心の休暇 2
◆◇ 第十八章 中編 ◆◇
太陽は東からかなり南に移動していた。
「お嬢様寝過ぎですよ。」
しびれを切らしたアンナがフェリシアを起こしに来た。
「あぁ、もうこんな時間なのね、自分でもびっくりしちゃう。」
「お食事なんですが、奥様が軽食がいいとおっしゃってましたのでご一緒にどうでしょうか。」
「ええ、もちろんいいわよ。」
そうだ、お母様に話があったんだわ。
身支度を済ますと母レイラの部屋に向かった。
「お母様、刺繍を教えて欲しいの。」
「まぁ、お昼近くに起きて来たかと思ったら刺繍だなんて。」
「前に刺繍やった方がいいってお母様言ってたし。。。」
「刺繍は貴族令嬢のたしなみよ。ふふ、殿下への贈り物かしら。気が変わらないうちに始めた方がよさそうね。」
レイラは笑いながらテーブルの上を片付け刺繍糸を用意した。
「今日は練習にしましょう。何か刺繍したい物あるかしら?」
「えぇ、施設のバザーで使うエプロンで練習しようと思って。」
「あら、素敵ね。」
もちろん刺繍は初めてではない。
普段やらないフェリシアにとって苦行でしかないが、マティアスのために頑張ってひと針ひと針刺していった。
軽い昼食を済ませた二人は再び刺繍を始めた。
少しは慣れてきたがまだまだ初心者のフェリシアは動作がぎこちなく何度も針で指を刺してしまう。
「痛っ、あーん、もうこれで何回目かしら?」
「慌てないでゆっくり刺しなさい。」
「これじゃ指に穴が開いてしまうわ。」
「ふふ、フェリシアは百回位刺さないと上達しないかもしれないわね。」
レイラは嬉しかった。
急に王室へ嫁ぐことになった末娘とこうして二人きりの時間を持てることに母として喜びを感じた。
しばらくするとラッセルがマデリンが訪ねてきたことを伝えに来た。
「マデリンが来たの?」
「そうだったわ。マデリンから連絡があったんだったわ。客間に案内してちょうだい。」
慌てて刺繍道具を片付けて客間に行くと座っていたマデリンはスッと立ち挨拶をした。
「伯母様、お久しぶりでございます。」
「まぁ、マデリン、いらっしゃっい。素敵な令嬢になったわね。」
「ありがとうございます。」
フェリシアはニコニコしながらレイラとマデリンのやりとりを見ていると、使用人たちがお茶の準備を始めた。
「さぁ、お茶をいただきましょう。」
「キャサリンは元気かしら?」
改めて三人でテーブルに着くとレイラは自分の妹でマデリンの母親キャサリンを気遣った。
「はい、元気です。義父とも仲良くやっていますわ。」
「そう、よかったわ。辺境伯と上手くいっているのね。安心したわ。」
楽しくおゃべりをしているとマデリンはフェリシアの指先に血がついているのを見つけた。
「フェリシアどうしたの?指に血がついているわ。」
「あっ、これね、さっきまでお母様に刺繍を教えてもらっていたの。」
「刺繍?」
「そうなの。貴族令嬢のたしなみといっても私苦手で全然やらなかったから。」
フェリシアは苦笑いをした。
マデリンはニヤッとした。
「苦手なのに急に始めたということは。。。さては殿下に贈るのね!」
「あーん、マデリンったら。」
「私、得意なのよ。」
「そうなの?」
「当たり前よ。領地では部屋に引きこもっていたのよ。やることといったら読書か刺繍かお菓子を食べることしかないもの。」
話を聞いていたレイラが名案を思いついた。
「マデリン、よかったらスィントン家が援助している施設の女の子たちに刺繍を教えてくれないかしら?」
「そうよ、マデリン。王都に三ヶ月いるのならちょうどいいと思うわ。」
「そうね、エヴァンが鍛錬に行ってしまうと時間があるし部屋にいるとお菓子に手を出しちゃうし。」
レイラが続けた。
「彼女たちはいずれ施設を出ることになるから何か技術を身につけさせたいの。」
「お母様、いい案だわ。」
「伯母様、是非私にやらせてください。必要な物や内容を書面にまとめますので指導をお願いします。」
「そうね。期待してるわ、マデリン。」
マデリンはワクワクした。
領地では部屋に閉じこもることしかできなかったので今回のお手伝いをきっかけに外に出ることに前向きになりたいと思った。
「わぁ、マデリン素敵。じゃあ、秋のバザーも一緒にやりましょうよ。楽しみだわ。」
「よろしくね、フェリシア。」
私も刺繍上達させないといけないわ、頑張らなくっちゃ!
