謁見
◆◇ 第十一章 ◆◇
「ハァ、まさか心配していたことが現実になるとは。。。」
スィントン侯爵であるトラビスは頭をかかえていた。
「フェリシア、王宮から書簡が届いたよ。」
「はい。。。」
「内容はわかっているよね?」
「はい、お父様。」
「王族からのご希望だ、返事は一つしかないよ。」
「はい、承知しています。」
フェリシアは母親の顔を伺った。
母親のレイラは今にも泣き出しそうな顔をしてた。
「お母様、悲しい?」
フェリシアはレイラの隣りに腰掛けた。
「喜ばしいはずなのにあなたがどこか遠くに行ってしまうようで。。。」
レイラはフェリシアをギュッと抱きしめた。
お母様の呼吸が感じられるわ。
懐かしい。
幼い頃私が泣く度にこうして抱きしめられたっけ。
何度お母様の呼吸を聞いて安心したことか。
「フェリシア、王宮に行く日は明後日だ。陛下がお会いしたいそうだ。」
トラビスはフェリシアにそう告げるとその場でササッと返事を書きラッセルに預けた。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
ついに陛下に謁見する日がきた。
王宮へ続く見慣れた道、今までは何も感じずにいたが今日は一枚一枚絵画のようにフェリシアの胸に刻まれていく。
お父様も思うことがあるのね、一言もお話しにならないわ。
無言のまま窓からの景色を見ている二人を乗せた馬車は王宮へ近づいて行った。
王宮に着くとマティアスの側近であるロイドが迎えに来ていた。
彼に続きトラビス、フェリシアの順で一列になって謁見の間へ向かった。
フェリシアは父親の後ろ姿を見つめ思いを巡らしながら後に続いた。
そういえばお父様の後ろ姿をこんなにじっくり見たことはなかったわ。
ねぇ、お父様、今何を考えているの?
私は不安で胸が張り裂けそう。
部屋に通されると中でマティアスが待っており、二人が入室するや否や立ち上がり駆け寄って来た。
トラビスとフェリシアは慌てて頭を下げた。
「スィントン侯爵、ご足労いただきありがとうございます。」
その後フェリシアの方を見てニッコリ微笑みかけた。
「フェリシアも来てくれてありがとう。」
フェリシアはハッとし息を飲んだ。
マティアスが騎士団の正装をしていたからだ。
金糸の縁取りがしてある真紅の上着、今日は手袋も着用している。
そういえば、殿下の制服姿を見たことがなかったし、
こんな凛とした姿を見せられたら男性免疫のない私は一瞬で恋に落ちてしまうわ。
時間にすれば数秒だが、殿下を見惚れていたフェリシアの身体は焚き火のそばにいるかのように熱くなり、
頬はみるみる赤味をおびてきた。
そんなフェリシアを不思議そうに見ていたマティアスはそっと彼女の手を取り唇を近づける仕草をした。
ついこの間まで子供だと思っていた娘はいつの間にこんな令嬢らしくなったのだろうか。
父親にとって末っ子可愛い可愛いと甘やかして育てた娘が異性と見つめ合う姿見せられるほど酷なものはない。
トラビスは二人をチラッと見るとすぐ目をそらし天井を見つめた。
「陛下がいらっしやいました。」
ロイドの声と同時に三人は頭を下げた。
コツ、コツとゆっくりとした足音とドレスよ裾をさばく音は三人の前を過ぎ玉座の方へ向かった。
「面をあげよ。」
威厳のある声が室内に響いた。
目の前には三人に微笑みかけている国王レスターと王妃ヘレナがいた。
「スィントン侯爵、フェリシア嬢、よく来てくれた。」
「陛下、妃殿下にご挨拶申し上げます。」
トラビスとフェリシアは改めて挨拶をした。
「おめでたい席だ、そうかしこまるでない。」
レスターとヘレナはマティアスとフェリシアのことを大層喜び婚約を認めたが条件を付けた。
国王夫妻としては王太子の婚約を一番に正式発表することを望んでいた。
そのためマティアスとフェリシアの婚約を公にするのはその後にしたいとのことだった。
「二人の婚約は喜んで認めよう、ただ今は婚約することを認める婚約の内定ということにして欲しいのだが。。」
「婚約を認めてくださりありがとうございます。陛下のご希望は承知しておりますので問題ございません。」
マティアスは「ヤッター」と飛び上がりたいのを、グッとこらえ感謝の意を述べた。
「でもね。」
王妃が初めて口を開いた。
「第三王子妃でもお妃教育は必要よ。仮とはいえ少しずつ進めた方がよろしいかと。」
そうだ、王室に嫁ぐのだものお妃教育は避けては通れないわ。
フェリシアはお妃教育のことなど考えもしてなかった。
でも、王宮でこっそり勉強できるのかしら?
