王妃の作戦 ③
◆◇ 第二十一章 後編 ◆◇
王太子アーサーはブツブツ独り言を言いながら王室家族専用の食堂に向かっていた。
今度は何を言われるのだろう、どうせまた結婚に関することに決まっている。
アーサーはどう切り抜けようか頭の中がいっぱいだった。
「兄上、何ブツブツ言っているのですか?」
現れたのは第二王子のノアだった。
「あぁ、ノアか。いや、母上にまた結婚のことを言われるのではないかと思ってさ。」
「なるほど。でも今日は違うかもしれないですよ。」
「何故わかる?」
「あれ?兄上聞いてないですか?今日はフェリシアも一緒なんですよ。」
「えっ?フェリシアが来るのか?何故?」
「さぁ?母上の気まぐれ?親睦を深める為にお誘いしてのでは?さすがに母上も客人の前で兄上の行き遅れを攻めないでしょ。」
ノアは話しながらケラケラ笑った。
「お前はいいよな。。ハァ。。」
アーサーはため息をつきながら、ノアは笑いながら食堂へ向かった。
マティアスとフェリシアも食堂に近づいていたが、次第にフェリシアの顔が引きつってきた。
「フェリシア、もしかして緊張してる?」
「はい、とっても緊張しています。」
「大丈夫だよ。俺がついているからね。」
「はい、頼りにしています。。。」
もう、マティアス様ったら
国王陛下と晩餐なんだから緊張しないわけないじゃない!
二人が食堂に着くと三人の王子たちは席に着いていた。
フェリシアを見るや否やジョシュアは席から立ち上がった。
「フェリシア素敵!毎日そういう装いで僕の側にいて欲しいよ。」
「ジョシュア、お前が言うんじゃない!フェリシアは俺の婚約者だからなそのセリフは俺のものだ。」
ジョシュアの発言に真剣に注意するマティアスだったが、ジョシュアはペロっと舌を出してフェリシアの顔を見た。
二人を見ていたフェリシアはクスクスッと笑った。
フェリシアが笑ったのを見てマティアスは嬉しくなってしまい握っていたフェリシアの手を持ち上げ唇をあてた。
その後びっくりしているフェリシアの耳元にささやいた。
「緊張は解けた?」
フェリシアは赤面しながらウンウンと高速にうなづいた。
「まるで恋人同士みたいじゃないか。」
第二王子のノアが少し茶化す様に言うとマティアスは平然と言い返した。
「ノア兄上、まるでは余計ですよ。俺たちは恋人同士なんで。」
フェリシアは恥ずかしさが天井に届きそうで顔をあげられなかった。
マティアス様は何を言い出すの!
恥ずかしくてもう殿下たちの顔を見られないじゃないの。
男兄弟ってこういうものなのかしら?
私は歳の離れたお姉様とお兄様しか知らないからわからないわ。
恋人同士と言われたことがご満悦だったマティアスは鼻歌でも歌い出しそうな位ニコニコ顔、フェリシアの正面に座っているジョシュアもフェリシアの顔をじーっと見つめてうっとりしている。
ハァ〜 そんなにガッチリ見つめらると困ってしまいますわ。
・・・でもケンカよりましと考えることにしましょうね。
しばらくすると国王陛下夫妻が入室して来た。
扉が開いた瞬間に王妃ヘレナはフェリシアを見つけ優しく微笑んだ。
「フェリシア来てくれたのね、急なのにありがとう。」
フェリシアはその微笑みの向こうにあるヘレナの期待を瞬時に感じた。
「お招きありがとうございます。とても楽しみにしておりました、お義母様。」
フェリシアの言葉に呆然としている国王レスターをチラッと見たヘレナは満足気に席に着いた。
フェリシアは慌てて陛下に挨拶をした。
「陛下、ご無沙汰しております。本日お招きありがとうございます。」
我に返ったレスターは娘を見る様な眼差しで返した。
「ここは完全に私室だから堅苦しいことは無しでよろしいぞ。」
「はい、お優しいお言葉ありがとうございます。」
「・・・」
レスターは急に真顔になりフェリシアが存在しないかの様に無反応だった。
あらら? 陛下怒ってらっしゃる?
私、何か失言したかしら?
フェリシアは目だけを左右に動かし周りを確認した。
微妙な空気が流れている中彼らは何事もなかった様に普通に料理を待っていた。
ただノアだけはニヤッとしながらフェリシアを見た。
王族ってみんなこんな感じなのかしら?
私もマティアス様と結婚したらこんなに回りくどくなるのかしら?
