王妃とのお茶会
◆◇ 第十二章 ◆◇
フェリシアの王宮での秘密のお妃教育が始まった。
彼女の立場を知っている者は国王家族の側近たちのみで、事情を知らない者は新入り女官が第四王子のお世話をしているのだろう程度に思っていた。
「殿下、おはようございます。」
最初はフェリシアの挨拶にも「あぁ」と素っ気ない返事をしていたジョシュアだったが、休憩時間にはもういつもの小生意気感をちらつかせてきた。
「フェリシアは何を勉強してたの?」
「私はリスティアル王国の歴史を教わりました。」
「午後は自由って聞いたけどどうするの?」
「はい、私も午後は自習と聞いていたのですが、今日は王妃様からお茶会のお誘いがありまして。。」
「ふうーん、せっかく王宮内を案内してあげようと思ったのに。」
「まぁ、そうだったのですね。では今度是非お願いいたしますね。」
「ところで、マティアス兄上とは本当はどこで知り合ったの?」
「え?あ、あのぅ。。。(困ったわ。どう答えればいいのかしら?)」
「兄上は剣術練習場と言ってだけどフェリシアは剣術をやるような身体つきではなさそうだから。」
「いえ、騎士団棟でお会いしましたのでマティアス殿下がおっしゃったことは間違いではないですね。」
フェリシアは微笑みながら答えたが、この天使はなかなか鋭いな、上手くやっていけるかしら?と一抹の不安を覚えた。
ジョシュアと雑談をしていると王妃付きの侍女がフェリシアを迎えに来た。
「フェリシア様、お部屋までご案内したします。」
「ジョシュア殿下、では行って参りますね。」
ジョシュアは小さく手を振っていた。
とにかく何もかもが初めてでキョロキョロしながら歩いていると、侍女はその様子に気づいたのか説明した。
「本日のお茶会は王妃様の私室で行われます。」
「あ、はい。」
部屋の前に来ると侍女はノックと同時に声をかけた。
「フェリシア様がお見えになりました。」
「お入りなさい。」
「失礼いたします。本日はお招きに預かりありがとうございます。」
「さぁ、おかけなさい。」
王妃ヘレナはフェリシアが入室すると優しく微笑みかけた。
ヘレナの部屋はワインレッド色の絨毯が敷かれており調度品もマホガニー色で統一されてとても落ち着いた雰囲気だった。
フェリシアはつい目を上下左右動かして室内を観察してしまった。
想像してたのと違うのね、もっと豪華絢爛なのかと勝手に決めていたわ。
「この部屋は私個人の客間なの。地味と思ったでしょ?」
「いえ、とても落ち着いて素敵です。」
びっくりしたわ!
私、声に出してたかしら?
「今日は初日でしょ?緊張したかしら?」
「はい。でも皆さんよくしてくださいます。」
王妃様、実は今も緊張が解けません。。。
「王宮内はいろいろあるわ。困ったことがあったら遠慮せず話して欲しいの。」
「はい、ありがとうございます。」
「やっと義娘ができて嬉しいわ。王子ばかりだから楽しみだったのよ。」
「まだまだ未熟者ですのでよろしくお願いいたします。」
「ここは私専用の部屋だからそんなにかしこまらなくてもいいのよ。なので」
「?」
「ここにいる時はお義母様と呼んでいいのよ。」
ヘレナは満面の笑顔でフェリシアを見つめそのまま続けた。
「あのね、まだ王太子だった陛下に嫁ぐ時に公私を分けたいとお願いをしたの。
その代わり公務では王太子妃としての責務を全うしますからと。
王室に入ると自分が無くなってしまいそうで不安だったの。私は妃殿下であると同時に陛下の妻であり、息子たちの母であり、一人の女性でありたかったのよ。」
「陛下は理解してくれたのですね。」
「ええ。」
「素敵ですわ。」
「ここにいる時はあなたも家族なの。だからお義母様ね。」
私、ちゃんと王妃様のご希望に添えることができるかしら。。。
もしかしたら今私の顔は引きつっているかもしれないわ。。、
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。さぁ、お菓子を頂きましょう。」
二人がお茶を楽しんでいると廊下から急いで歩いて来る足音が聞こえてきた。
「母上、失礼します。」
大きな声と同時に扉を激しく開ける音がした。
驚いた二人が扉の方に振り向くと息を切らしたマティアスが部屋に入って来た。
「あら、マティアス、一体何事かしら?」
「母上、ひどいじゃないですか。今日は記念すべき一日目なんですよ!」
「知っていますよ。」
「だったらどうしてフェリシアを奪うのですか。」
