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心の休暇 3

◆◇ 第十八章 後編 ◆◇


 フェリシアはいつもより早く目が覚めてしまった。

普段ならアンナに起こされるまでグウグウ寝ているはず。


私、やっぱり緊張しているのね。


軽く朝食を済ませてアンナに身支度を整えてもらった。

「お嬢様、緊張されてます?」

「し、してないわよ。やだわアンナったら。」


まぁまぁと言いたげなアンナはわざとフェリシアとは目を合わせず片付けをしながら言った。

「後は殿下のお迎えまで心穏やかにお過ごしくださいね。」

「べ、別に大丈夫よ。」

「今日のお嬢様はいつもより格段にお美しいですよ。フフ。」


アンナったら絶対におもしろがってるわ。

でも、私も私だわ。

何にこんなに心配しているの?

今までだって殿下と二人で過ごしたことがあるのに。

そうだわ。時間まで刺繍の図案を考えることしましょ。


 気持ちを落ち着かせる為に刺繍の本を開いたがパラパラページをめくっていくうちに夢中になっていた。


うーん、このお花とても素敵だけど私には難しそうね。

お兄様用で練習しようかしら。


すると、

「お嬢様、お嬢様、殿下がお見えになりました。今奥様とラッセルさんが応対しています。」

「わかったわ。」

「殿下はどこぞの貴族の三男というお召し物でいらしてますよ。」

「何それ。じゃあ私はどこぞの貴族の次女ってとこかしら?」

「はい、要はバランスがとれているってことですね!お似合いです。」


部屋を出て廊下から玄関ホールを覗くとマティアス、レイラ、ラッセルがが見えた。

こうして見ると身のこなしや立ち振る舞い、やはり殿下は殿下、(れっき)とした王族なのだなぁと改めて思ったフェリシアだった。


マティアスはフェリシアを見つけると王子としての威厳をスコーンと投げ出しご主人様を見つけた子犬に変身した。


「 フェリシア!」

子犬化したマティアスは尻尾を振りながらフェリシアに近づいて来た。


そうよ。私がいつも見ている殿下はこんな感じだわ。


フェリシアが挨拶をしようとすると待ちきれないとばかりに手を引いて歩き出した。


「では、夫人、今日一日フェリシアをお借りしますね。領地滞在の侯爵にもよろしくお伝えください。」


フェリシアが慌てているとマティアスはニッコリしながら言った。

「今日も可愛いね、フェリシア。さぁ、行こうか。」


邸の前には馬車が停められていたが、王宮では見たこともないいわゆる地味な馬車だった。

フェリシアが不思議そうに馬車を見ているとすかさずマティアスが説明した。

「あっ、この馬車はお忍び用なんだ。せっかく二人きりでの外出なのに残念だけど我慢してね。」

「いえ、お気になさらずに。」

と、言ったものの馬車に乗って驚いた。

外装は地味だか馬車内は完璧な王室仕様だったからだ。


こんな豪華なんてさすがだわ。

椅子もフカフカで長時間座っていてもお尻が痛くならなさそう。


フェリシアが目を輝かせているとマティアスが自分のことを見つめていることに気づいた。

照れを隠すため自分から話しかけた。


「殿下はよく街に出かけられるのですか?」

「最近はあまり行かないかな。でも騎士団に所属しているから騎士として何回も行ってるし騎士仲間と大衆食堂とかにも行ったことがあるよ。それより。。。」

「はい?」

「ここ。」

マティアスは自分の隣りの座席をポンポンと叩いた。

「隣りに座ってくれないの?」

言い終わるや否やフェリシアの手を取り隣りに座らせた。


えっ、始まったばかりなのにもうこんな至近距離だなんて。


ドキドキ顔のフェリシアに向かってマティアスは続けた。

「今日は殿下と呼んではいけないよ。名前で呼んで。」

「あっ、はい。今日はお忍びだからですよね? で、、、マティアス様。」

「うんいいね!もう一回呼んで!」

「マティアス様」


マティアスの顔は少しずつフェリシアに近づき彼女の髪をスッと手にした。

「フェリシア、今日()()じゃない、今日()()名前で呼んでくれる?」

「そんな、私ごときが。」

「だって、母上はお義母様(おかあさま)、ノア兄上はお義兄様(おにいさま)って呼んでるでしょ?」

「それはお願いされたので。」

「俺もお願いしたよ?」

「・・・はい、わかりました、マティアス様。」


名前呼びされて満足顔のマティアスは手に取っていた彼女の髪を自分に近づけそっと唇に触れさせた。

フェリシアは気絶寸前状態になった。


マティアス様、お顔が近すぎます。

アンナの言う通りで怖いわ。

アンナって本当は預言者なのではないかしら?


フェリシアが恐る恐る閉じた目を開けるとマティアスはニコッと微笑んでから窓の方を向いた。

「俺は剣術一筋で愛だの恋だの全く興味がなかった。他の貴族連中が令嬢に向かって薔薇より美しいなんて言っているのを見てつまらないなと思っていたくらいだ。」


窓を見ていたマティアスは今度はフェリシアの方を見て続けた。

「でも不思議なものだな。本当に愛しい女性(ひと)ができると、理屈じゃない、無意識に髪に触れたくなり、頬を撫でたくなり、可愛らしい唇を見るときっと柔らかいのだろうなと想像してしまうなんて。」


