植物園 1
◆◇ 第二十章 前編 ◆◇
会場に着いたフェリシアとジョシュアは目立たないように隅の方を歩いていた。
見学者たちは目の前で行われている騎士たちの手合わせに目を奪われ二人のことなど眼中になかった。
フェリシアはうつむいて歩いていたが目だけは前後左右フル回転させて場内を確認した。
マティアス様はいらっしゃらないのね。
「殿下、私たちは一番端に座りましょうか。」
「フェリシアそんなにコソコソしなくてもいいんじゃない?」
「でも、恥ずかしいので目立たない席にしましょう。」
二人が見学席近くで立ち止まっていると、ジョシュアの姿に気づいた騎士たちが慌てて駆け寄ってきた。
「殿下いらしていたのですね。気づかずに申し訳ございません。ぜひあちらの席でゆっくりと。」
役職がついてそうな騎士が王族用の席を指してジョシュアを案内しようとした。
「あー、僕のことはいいから。すぐ戻るつもりだし。それより兄上は今日は出場しないの?」
マティアスは今日の公開練習には参加しないが視察に来るとのことだった。
ジョシュアの質問に答えた騎士はジョシュアとフェリシアを交互に見て不思議そうな顔をしていると、
ジョシュアは何食わぬ顔をしてしれっと言った。
「彼女は行儀見習いで僕のお世話係だから気にしないで。」
フェリシアはジョシュアの後ろに立ち頭をさげた。
応対した騎士は納得していない様子だったが黙ってその場を離れた。
「さぁ、殿下あちらの席に。。。」
フェリシアはジョシュアに言いかけ顔を上げるとマティアスが会場に入って来るのを見た。
フェリシアはマティアスを見つめたまま人形のように固まってしまった。
「どうしたの、フェリシア?」
ジョシュアはフェリシアが見つめている方向に顔を向けた。
「あっ、兄上。えっ?隣りは誰?」
ジョシュアの声に気づいたマティアスは二人の方を見ると一言「あっ」という顔した。
フェリシアは震えた声でジョシュアに教えた。
「マティアス様の隣りにいらっしゃるのはバートン宰相の御息女シンシア様ですわ。」
「えー、なんで兄上と一緒にいるのさ!」
「私が知りたいぐらいです!ジョシュア殿下、もうこの場所に用はありませんわ。戻りましょう。」
いつもはジョシュアの後ろを歩くフェリシアだが、今回ばかりはジョシュアの手を取りスタスタ歩き出した。
もう、マティアス様ったら!
どうしてまたシンシア様と一緒なのよ!
それに「あっ」って何!
どういう意味ですか!
「あっ見つかっちゃった!」の「あっ」なんですか?
ジョシュアはびっくりしたが、むくれているフェリシアが面白くて大人しく手を引かれてままについて行った。
この一連の出来事を見つめていた者がいた。
ルーファスだった。
ルーファスはマティアスが席に着くと耳打ちをしフェリシアの後を追うように公開練習会場を後にした。
二人は振り返ることもなく騎士団エリアを後にし王宮へ向かった。
するとジョシュアの本当の世話役が見つけたぞーと言わんばかりの形相で走って来た。
「ジョシュア様ー、どこに行ってたんですかー」
ジョシュアは慌ててフェリシアの後ろに隠れた。
初老の世話役はハァハァ息を切らして今にも倒れそうなところやっと話し出した。
「ジョシュア様、授業が終わっていないのにどこへ行かれてたのですか?」
「エヘヘ。」
「エヘヘじゃありませんよ。先生が困っていますよ。すぐ戻りましょう。」
フェリシアは驚いた。
「まぁ、ジョシュア殿下。授業を抜け出してきたのですか?それはいけません。すぐお戻りください。」
「フェリシアも一緒に戻ってくれる?」
フェリシアは答えに詰まった。
「殿下、申し訳ありません。私は少し頭を冷やしてから戻りますわ。」
残念そうにしていたジョシュアは連行されるように世話役に連れて行かれた。
クスクス、ジョシュア殿下ったら父親に怒られた子供のようね。
フェリシアは一瞬マティアスのことを忘れたがジョシュアがいなくなると再びマティアスの顔が頭に浮かんだ。
いけないわ。早く頭を冷やしましょう。
フェリシアは騎士団棟に行く時に見た植物園にダメ元で立ち寄ってみることにした。
もし入園可能なら美しい緑に囲まれて気持ちを落ち着かせたいと思った。
一方、ルーファスはいい距離を保ってフェリシアたちの後を追っていた。
もうすぐ追いつきそうだな。
でも、ジョシュア殿下がご一緒か。。。
まぁ、事情を話してフェリシア様一人にしてもらおう。。。
ルーファスが考えながら歩いていると、綺麗に着飾ったご令嬢に捕まってしまった。
「騎士様、公開練習会場はどちらでしょうか。」
あぁ、なんてことだ、こんな時に!