「フェリシアは最近図書館に来ないですね。」
ノアもキツネ顔からタヌキ顔に変わりフェリシアの口からアノ言葉を言ってもらうのを期待しているのがわかった。
「最近は宿題が出ないので足が遠のいてしまいました。また私に合う本を紹介してください、お義兄様。」
ノアのヨシヨシと言いたげな表情を見て今日のノルマは終わったと安心したフェリシアだった。
皆が、「さぁ、いただきましょう」とナイフとフォークを手に取ろうとした時レスターが口を開いた。
「お、お前たち、いつの間にそんな仲になったのだ?」
レスターは頬をヒクヒクさせながら続けた。
「フェリシア!」
まさかレスターの口から自分の名前が出るとは思わなかったフェリシアはフォークを落としそうになってしまった。
「は、はい。」
突拍子もない声で返事をしたフェリシアにジョシュアだけはクスクス笑って見ていた。
「わ、私にも呼んでくれないか?その、何だ、父親だと思って。。。」
陛下までも!と思ったフェリシアだったがそれで済むのなら簡単なことだと思った。
「はい、お義父様。」
フェリシアは最高の笑顔と甘い声でレスターに応えた。
レスターは目を閉じうっとりした表情でフェリシアの声を聞くとハァァと何とも言えないため息をついた。
「なるほど、今スィントン侯の気持ちが理解できたよ。可愛い娘にこんな風に呼ばれたらずっと側に置いておきたいと思うものだな。」
恥ずかしてレスターの顔を見られないフェリシアは下を向いたまま小さい声で言った。
「お恥ずかしいです。」
「あー、僕もお義姉様って呼びたーい。」
ジョシュアが大人しくしているはずがなかった。
今まで黙って様子を伺っていたマティアスが間髪入れずに吠えた。
「ジョシュア、お前はダメだ!」
「えー何で何で?」
「何でもだ。と言うか皆んなフェリシアを好き勝手にしないでくれ。彼女は俺の婚約者なんだから!」
フェリシアはマティアスがこの話題に終止符を打ってくれたことに安堵し、また嬉しかった。
「さぁさぁ、もうおしまいよ。せっかくのお料理が冷めてしまうからいただきましょう。」
元はと言えば王妃から始まったことなのだか本人はケロッとしてた。
一同は再びフォークとナイフを手に取り食事が始まった。
「あら、このスープ美味しいわ。それに女の子一人いるだけで部屋全体が華やかになって料理ももっと美味しく感じるわ。」
ヘレナはフェリシアを見て微笑んだ。
今度は心からの笑顔と判断したフェリシアは同様に微笑み返した。
料理が次々に給仕されだすと男性陣も和やかに料理を楽しみ始めたが、唯一ダンマリを決め込んでいたのはアーサーだった。
彼は最初から一言も発せずずっとテーブルだけを見ていた。
アーサーにとって誰が誰に何と呼ばれようが、料理が美味しいか(美味しい方がいいが)なんてどうでもよかった。
とにかく自分の弱点である王太子妃選びだけには触れられたくなかった。
もう、秋か。。。
新年なんてもう目の前じゃないか。
父上でも母上でもいいからもう勝手に決めてくれ。
少しだけイライラしていたアーサーはついフォークを持つ手に力が入りカチャカチヤと音を立てたしまった。
それをすかさず見ていたジョシュアはいつもの様に茶化した。
「アーサー兄上ったら緊張してるの?あっ、フェリシアがいるからでショ?」
アーサーはジョシュアをギロッと睨んだ。
フェリシアの席はテーブルの一番端で隣りがマティアス、その隣りがアーサーだったのでアーサーの状況は見えなかった。
が、自分の名前が登場したので焦ったが見えないことに聞こえなかった振りをし、この席にしてくれたマティアスに心から感謝した。
「ジョシュア、いい加減にしなさい。そうだわ。肝心なことを話さなくては。」
ヘレナがジョシュアに注意するとアーサーは青ざめ天井を仰いだ。
ついにきたか。。。
ああ、なんて言い訳しようか。
「あのね、来週チェスターに行こうと思ってるの。」
自分の結婚問題ではなかったので喜びのあまりアーサーはうっかり反応してしまった。
「いいじゃないですか、母上。でもチェスターだと季節的に遅いのではないですか?」
フェリシアは何のことだろうと不思議そうにマティアスの顔を見ると耳元で教えてくれた。
「チェスター領は母上のお気に入りの避暑地なんだ。」
フェリシアはなるほどとうなづいた。
「まだ大丈夫よ。でも早く行かないと寒くなるしこれからの王室行事の準備もあるし。」
ヘレナが答えるとアーサーは何故か嬉しそうに言った。
「そうですか。わかりました。気をつけて行って来てください。」
「あら、何を言っているの。アーサーも行くのよ!」
ヘレナはニヤッとしながらアーサーの顔を見た。
アーサーは驚いて口に含んでいたワインを吹き出しそうになった。
「何で私まで?」
「何でもよ。理由はチェスターに行けばわかるわ。そして。。。」
ヘレナはマティアスとフェリシアの方を向き言い放った。
「マティアスとフェリシア、貴方たちも一緒に行くのよ。」
「えっ?我々もですか?」
マティアスも目を見開いてヘレナに食いついた。
