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チェスターにて 出発①

◆◇ 第二十二章 ① ◆◇


 まだ夜明け前なのにアンナは張り切っていた。

「お嬢様、お嬢様、起きてくださいませ。」

「・・・」

「早朝に出発しないと今日中にチェスターに到着しないそうですよ。」

フェリシアは片目だけ開いてアンナの顔を一瞬見たがまたすぐ閉じようとした。

アンナはフェリシアの頬をぺんぺんと優しめに叩いたが効果はなかった。

「しょうがないですね。このままでいてくださいね。」

アンナは独り言のようにフェリシアに言うとお湯で絞ったタオルで顔、胸元、手を手際よく拭いていった。

「もうお嬢様ったらお子様みたいですね。これで本当に王子のお妃になれるのでしょうか。」

「・・・アンナ、聞こえているわよ。」

「あら、聞こえているのなら起きてくださいませね。」


やはりアンナにはかなわない。

幼少の頃から世話をしてくれているし、ヴェロニカお姉様よりお姉様みたいなものだもの。

フェリシアはそう思っているうちにまたウトウトし出した。

「まぁ、困ったお嬢様ですね。」

アンナは呆れながらも白粉(おしろい)を手に取りフェリシアの顔に化粧を施した。

化粧を終えるとフェリシアはムクっと起き上がり手鏡を探した。

アンナが黙って差し出すとフェリシアはニッコリして受け取り自分の顔を鏡に写した。


「すっごいー さすが。アンナって天才だわ。毎日こうして欲しいわ。」

「お嬢様、いい加減にしてくださいませ。殿下に言いつけますよ。」

「いやー、それはやめて! だってアンナにしか甘える人いないんだもん。」

「本当にお嬢様は私のツボを押さえていますね。これからは殿下に甘えてくださいね。」

フェリシアはアンナの返しにドキッとし飛び起きた。

その後は着せ替え人形のようにアンナにドレスを着させられ髪型もあっという間に整えられた。


「さぁさぁ、旦那様と奥様にご挨拶をして行きましょう。」

「えーそんなぁ。朝食は?」

「そんな時間はありませんよ。グズグズしているお嬢様がいけないのですよ。」


フェリシアは朝食を諦め侯爵夫妻に行ってくる旨を伝えた。

ガタガタ騒々しかったのかシリルも目を擦りながらホールに現れた。

溺愛している末娘が何処か遠くに行ってしまうかのように邸総出の見送りになった。


「いいか無理してはいけないよ。何かあったらすぐ連絡をよこしなさい。」

父トラビスは涙ぐみながらフェリシアを抱きしめた。

「はい、お父様、大袈裟すぎですわ。私は大丈夫です。王妃様と一緒ですしすぐ帰ってきますので。」


「フェリシア気をつけてね。王室の皆様に迷惑をかけないようにね。」

母レイラはフェリシアの手をギュッと握った。


「まるで今日嫁ぐ花嫁みたいな見送りだね。フェリシア、しばらく会えないのは寂しいけれど気をつけて行っておいで。」

シリルは優しくフェリシアの髪を撫でた。


あぁ、シリルお兄様にいい子いい子して貰うのは久しぶりだわ。

すごい落ち着く。。。。


フェリシアが一瞬うっとりているとシリルが突然聞いてきた。

「ところでフェリシアは何でチェスター領に行くんだい?」

「まぁ、お兄様、それ今聞きますぅ? 実は私もよくわからないのですが、公務ではないことは確かです。」

「ふぅ〜ん。」

シリルはわかったようなわからないような曖昧な返事をしていたが「王太子様のお見合いかな?」とボソッと呟いた。


「それでは、お父様お母様シリルお兄様、行ってまいります。」

フェリシアは家族に挨拶をすると馬車に乗った。

中に入り椅子に座って体勢を整えているとアンナがハァハァ息を切らして馬車に乗り込んで来た。


「あら、アンナ忘れ物?」

「お嬢様、王宮までは私がお供いたしますので。」

アンナは座るや否や用意した荷物の説明を機関銃のようにまくし立て始めた。


「いいですか、お嬢様。チェスター領はパルトより気温が低いのでお身体を冷やさないようにしてくださいね。お腹を壊した時用のハーブティーも用意してありますから。それから、」

