おそらく王妃様は私にはお話しにならないと思うので。」
最後に昨晩マティアスからもらったネックレスをつけちょうど支度が終わった頃マティアスの側役のロイドがやって来た。
「フェリシア様、もうすぐ王妃様と王太子殿下が出発いたしますのでお見送りの準備をお願いいたします。マティアス殿下も今向かわれました。」
あっそうだったわ。
王妃様たちは朝すぐに出発するっておっしゃってたわね。
急がないと。
「はい、すぐ行きます。」
フェリシアはエマと一緒に玄関へ向かった。
チェスター伯爵夫妻が門の前で待っているのが見えた。
何十人もいる使用人たちもすでに集まっており両端に綺麗に整列を始め、エマもさりげなく列に加わった。
フェリシアがその様子を見ていると背後から声を掛けられた。
「おはよう。フェリシア。」
振り返るとマティアスが微笑んでいた。フェリシアはすぐマティアスの胸元に目を向けた。
「おはようございます。マティアス様。そして、ありがとうございます。」
マティアスもフェリシアの胸元をチラッと確認するとニッコリ微笑んだ。
程なく王妃とアーサーが現れた。アーサーは相変わらずぽっちゃりしているが王妃と並ぶと何故か小さく見えた。
やはり親子だからなのかと思ったが、エマの話を聞いたばかりのフェリシアは二人を交互に見て王妃の凛とした姿が大きく見せているのだと確信した。
「王妃様、王太子様、道中どうぞお気をつけてくださいませ。」
マティアスとフェリシアは王妃とアーサーに見送りの挨拶をした。
王妃は何も言わずにフェリシアの手を握った。続いてアーサーがフェリシアの前で立ち止まり顔をフェリシアに近づけて来た。驚いたフェリシアが固くなっているとアーサーは耳元で囁いた。
「私のこともお義兄様と呼んで構わないのだが。」
フェリシアはアーサーの顔を見つめたまま呼吸をするのも忘れてしまうほど混乱した。
アーサーはニヤッと笑うとスーっと真顔になり使用人たちの挨拶を受けていた。
「兄上、彼女に何を言ったのですか。」
マティアスは顔は正面を向けたまま目だけを動かしアーサーにチクリと言った。
アーサーはマティアスのことなど気にもせず片手を上げると馬車に乗り込んだ。
王妃とアーサーを乗せた馬車はゆっくり進み出し、マティアスとフェリシアは馬車が見えなくなるまで見送った。
「フェリシアも朝食はまだでしょ?」
「えぇ、まだです。」
「せっかくだから一緒にどう?」
「はい。」
二人はいつもの食堂ではなく窓から外が見えるこぢんまりとした部屋で朝食を取ることにした。
チェスターに到着した日は夜だったのでよくわからなかったが王宮までいかなくてもかなりの部屋数があることが理解できた。
「何キョロキョロしているの?フェリシア。」
「いえ、スィントン邸より部屋数が多くて広いなぁと改めて思いまして。」
「まぁ、一応王室所有の建物だしね。母上の為だったからヘレナ宮ってことでいいんじゃない。」
「うふふ」
「ところでさっき兄上に何を言われたの?」
あぁ、やはりきたか。。。
「お義兄様と呼んでくれてもいいからと言われました。」
「ハァ?もう、兄上は何を言っているんだ!」
「マティアス様、そんなに怒らなくても。お呼びするのは問題ありませんので。」
「俺には問題だよ。皆んな好き勝手に!」
「家族になることを喜んでくれているのですわ。」
「じゃあ俺は?俺のことはなんて呼んでくれるの?」
「ん?マティアス様ではいけませんか。」
「俺だけ家族になっても変わらないの?」
「変えた方がいいでしょうか? では、旦那様とか。」
「え?旦那様!」
マティアスは急に口を押さえ下を向いた。これを照れと言わずに何と言えばいいのか。
マティアスはフェリシアに「旦那様」と呼ばれるのを想像して顔が緩んでいくのを止められなかった。
二人の初々しい会話を給仕しながら聞いていたエミリーは目を細め、邪魔をしてはいけないと部屋の一番遠い角で待機した。
するとエマが息を切らして入って来た。
「フェリシア様、お食事中申し訳ございません。チェスター伯爵とミラ様がフェリシア様にお会いしたいと玄関ホールにお見えになっています。」
「私に?」
フェリシアは伯爵夫妻も見送りに来ていたのを思い出したが、まさかミラも来ているとは思わなかった。
「ねぇ、エマ、伯爵は用件をおっしゃっていたかしら?」
