心の休暇 4
◆◇ 第十八章 完結編 ◆◇
マティアスにとって今日はもう終わったようなものだった。
フェリシアへの贈り物は決まったし後は彼女のために頑張るぞー感が満載だった。
「ねえ、喉渇かない?ここの果物ジュース飲もうよ。」
母親と街に来る時は飲食はいつもレストランかカフェだ。
屋台での買い食いは当然初体験で買い食いがこんなに楽しいこととは思わなかった。
「美味しいですね。苺の甘味と酸味がすごくいいです。」
「だろ? あそこのサンドイッチも美味しんだ。」
屋台の近くに小さい広場があり皆んな設置されているベンチに腰掛けて買った物を食べていた。
二人もジュースとサンドイッチを持って座った。
「ピクニックとはまた違う楽しさがありますね。」
「そうだな。騎士団仲間に教えてもらったんだけど、フェリシアと一緒の方が数百倍楽しいな。」
「まあ。そういえば今日ってお忍びなのですよね?本当にお一人で来られたのですか?」
「そうだよと言いたいけど、護衛はいるよ。俺たちの視野に入らないどこかにいるはずだよ。」
フェリシアはキョロキョロ周りを見渡し、さらに後ろにも振り返って探して見たがそれらしき人は見当たらなかった。
様子を見ていたマティアスはケラケラ笑いながら
「フェリシアに見つけられたら護衛失格だな。」
と言った。
確かに。。。
フェリシアは探すのを諦めた。
「見たい店があると言ってたよね。さぁ、行こうか。」
ウィンドウショッピングをしながら店を探した。
「あっ、ありました。ここの雑貨屋です。」
店内は全てのら令嬢の心をくすぐるような可愛らしい小物があふれていた。
「男の俺は居心地悪そうだから外で待ってるよ。ゆっくり見て。」
マティアスはそう言うと店の前のベンチに座った。
わぁ、これ可愛い、あれも素敵と商品を見ていると窓越しにマティアスの視線を感じた。
フェリシアが窓を見るとマティアスは手を振っできたので彼女も振り返した。
この付き合いたての恋人たちのようなやり取りを数回していたが、
何回目の時だろうかフェリシアが窓を見るとマティアスの姿は見えなかった。
あら、何処へ行ってしまったのかしら?
何処にも行っていなかった。
ご令嬢たちに囲まれていたのだった。
彼女たちもまさか自国の王子が雑貨屋の前にいるとは夢にも思っていなかっただろう。
急に不安になったフェリシアは慌てて会計を済ませ店を出たと同時にご令嬢たちは残念がりながらマティアスから離れて行った。
マティアスは店から出て来たフェリシアを見ると何事もなかったように手を振った。
「何かあったのですか?」
「うん?何もないよ。」
「で、でも。ご令嬢たちが」
「あぁ、ここにいたらこんなところで何してるのですか?と聞かれたんだ。婚約者が店内で買い物してるので待っているんですと答えたら去って行ったよ。」
「そ、そうですか。。。」
確かに何もなかったに違いない。
しかし、フェリシアは後味が悪い感じがした。
この悶々とした気持ちは何?
マティアス様が何もないって言ってるんだから何もなかったのよ。
気持ちを切り替えて次のお店に行きましょう。
次に寄った手芸店でも同じだった。
ほとんどの令嬢たちは外で待っているマティアスをチラチラ見ながら通り過ぎ、その後振り返ってまた見るという行動をした。
マティアスが店内いるフェリシアと目が合い嬉しそうに手を振ると、令嬢たちは皆フェリシアを舐めるように見た。
そして何故こんな小娘がこの眉目秀麗な方と知り合いなの?という表情をした。
ひどいわ。
私、何も悪い事していないのにジロジロ見られるなんて。
フェリシアが膨れっ面で店から出てくるとマティアスは大いに慌てた。
「あれ?どうしたの?気に入った物がなかったのかな?」
フェリシアは一生懸命自分にご機嫌を取ってくるマティアスがとても可愛らしく思えた。
自国の王子に対して可愛らしいなんて不敬よね。
「マティアス様、お願いがあります。」
「なに、ナニ、何?何でも言って。」
「次に行く予定のルナでは外で待たないで私と一緒に中に入っていただけませんか。」
女心に疎いマティアスはおめでたく考えてしまった。
なんだ、フェリシアは一人で店に入るのが嫌だったのか。
そうか、そうか、寂しかったんだな。
「問題ないさ。一緒に入ろう。」
「わがままを言って申し訳ありません。」
店の前に着くとマティアスはフェリシアの背後霊のようにピッタリくっついた。
えっ?