刺繍の話しで盛り上がっているとラッセルが手紙を持って入って来た。
嫌な予感がしたフェリシアはじーっとラッセルを見続けた。
こういう状況で手紙が来るというのは大抵王宮からだ。
「お嬢様、そんなに睨まないでくださいませ。殿下からでございます。」
「・・・」
今度はナニ?
ラッセルから受け取るとすぐに開封し目を通した。
「ええっ!殿下が明後日市井に行こうって!」
フェリシアがびっくりしているとマデリンはすかさず口を挟んだ。
「それって殿下からの逢瀬のお誘いってことよね? ステキ!」
マデリンはニコニコしているがフェリシアは眉間にシワを寄せていた。
そしてその顔のままレイラを見た。
「せっかくのお誘いよ、お受けすればいいわ。」
フェリシアは周りばかり盛り上がってるような気がして腑に落ちないが、きっと自分に自信がないからだろうと思いお誘いを受けることにした。
「殿下がお迎えに来るって書いてあるけど問題ないのかしら?」
「あなたが王宮に来なくてもいいように殿下の気遣いだと思うわ。」
レイラは言い終わるとお茶を一口飲んだ。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
その日の夜、いつものようにアンナに髪をとかしてもらっていたフェリシアは明後日のことを話した。
家から殿下と二人きりなんて恋愛初心者の自分には壁が高すぎると思っているフェリシアは直球で回答してくれるアンナは心強い存在だった。
「お二人で市井へお出かけなんてステキですね。羨ましいです。」
「街中で男女二人で何をすると思う?」
「そうですねぇ。普通はドレス店や宝飾店を見てカフェでお茶をするのではないでしょうか。」
「街に行くなら手芸店に行きたいけど殿下に贈る物だから一緒に見たくないかも。」
「おそらく殿下に見たいお店を聞かれると思いますのでいくつか決めておくといいかもしれないですね。」
「そうね。急に言われても慌てるだけだものね。」
「手芸店に行かれてお気に召したのがありましたら殿下にわからないように商品を覚えておいてください。翌日私が買いに行きますので。」
「うん、そうして。」
「たぶん殿下はお忍び姿でしょうから当日殿下のお召し物を見て合わせられるように何点か用意しておきましょうね。」
他人の恋愛は盛り上がるものでアンナも腕まくりをする勢いで準備を進めようとしていた。
「お嬢様、明日は特にご予定はなかったですよね?では明日は美しさに磨きをかけましょう。」
ふぅ〜 アンナったら。
でもやっぱり
頼もしいのよね。
明日は忙しい一日になりそうだわ。
そして翌日はアンナの計画したお手入れのおかげでフェリシアのお肌はツヤツヤになった。
「お嬢様、もちもちぷるぷるお肌になりましたね。」
「ホント、アンナさすがだわ。もう神の手ね。」
「ありがとうございます。お嬢様の為に頑張りました。これで殿下のお顔が近づいても大丈夫ですよ。」
「ええっ?」
「絶対殿下の手がお嬢様の頬に触れるでしょうから。」
「や、やめて!私子供だからわからないわー」
「まぁ、お嬢様ったら。何をおっしゃいますやら。ホホホ。」
アンナ最強。