フェリシアは勇気を出して聞いてみた。

「もしかして、私のことでしょうか?」


マティアスは微笑みながらうなづいた。

「もちろんさ。フェリシア以外の誰でもないよ。あの日一目惚れした時からずっと愛しいよ。」


みるみる頬を赤らめたフェリシアはやっと声を出した。

「マティアス様、私のような小娘には刺激が強すぎます。」


マティアスは笑っているだけだった。

そしてタイミングよく街近くの停車場に到着した。


ホッ、よかった。

さすがに街中では愛を語らないでしょうね。


フェリシアはいい意味で単純だ。

馬車から一歩踏み出した途端につい数秒前まで赤面していたことを綺麗さっぱり忘れてしまった。


わぁ、やっぱり街はいいな。

お店もいっぱいあってにぎやかで。

美味しいお菓子も食べたいし。


フェリシアがウキウキしているとマティアスが聞いてきた。

「どこか行きたいお店はある?」


予習をした甲斐があったものだ。

「そうですねぇ、雑貨店と手芸店、あとルナに行きたいです!」

「よし、わかった。じゃあまずは宝石店だ。」

「へっ?」


私、宝石のほの字も言ってないですけど?

もしかしたらマティアス様が見たいのかも。


迷子防止の為と二人は手をつなぐとマティアスはスタスタ歩き出し見るからに高級そうな宝石店の前で足を止めた。

「ここに入ろう。」


マティアスが入口の前に立つと店内から従業員が足早に集まりお出迎えをした。

「いらっしゃいませ」

二人が通ると次々と挨拶をした。


す、すごい光景だわ。

お母様のお買い物について行った時経験したことあるけど格が違う気がする。


店内に入ると髭をはやした品のある店主が現れた。

「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しで?」

「ちょっと見させてもらうよ。」

店主はニッコリ微笑むとどうぞごゆっくりとご覧くださいませと言っているようだった。


あぁ、きっとマティアス様は王妃様への贈り物を探しているのね。


マティアスはフェリシアの頭からつま先を観察するように眺めた後、商品をいくつか選び並べさせた。

「うーん、どれがいいかなぁ。フェリシア来てくれる?」


女性の意見を聞きたいのね。

でも、私で大丈夫かしら?


並べられた商品は全て首飾りで高級品だけにどれも素敵だがなんとなく王妃には向かないような気がした。


選んだ色も何故この色なのかしら?

王妃様の瞳は何色だったかしら?

陛下に合わせたのかしら?


「あ、あの、どれもとても魅力的ですが王妃様にはもっと華やかなものがお似合いだと思いますわ。」

フェリシアはお忍びを気遣って小声でマティアスに耳打ちした。


「お、王妃様?な、何故母上が出てくるんだい?」

マティアスは驚きを通り越し笑いそうになっていたが必死にこらえフェリシアの腕を掴み店の隅に連れて行った。


「フェリシア、何か勘違いしていないかい。これは俺からの贈り物だよ。王宮で嫌な思いをしただろ。物で解決することではないけど守ってあげられなかった俺からのお詫びだよ。」


いやいやもう終わったことだし気にしてませんわ。

それに、こんな高級品受け取れませんし、ヒヨコの私には似合いませんって。


アワアワしているフェリシアは店主をチラッと見た。

店主は仲がよろしいですなと言いそうな顔してニコニコしていた。

店内で言い合いをするわけにもいかずフェリシアは再びマティアスに商品の前に連れ戻された。

フェリシアがゆっくり見ようとすると店主に奥の部屋に案内された。

テーブルの上にはお菓子が用意され、ちょうどお茶も運ばれてきたところだった。

二人でソファに腰掛けお茶を楽しんでいると先程マティアスが選んだ商品が並べられた。


本当にどれも素敵!

どの角度から見てもキラキラ輝いていて飽きずにずっと見ていられるわ。


目を輝かせながら宝石をみているフェリシアをマティアスはティーカップを片手に嬉しそうに見つめていた。

すると店主が面白いものを見せたいと工房から小さな箱を持ってきた。


「こちらはたまたま採掘された珍しい物なんですよ。」

店主が箱から取り出したのは今まで見たことない色をした石で、石としてはエメラルドらしいが色が独特だった。

「不思議な色をしているのですね。青に近い緑というか緑に近い青というか。」

フェリシアは興味津々で食い入るように見ていると店主が補足した。

「こちら元々は一つの塊だったのですが職人が加工しようとしたら亀裂が入ってしまい二つにわけたのですよ。」


フェリシアはくるっとマティアスの方を向き囁いた。

「この色、マティアス様の瞳の色と私の瞳の色を足して割ったような魅力的な色ですね。」

「フェリシアはこれが気に入ったの?」

「はい、、あっ、いえ、珍しいなと思って見ていただけですので。」

マティアスはフェリシアの顔を見てから店主に言った。

「店主決めたよ。この石で加工してくれる?確認だけどこの二つしかないんだよね?」

「左様でございます。」

「なら、一つは首飾りで俺はどうしようかなぁ。」

「男性でしたらブローチかスカーフ留めはいかがですか。さりげないお揃いでおしゃれだと思いますよ。」


その後はあれよあれよと事が決まっていきフェリシアの頭の中では空白の時間になっていた。

「完成したら連絡を頼む。連絡は第三王子付きのロイドにして。」

「はい、承知いたしました。」

二人の会話を聞いて驚いた。


えっ?殿下であることを知っているの?

私、変な気遣いしてしまったみたい。。。


店主は相変わらずニコニコ顔でお見送りをしてくれた。

「どうぞまたのご来店をお待ちしております。」

フェリシアは心なしか店主が自分に向かって言っているような気がした。


このような高級店は私には敷居が高すぎます。

次の来店は五年後でしょうかね。。。


マティアスは満足した顔でフェリシアの手を取った。

「次はどこへ行く?」



 

 

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