「いいえ、特におっしゃっておりませんでした。」
フェリシアは不安そうにマティアスの顔を見た。
「心配なら同席しようか?」
マティアスは任せてと言いたげな表情で言った。
面会の目的は何かしら、
まさか王妃様が課題をだしたとか。
いや、さすがにそれはないわ。
「大丈夫ですわ、マティアス様。でも王室に迷惑がかかる内容かもしれませんので途中からご参加されるのでいかがですか?」
「フェリシアがいいのなら構わないよ。」
そう言うと、マティアスは落ち着いたら向かうから客間で待たせる様にエマに指示した。
フェリシアが客間に入るとチェスター伯爵とミラは立ち上がり挨拶をした。
「フェリシア様、お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます。」
侯爵家のフェリシアにとって伯爵家の彼らよりは格上にはなるもののこのような状況になったことがないので少々緊張した。
「どうぞ楽にしてください。」
フェリシアはいい終わるとソファに座り二人に微笑んだ。三人が座ったところでフェリシアは改めて尋ねた。
「今日は私にどの様なご用件でしょうか。」
フェリシアの疑問にチェスター伯爵は口を開こうとしたがミラが自分が話すと遮ぎった。
「フェリシア様、昨日のお茶会でご気分を害す様な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。」
フェリシアがどう対応していいのかわからずに瞬きを繰り返しているとミラはそのまま続けた。
「成人になったにもかかわらず目の前にいらっしゃる王族の方々がとても華やかでしたので一人舞い上がりうっとりするという大人気ない行動をとってしまいました。」
ミラが謝ると伯爵も一緒に頭を下げた。
フェリシアは自分に謝るキッカケが何だったのか知りたかった。
ミラの言い分を聞いているとマティアスと自分の関係に気付いたから謝罪しに来たのだろうとフェリシアは考えた。
「ミラ様、ミラ様の行動が何故私への謝罪になったのか教えていただけますか。」
ミラは言葉に詰まった。すると伯爵が口を開いた。
「私が気づくのが遅かった為この様なことになってしまいました。最初に王妃様がフェリシア様のことをお身内とおっしゃられました。私は本当にお身内かと思っておりましたがお茶会の時にどうも違うなと感じたのです。フェリシア様を見つめる第三王子殿下の眼差しを拝見してハッとしたのです。それに殿下が身につけていらっしゃる物がフェリシア様の瞳のお色でした。もしやこれはと。。。」
伯爵は最後の言葉を濁した。フェリシアはむしろ最後の言葉、自分たちの関係がどの様に見えたのか知りたかった。
「伯爵はどう思われたのでしようか。」
フェリシアが聞くと伯爵はモゴモゴ口をこもらせ次第に顔色が悪くなっていった。
あっ、少し意地悪だったかしら。
確かに言い辛いわね。
もし違っていたらマティアス様に対して不敬にあたるかもかもしれないし。
「伯爵、私の言い方が適切ではなかったですわ。今の私の発言は忘れてください。」
フェリシアはその場の雰囲気を変えようと言い終わると微笑んだ。
それでもしーんと静まり返ったままの室内。呼吸音でさえ雑音に聞こえてしまいそうだ。
フェリシアは自分自身も胸が苦しくなってきたので早くこの面会を終わらせたかった。
すると伯爵はうつむき加減だった顔をフェリシアに向けハッキリとした口調で言い切った。
「第三王子殿下にとってとても大切なお方だと確信したのです。」
伯爵はとうとう言ってしまったと心の中で呟いたのか魂が抜けた様にヘナヘナしていた。そしてミラが心配そうに伯爵の顔色を伺っていた。
フェリシアは慌てた。あぁ、何故さっきすぐに話題を変えなかったのか悔やんだ。
伯爵の発言に肯定も否定も出来ずにいたフェリシアはひたすら気の利いた台詞を考えたが焦るとなかなか思い浮かばない。
あぁ、困ったわ。
私一人の判断で「そうなんです。大切な人なんです!」なんて言えないし
ましてや「違いますわ」なんて言おうものならマティアス様が嘆いてしまうかもしれない。
・・・あぁ、マティアス様お助けくださいませ。
水を打ったように静まり返った部屋の中でフェリシアは祈るしかなかった。
フェリシアが目を閉じてから数秒後、彼女の祈りは天に通じたようだった。