「まぁ、奪うなんて人聞きの悪い。」
ヘレナはマティアスの席を用意するように侍女に目で合図をした。
椅子が運ばれてくるや否や席に着いたマティアスは涼しい顔をして微妙に椅子の位置をフェリシア側に寄せ、これ以上ない笑顔で彼女を見つめた。
その様子を見ていたヘレナはクスクスと笑っていたが内心は嬉しかった。
人嫌いで剣術に逃げていたマティアス自ら婚約者を決めるなんて。。。
今日のお茶ほど美味しいものはないわ。
反対に気が遠くなりそうなのは王妃と王子に挟まれたフェリシアだった。
初日からこのお二人相手なんて私のような小娘には無理ですわ。
お茶もお菓子も全くお味がわかりません。
あぁ、早く社交界に出て経験しておくべきだったわ。
「ところで、フェリシア。」
ヘレナが急に話題を振ってきた。
「フェリシアの周りに同年代のご令嬢はいないかしら?」
「ご令嬢ですか?」
「そう、決まったお相手がいない方よ。幼馴染みとかご親戚とか。」
「母上、何を言い出すんですか。」
マティアスは焦って止めようとしたが、ヘレナはお構いなしに続けた。
「王太子のアーサーにいい人がいないかしらと思って。フェリシア、どうかしら?」
「急に言われましても。。。」
「母上、フェリシアが困っているじゃないですか。」
フェリシアは考え込んでしまった。
私の周りに該当する令嬢なんかいたかしら?
王妃様が直々におっしゃるのだからスィントン侯爵家としても是非お力になりたいけれど。。。
う〜ん。。。
隣りで母と息子が何やら会話をしているが考え込んでいるフェリシアには全く聞こえていない。
「あっ!」
フェリシアは急に声を出した。
「わぁっ、フェリシア急にどうしたんだい?びっくりしたよ。」
「思い出しました。母方の親戚になりますが一人思い当たる令嬢がいます。」
「あら、いいじゃないお話しを聞かせて。」
「幼い頃ですので記憶が曖昧なのですが、10年位前までは王都に住んでいたのでよく遊びましたが、その後家の事情で引越ししました。」
フェリシアは従姉妹のマデリンのことを話した。
マデリンはフェリシアの母親の妹キャサリンの長女だった。
叔母のキャサリンは元々公爵家に嫁いでいたが、公爵が若くして病死した為爵位は公爵の弟が継承した。
そしてキャサリンはマデリンを連れてガーランド辺境伯と再婚したのだった。
「子供の頃の記憶ですので邸に戻りましたら状況を確認いたします。」
「すぐにでもアーサーと会わせたいけど、ガーランド領は遠いわねぇ。来月の王宮主催の庭園パーティーに参加してもらうのがいいかもしれないわ。それまでにフェリシアお願いね。」
「はい、承知いたしました。」
フェリシアは返事をしヘレナの顔を見ると少し不満そうな表情だった。
何故か鯉のように口をパクパクしていて、よく見ると お・か・あ・さ・ま と言っているように見える。
ハッとしたフェリシアは慌てて言い直した。
「義母様承知いたしました。」
王妃とのお茶会はヘレナの満足した微笑みでお開きになった。
部屋を出るとマティアスはすぐにフェリシアに疑問をぶつけた。
「フェリシア、いつの間に母上とそんな関係になったの?」
「いつって今のお茶会でですよ。」
「えー」
「ふふ。」
フェリシアはマティアスが同席するまえの王妃とのお茶会を話した。
「へぇ、母上がねぇ。ねぇ帰る前にちょっと散歩でもしない?」
「はい、喜んで。」
廊下を歩いていた二人が突き当たりを曲がるとそこにはジョシュアが待ち構えていた。
あぁぁぁ、マティアスは頭を抱えた。
どうしてこう邪魔ばかり入るんだ。
敵は身内にありなのか!
フェリシアと二人きりにさせてくれ!
王族ってこんなに面倒くさい人ばかりなの?
フェリシアは両方の顔を立てる為にすました顔で挨拶をした。
「ジョシュア殿下お見送りありがとうございます。マティアス殿下、馬車までよろしいですか。」
フェリシアはジョシュアに見えないようにマティアスの手を握った。
「殿下申し訳ありません。いろいろありそうですから今日は戻りますね。」
「あぁそうだね。馬車は騎士団棟に着けさせよう。そこまで散歩だ。」
「ちょっと来なかっただけなのに何だかとても懐かしい感じがします。」
「そうだろう。ウィザードも寂しがっているよ。」
マティアスは馬車に乗る前にフェリシアを柱の陰に引き寄せフェリシアの手を取った。
「フェリシア今日は残念だ。明日こそ二人だけでお茶をしよう。」