「アンナ、もういいわよ。子供じゃないんだから。それに王宮からも何人か使用人が同行するはずだし。」

「そうは言っても、こんなに長い日数離れることなんてなかったではないですか。しかもお一人で。私、心配で心配でこっそりついて行きたいくらいです。」

今にも泣き出しそうにしているアンナを見ていると本当に心配しているのが手に取るようにわかる。

「まぁ、いつものアンナはどうしたの?私好きなのよ、ビシッと決めてくれるアンナの一言が。」


考えてみれば両親やシリルお兄様、ましてやヴェロニカお姉様よりもアンナとの方が長く過ごしているもの。

私に情が移ってしまうのも当然よね。


フェリシアはアンナの手の上に自分の手をそっとのせた。

「アンナ、いつも心配してくれてありがとう。感謝しているわ。」

うるうるした瞳でフェリシアの顔を見つめているアンナを見て、フェリシアはアンナって意外と可愛いのねって思った。


 

 しばらくして馬車は王宮に到着した。

すでに王族用の馬車が数台並んでおり使用人たちが荷物を載せていた。


フェリシアとアンナが馬車から降りると朝から元気なエミリーが駆け寄って来た。

「フェリシア様ー、お待ちしておりましたー。」

エミリーはフェリシアの前に来るとぺこりとお辞儀をした。

「フェリシア様、あちらで殿下がお待ちです。あっ、こちらお荷物ですね。お預かりいたします。」

エミリーはアンナに気づくとフェリシアの荷物を受け取ろうとした。

するとアンナは馬車内でフェリシアに話したことをエミリーに説明し出した。

「フェリシアお嬢様はお腹を壊しやすく。。。」


アンナったらまた言ってるわ。

何度も言ってるけど私はもう子供じゃないんだから!


フェリシアはアンナの声を後ろに聞きながらマティアスが待っている所に急いだ。

マティアスはマティアスでフェリシアの到着を知りフェリシアの方へ歩いていきすぐに出会った。


「フェリシア、おはよう。待っていたよ。」

「マティアス様、おはようございます。お待たせして申し訳ありません。」

「ところであそこにいる侍女たちは何か言い争いでもしているの?」

フェリシアが振り返るとアンナはまだエミリーに説明していた。

「あ、あれは私の侍女が私の取り扱いを説明しておりまして。。。(恥ずかしいわ)」

「フェリシアの取り扱いだって?」

「まぁ、そんな様なものですわ。」

フェリシアは苦笑いをしてごまかした。

「フェリシアの取り扱いなら俺が聞いた方がいいんじゃないのか?」

マティアスは今にも話を聞きに行きそうだったのでフェリシアは慌てて彼の背中を押して彼女たちから遠ざけようとした。

「おやめくださいませ。マティアス様は王子なので聞かなくてもいいんですよ。」

「それは残念だな。俺が理解しておくのが一番いいと思うのだが。」

「そんなことありません!」

ケラケラ笑っているマティアスをフェリシアは一生懸命押した。

その姿があまりにも可愛らしく思えたマティアスは観念した様に歩き出した。

「仕方ないな。じゃあ皆んな所に行こうか。」

マティアスとフェリシアは遠ざかって行った。


アンナは二人の後ろ姿が小さくなるのを確認するとエミリーに最後の説明を始めた。

「こちらなのですが、今お嬢様が一番気に入っているルナのお菓子です。焼き菓子なので日持ちしますのでお渡ししますね。」

アンナは更に声をひそめ耳元でささやいた。

「大きな声で言えないのですが、機嫌が悪い時等にお出しするとよろしかと思います。」

「はい、承知しました。しっかりフェリシア様をお世話させていただきます。」

エミリーはお菓子を受け取ると大事そうに抱えて荷馬車の方へ戻って行った。


 マティアスとフェリシアが馬車の待機所に行くともう出発の準備はできており王妃とアーサーを待つのみだった。

フェリシアはここでアンナに何も言わないでいることに気づき慌ててアンナの元へ急いだ。


貴族令嬢が走るなんてとんでもないのだけど

今はそんなこと関係ないわ。

このまま出発してしまって

もし途中で事故にでもあったら。。。

もうアンナに会えなくなってしまう!


「アンナー!」


フェリシアの声に驚いたアンナはすごい勢いで振り向いた。

「お嬢様、どうされました?」


ハァハァ息を切らしながらフェリシアはアンナに向かって言った。

「アンナに行って来ますを言ってなかったから。」

アンナはしばらくの間びっくりした顔のまま固まっていたが次第に頬が緩み目を細めた。

「まぁ、お嬢様。。。気にしなくていいんですよ。」

肩で息をしたままフェリシアは改めてアンナの顔を見た。


「アンナ、マティアス様たちと言って来るわね。」

「はい、お嬢様。お気をつけて行ってらっしゃいませ。無事のお帰りをお待ちしております。」

アンナは嬉しそうにフェリシアに声をかけると深々とお辞儀をした。


フェリシアは気づいていないが、この時のアンナの目には嬉しさの余り光るものが溢れていた。



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