ノック音がしたと同時にすごい勢いで扉が開けられ、誘拐された姫を助けに来たヒーロー感満載のマティアスが客間に入って来た。
「チェスター伯爵、話し中申し訳ないが私も同席して構わないだろうか。」
伯爵父娘は驚きフェリシア安堵した。
伯爵とミラが立ち上がり挨拶をするとマティアスは両手で押さえるような仕草をしながらフェリシアの隣り座った。
「で、何の話しをしているのかな?」
マティアスは嬉しそうに聞いてきた。マティアス以外の三人は一瞬目を合わせ各々がどうしましょうかと訴えているようだった。
しばしの沈黙の後、伯爵が切り出した。
「実は。。。」
伯爵はマティアスとフェリシアの関係の前までの経緯を話しマティアスにも頭を下げた。
「殿下も気分を害したことでしょうお詫び申し上げます。」
「まぁ、私は大丈夫ですよ。フェリシアはどう?」
マティアスはフェリシアに振った。
フェリシアがミラの顔を見ると彼女は声こそ出していないが目に涙をいっぱい溜めて今にも泣き崩れそうだった。
「第三王子殿下、フェリシア様大変申し訳ございませんでした。」
ミラが再度謝罪すると膝の上に置いていた手に涙が一粒落ちた。伯爵ももう一度頭を下げた。
「世間知らずの地方貴族の娘が愚かな行動をしたということでお許しいただけますでしょか。」
「許すも何も。。。ミラ様のお気持ちはわかりますわ。私も殿下と近くでお会いした時に殿下の美しいお顔にドキッといたしましたもの。」
フェリシアはマティアスをチラッと見ると、マティアスはフェリシアとは逆方向を向き耳を赤くした。
「フェリシア様、けじめをつけたいので私に何か課してくださいませ。そうでないと私の気持ちが治りません。」
「そんな。。うーん、そうですわねえ。。確かミラ様は王妃様から私の話し相手をお願いされたはずです。ですからそれをきっちり守っていただきましょう。」
フェリシアはマティアスに「これでどうでしょうか」と目で訴えた。マティアスは何か思いついたらしく伯爵に確認した。
「伯爵は建国式典には出席されますよね?」
「もちろんでございます。」
伯爵は何を確認するのか不思議そうな顔をしながら即答した。
「ミラ嬢も一緒だな?」
「はい、私も出席いたします。」
「ならば、王都に来た時にミラ嬢にお願いしたいことがあるのだが。」
「喜んで承ります、殿下。」
ミラはキラキラした目をして返事をすると今度はフェリシアの方に顔を向けた。
「フェリシア様、私に何かお手伝いできることはございませんでしょうか。」
「えっ?私ですか? 」
まさか自分に振られるとは思ってもいなかったフェリシアは何も考えていなかった。しばらく天井を見つめていたフェリシアは思い出した様に話し始めた。
「ミラ様、私、近い内に街を散策したいと思っています。それにお土産も買いたいので案内をお願いできますか?」
「はい、もちろんでございます。」
ミラは嬉しそうに答えた。
「殿下、私はもう充分ですわ。殿下はどうでしょう?」
フェリシアはそろそろ終わりにしたいと思いマティアスに確認した。
「うん、いいんじゃないかな。途中から参加したから半分は理解していないけど。」
マティアスはフェリシアに向かって言った。
「まぁ、殿下ったら。お話しした内容は、殿下は美丈夫でミラ様も私もドキドキしたということですわ。」
マティアスは天にも昇る気持ちでついフェリシアの手を握ろうとしたが、焦ったフェリシアはサッと手を引っ込めた。
フェリシアの態度でマティアスはハッと我に返り、失態を隠す様に声を上げた。
「ロイド、伯爵がお帰りだ、玄関までお送りして。」
伯爵とミラは最後にもう一度頭を下げてから退出した。
二人がいなくなるとマティアスはデレデレした顔でフェリシアに密着して来た。
「ねぇ、さっき言ったことは本当?」
「はい?何のことでしょうか。」
フェリシアは惚けた。が、マティアスがどのことを言っているのか彼の表情を見れば察しがついた。
「あっ、そういう事を言うのならフェリシアの本心ということにしちゃうよ。」
「マティアス様のお好きにどうぞ。フフ。」
ふぅ、朝から神経使って疲れちゃったわ。
少しお部屋でゆっくりしたいなぁ。
マティアス様はルーファス様に話があると言っていたから
またお昼寝しちゃおうかしら。
フェリシアは自分の部屋に戻った。