びっくりして振り返るとマティアスは最高の笑顔だった。
しかも店内に入ると今度はフェリシアの手を恋人繋ぎで攻めてきた。
一緒にってここまでピッタリくっつくことではなかったのだけど。。。
やっぱりマティアス様だわ。
いつも想定外のことを行動をするものね。
フェリシアはアレやコレや頼んだ。
「こんなに買って、フェリシア食べすぎじゃない?」
「まぁ、私一人で食べるわけではありませんわ。お母様と後は邸の者へのお土産です。」
「アハ、そうだよね。」
外に出てからもフェリシアはマティアスにガッチリ掴まれたままで結局馬車が待機して所まで来てしまった。
二人が場所に乗ろうとするとどこからともなくルーファスと若い騎士二人が現れた。
「あっ、ルーファス様。」
「フェリシア様、楽しめましたか?」
「ええ。ところでどこにいらしたんですか?全然気がつきませんでした。」
ルーファスはニコッと微笑むとマティアスの所に行き二言三言話すとずーっと消えた。
帰りの馬車内。
フェリシアが寂しがってはいけないとマティアスはピッタリくっついて座った。
しかも手を繋いだままで。
「マティアス様、もうはぐれる心配はありませんから手を離して大丈夫ですよ。」
「・・・残念だな。」
マティアスは寂しそうに繋いでいた手をゆっくりほどいた。
しゅんとへこんだマティアスの顔を見たフェリシアは胸の奥がキュンとした。
フェリシアは顔に表情が出る前に慌てて話題を変えた。
「今日は素敵な宝石ありがとうございました。結局マティアス様はあの石で何を依頼されたのですか?」
「ナ・イ・シ・ョ」
「まぁ、マティアス様いじわる。お店はマティアス様のことをご存知なのですか?」
「ハハハ。あそこは母上に教えてもらった。二つ一緒に納品されるはずだからその時までのお楽しみにして。」
「いつも頂いてばかりで申し訳ありません。」
「俺が勝手に贈り物をしたいと思っているんだ。それにいつも王宮で嫌な思いをしているだろ?」
「いえ、そんなことは。。」
「この間はアーサー兄上が失礼なことを言って悪かった。」
「あの時はどのように答えていいのかわからなくて。。」
「先にフェリシアの答えを知ってしまったけど、後でルーファスから話を聞いた時すごく嬉しかったよ。」
フェリシアは恥ずかしくなってうつむいてしまった。
「気の利いた応対が出来ずにあんなことになってしまいました。まだまだ未熟者です。」
「いい?前にも言ったけどフェリシアは父上も認めた俺の婚約者なんだよ。堂々としていればいいんだよ。」
「はい。。あのぅ、王太子様は?」
「うん? 母上のお供で何かの展示会に行ったよ。まぁ、実際はご令嬢目当てだろうけど。」
マティアスは続けた。
「アーサー兄上は時々意地悪い言い方をすることがあるんだ。庇う訳ではないけど悪い奴ではないよ。フェリシアのことも決して嫌いではないんだ。今後何か言われたらすぐ俺に言ってくれ。」
「はい、わかりました。」
「フェリシアのことは俺が必ず守るからね。」
マティアスはフェリシアのおでこに唇を近づけた。
「今日は楽しかったね。気分転換になったらいいな。」
「はい、なりました。ありがとうございます。」
「大好きだからってお菓子食べ過ぎないでね。」
馬車はスィントン邸に着いた。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
その夜、いつものようにアンナに髪の手入れをしてもらいながらマティアスとの一日を話した。
「では刺繍糸とハンカチは明日の朝一番でお店に行ってきますね。」
「ええ、お願いね。頑張ってなるべく早くお渡ししたいの。」
「まぁ、ゆっくり丁寧に刺したらいいではありませんか。」
「その方がいいのだけど、頂き物がだんだん高級品になってるから私の刺繍のレベルと釣り合わなくなりそうで。」
「それは奥様の言うことを聞いて早く刺繍を始めればよかったですねぇ。」
アンナの手厳しい一言がフェリシアの胸にグサッと刺さった。
「それはそうなんだけど。。」
「でも大丈夫ですよ。殿下にとってお嬢様の手作りはどんな高級品よりも嬉しいと思いますよ。」
「そ、そうかしら。」
翌日からフェリシアの一日は刺繍で始まり刺繍で終わった。