「母上、僕も一緒に行きたい。」
ジョシュアは目を輝かせて言ったがヘレナに一蹴された。
フェリシアにいたってはもう何が起きているのかもさっぱりわからなかった。
「とにかく四人は来週チェスターに行くのよ。わかった?」
「母上、急に言われましても執務がありますので同行できないかと。」
アーサーは何とかチェスター行きを回避したく業務を盾にしたがヘレナには通用しなかった。
「だから、アーサーは一泊で戻って来ていいわよ。」
マティアスもアーサー同様何か断る理由を探した。
「母上、そろそろ毎年開催している騎士団主催行事の準備を始めないといけないので。。しかもフェリシアとはまだ正式な婚約をしていませんし。。。チェスターに行くのはちょっと。。。」
「これからの季節に王国主催の行事が多いのは理解していますよ。だから来週早々に出発するのです。それと部屋は当然別よ。」
しーんとした食堂内でヘレナ以外の者がいっせいに助けを求めレスターの顔を見た。
王妃がこんなこと言ってますけど何とかしてくださいと言いたげなのはレスターも一目で理解した。
が、どうすることもできず気まずくなった彼は気づかぬ振りをしデザートをぱくつき「うまいうまい」を連発していた。
唖然としたフェリシアだったが、もしかしたらこの国を支えているのは実は王妃様なのではないかと思えた。
マティアスはフェリシアを気遣って早く退席しようとした。
「フェリシアが邸に戻るのが遅くなるので我々は先に失礼します。さぁ、フェリシア行こう。」
「あっ、はい。」
フェリシアはマティアスにされるがまま返事をした。
マティアスは食堂を出た途端フェリシアに謝った。
「フェリシアごめん。こんなことになってしまって。少し時間をくれるかい?」
「マティアス様、私、何が何だかわからなくて。。」
フェリシアの部屋の前でエミリーが待っていた。
「少しフェリシアと話がしたいから俺も入るよ。」
二人がソファに腰掛けるとエミリーはお茶の用意を始めた。
「あのぅ、早く帰らないと邸の者が心配していると思うので。」
フェリシアはとにかく邸に戻って頭を整理したかった。
フェリシアの言葉にエミリーはすかさず反応した。
「フェリシア様、ご安心くださいませ。先触れを出しておりますので。」
マティアスはエミリーの言葉に安心した。
「フェリシア、とにかく申し訳ない。母上は自分から言い出したら人の話しは聞かないから。。。」
「王妃様はきっと何か考えがあるのでしょうけど、外泊なんてしたことありませんし。。」
「大丈夫、心配しないでをこちらで全部準備するから。あっ、絶対何もしないよ。部屋も別と言ってたし。誓うよ。」
フェリシアはマティアスの最後の言葉にドキッとし頬を赤くした。
「もちろんマティアス様を信じておりますので。」
「信じてくれてありがとう。本当はちょっと嬉しいんだ。フェリシアと一緒に出かけられるなんて。」
「まぁ。」
「二人で同じ馬車に乗って同じ景色を見て、「綺麗だね」って言い合うのって最高じゃない?」
確かにそうだわ。
マティアス様は王族だし自由に行動できないし、私たちにはそういう時間が必要だったのかもしれない。
それが王妃様の狙いだったのかしら?
「フェリシア、遅くなるといけないから今日はこれで終わりにしよう。シリルがまだいたら一緒に帰るといい。」
マティアスはエミリーに政務棟に連絡する様に指示した。
まもなくすると事情を聞いたシリルが現れ一緒にスィントン邸に帰った。
邸に戻る時アンナが湯浴みの用意をして待っていた。
「今日は長くて大変な一日だったわ。」
フェリシアはついアンナにこぼしてしまった。
「王宮から先触れが来た時は驚きましたが、これから多くなるかもしれないですね。」
アンナはフェリシアの髪を乾かしながら言った。
「そういえばね。」
フェリシアがチェスター行きの話しを続けるとアンナは心配そうに言った。
「確かチェスター領は王都よりだいぶ北のはずですよ。それに寒い地域だからこれといった作物もなく領民は苦労していると聞いたことがあります。本当にチェスター領なのでしょうか。」
「何でも王妃様お気に入りの避暑地らしいわ。一人じゃないし王族と一緒だから大丈夫よ。」
「お嬢様、マティアス殿下も若い男性ですからね。気をつけてくださいませ。」
「わ、わかってるわよ、もぅ。」
フェリシアは恥ずかしくなってふわふわのベッドに潜り込んだ。
「明日は旅行用のお召し物の用意をしましょうね。おやすみなさいませ。」
アンナはベッドに向かって言うとフェリシアの部屋から出て行った。
扉の閉まる音を聞いたフェリシアは潜っていたベッドから顔だけ出した。
アンナったら心配しすぎよ。
でも、実際お部屋に来られたらどうしましょう。
マティアス様はきっとそんな事しないわ、、、しないはずよ。
フェリシアの頭の中はチェスターでの夜のことでいっぱいだった。
あっ、ハンカチ!
結局今日も渡せなかったな。。。
来週チェスターで渡そう。
きっと二人になる時間はたくさんありそうだし。。
フェリシアは深い眠りについた。