「ただ、どうやって他の者にわからないようにお勉強したらいいかしら。」
手を顎に充てて考えている王妃だか何故か頻繁に扉付近を見ていた。
さっきから王妃様は何を見ているのかしら?
扉をすごく気にしているようだけど。
フェリシアも視線を扉に向けた。
ん?今扉付近の幕が動いたような。。。
「覗き見などしてないで出て来なさい、ジョシュア。」
「・・・はい。」
王妃の声にうつむきながらトボトボ現れたのは金髪碧眼の第四王子だった。
かっ、可愛い、天使のようだわ。
少年は上目遣いでフェリシアをチラッと見た。
「そうだわ。ジョシュアの側役ということにして王宮に来ていただいたらどうかしら。ジョシュアが家庭教師に見てもらっている間お妃教育を受けるといいわ。」
フェリシアはジョシュアの前に行き挨拶をした。
「ただいまジョシュア殿下の側役を仰せつかりましたスィントン侯爵家が次女フェリシアでございます。」
「よ、よろしく頼む。」
興味本位で覗き見をしたらこんなことになってしまった!と困り顔のジョシュアは一言言うとバツが悪そうにプイッと横を向いてしまった。
うふふ、照れてるお顔も可愛いわ。
ジョシュアの可愛さにメロメロになったフェリシアは第三王子との婚約という今後の人生を決定する大事な事を忘れてしまいそうになった。
「一通り決まったようだな。」
陛下の一言で謁見は終了と思われたが、トラビスが声を上げた。
「陛下、本当に我が娘でよろしいのでしょうか?フェリシアは末娘がゆえ随分甘やかして育ててしまいました。社交界にもまだ出ておりません。陛下を始め王室の皆様にご迷惑をおかけしてしまうのではないかと。」
「侯爵、そう案ずるな。侯爵のことは信頼しておる。甘やかしたとはいえ侯爵の娘だ。心配はなかろう。」
「ありがたきお言葉痛み入ります。」
トラビスは再度頭を下げた。
「侯爵にこんな若い令嬢がいたとはな。羨ましいことよ。さぁ、マティアス、お二人をホールまでお見送りしなさい。」
国王夫妻が退出した後、三人も部屋を出てホールへ向かった。
歩きながらマティアスが小声でフェリシアに話しかけた。
「フェリシア、今日はとても綺麗だよ。水色のドレスもとても似合っている。」
「あ、ありがとうございます。殿下から頂いた髪飾りに合わせました。」
「ならば、次はそのドレスに似合う宝石を贈らないとな。」
「ふふ、楽しみにしていますね。」
フェリシアは余裕のある振りをしていたが内心はどう答えていいのかわからず焦っていた。
殿下、反則ですわ。私はまだ殿方に褒められることに慣れておりませんのよ。
今度はフェリシアからマティアスに返した。
「殿下も騎士団の制服姿とても素敵ですわ。」
「えっ? 本当?もっと褒めて褒めて!」
よかった、いつもの殿下に戻ったみたい。
二人の会話を聞こえない振りをしていたトラビスが不機嫌そうな顔をしていたのは言うまでもない。
帰路の馬車内。
「まさかフェリシアが王室に嫁ぐことになるとはな。。。」
「でも決定した訳ではありませんし。」
「侯爵令嬢としては落第生かもしれないけど、だから逆に愛おしいくてな。無理に結婚などさせないでずっとそばにいさせようと思ったりしたよ。」
「王太子様の婚約が成立するまでに何が起こるかわからないじゃないですか。」
「ハハ、何か起こる事を期待するか。。」
「お父様、安心してください。フェリシアはどこに行こうともお父様の娘ですわ。」