ルーファスはマティアスの側近であると同時に王国の騎士団員でもある。
ご令嬢はルーファスの事情など知るわけもなくルーファスに微笑みかけている。
「ご案内いたします。どうぞこちらへ。」
彼女には申し訳ないが全くついてないな。
少しだけイライラしていたルーファスは無意識のうちに早歩きになっていた。
「騎士様、早すぎますわ。もう少しゆっくり歩いていただけません?」
ハッとしたルーファスは慌てて頭を下げた。
「大変失礼いたしました。」
ルーファスは誤魔化すように令嬢に話しかけた。
「公開練習にご令嬢のお知り合いでも?」
「ええ、従兄弟が参加しますの。」
「そうでしたか。では、ご令嬢、申し訳ありませんが私はここで失礼いたします。」
令嬢はえっ?という顔をしてルーファスの顔を見たが、彼は令嬢の顔も見ずに続けた。
「あそこの騎士が立っているところが入口になりますので。後は彼に案内をお願いしてください。」
「あ、あの、王子は。。?」
「王子?」
令嬢は恥ずかしそうに答えた。
「えぇ、マティアス王子は。。」
「ご令嬢、残念ながら今回はマティアス殿下は参加されませんので。」
令嬢は少し不満げに「まあ、残念」と呟いたがルーファスの背中からはそんなこと俺には無関係だオーラがあふれていた。
ルーファスはものすごい速度で今来た道を戻って行った。
すごいのは歩く速さだけではなかった。
ルーファスの顔はいわゆる鬼の形相ですれ違う人たちは皆彼を二度見をしていた。
だいぶ時間を取られてしまったな。
フェリシア様はもう部屋に戻られてしまったか?
全く俺は何をしているんだか。
主の恋の世話なんて。
いや、これはフェリシア様の為だ。
彼女の悲しそうな顔なんか見たくない。
ルーファスは王宮に続く道とそうではない道との分岐点に来てしまった。
フェリシア様はどちらに行かれたのだろう。
せっかくの機会だったのに今日はお会いできないか。。。
ルーファスが立ち止まっていると王宮ではない方からジョシュアが側近と歩いてくるのが見えた。
ルーファスと同時にジョシュアも彼を見つけ屈託無い笑顔で手を振った。
「ルーファス。こんな所で何をやっているの?」
「ジョシュア殿下、フェリシア様とご一緒だったのでは?」
「エヘヘ、ちょっと訳があって別行動になったんだ。」
「そうでしたか。フェリシアはどちらへ行かれましたか?」
「うーん、どこかな。頭を冷やしたいって言ってたけど。あっ、もしかしたら植物園かも!」
ルーファスは一礼をして植物園の方へ向かった。
「兄上に頼まれたの?ルーファス頑張ってね。フェリシアを悲しませないで。」
ジョシュアはルーファスの後ろ姿に向かって声を掛けた。
ルーファスはジョシュアの声を聞いて振り返るともう一度頭を下げた。
植物園か。。。
植物園なら人もいないだろうから落ち着いて話せるかもしれない。
ルーファスは歩きながらマティアスとの会話をいろいろ思い出していた。
ちょうど昨日もマティアスの執務室でこんなやりとりがあった。
「なぁ、ルーファス、ここ最近フェリシアの様子が変なんだけど。」
「変?」
「あぁ、上手く説明できないのだけどなんか微妙なんだ。」
「・・・・」
「避けている訳ではなさそうだけど何か言いたげな表情をするんだ。」
「殿下、何かやらかしたんじゃないですか?」
「まさか! 街に行った時は楽しそうにしてたしお礼をしたいとも言ってたくらいなのに。」
「シンシア嬢とのことではないですか?」
「ん?シンシア嬢って誰?」
「誰って、バートン宰相の御息女ですよ。最近殿下にまとわりついているじゃないですか!」
「あー、彼女シンシアというのか。シンディというのかと思ったよ。」
「殿下、名前を間違えるなんて失礼にも程がありますよ。」
「うーん、俺はフェリシア以外の令嬢には興味ないんだよね。」
クククッ
ルーファスは思い出し笑いをしてしまった。
全く殿下ときたら。。。
でもあの場をフェリシア様にお見せしたかったな。
そうすれば誤解などせずに済んだだろうに。
ルーファスは植物園を目指して歩みを進めた。
いつも応援していただいている皆様。
間があいてしまって申し訳ありませんでした。
待っていただいていると思うととても励みになります。
こらからもよろしくお願いします。




