8.結果が伴わない努力
翌朝、血相を変えたミナコは、教室へ飛び込むと、文庫本を読んでいる翔のところへ一目散に駆け寄った。
「ねえ。ちょっと、話があるんだけど」
「はい?」
「向こうで話そう」
ミナコは、同じ階にある視聴覚室の前に彼を連れて行った。ここなら、授業前なので、生徒たちが近づいてくることはなく、普通に会話をしていても話に気付かれない。
「長編を3ページ、アップするんじゃなかったの?」
「延期しました」
「なぜ?」
「傘行さんに言われて」
「なんて?」
「長編を書くより、短編を改稿しろって」
ミナコが腑に落ちたという様子で頷く。
「……ああ、だから、あんなことしたんだ」
「はい?」
「短編のタイトル、10作品分書き換えたでしょう? しかも、あらすじも」
「よく分かりましたね?」
「だって……」
言いかけたミナコは、自分の行為がページビュー数に影響していたことに気付く。
「あ、そっか……。毎回、サイトで読めばいいんだ」
「何のことでしょう?」
「今まで、ごめん」
ミナコは、顔の前で手を合わせ、目をつぶって頭を下げる。
何を謝罪されているのか、分からない翔は、首を傾げた。
「全作品、ダウンロードして、ローカルで何度も読んでいたの。それじゃ、ページビューが上がらないよね」
「…………」
「それは置いといて、長編がアップされているかチェックをしに行ったとき、短編のタイトルがなんか違うと思って、ローカルに残っていた小説と、サイトと見比べて気付いたの。タイトルとあらすじが書き換わっていたことを」
「…………」
「しかも、最初の作品、全面的に書き換えたでしょう?」
「……ああ、だから、ページビューが4増えたのですね」
「それ、私しか読んでいないってことだから」
確かに、翔の処女作は、4ページの短編だ。
10作品を書き換えてみたが、ページビュー数が増えたのは、最初の作品のみ。
傘行の言葉を信じて、何らかの変化があると思っていた翔は、今朝方、現実を知って嘆息したところだった。
時間をかけて考えて修正したのに、身内のたまたまの閲覧だけで終わったのだから、修正の効果があったとは言いにくい。
「ところで、彼に何を言われたの? 詳しく教えて」
翔は、昨日の放課後、公園のベンチで伝えられた内容を正直に答えた。
「全作品書き換えろって、何それ!? 冗談じゃないって、断らなかったの?」
「はい。今の自分の作品が読まれていないのは、タイトルもあらすじもダメダメで、内容も低レベルだから」
「それ、数字を見て言っているだけよね?」
「ですが……他に何を基準にすれば良いのですか?」
ミナコは、翔の問いに、無言のまま腕を組む。
「結局、書き換えてみて、最初の作品だけページビューが増えたのですが、ミナコさんだけだったのですね」
「――――」
「でも、嬉しかったです。すぐに読んでいただけのですから」
「――――」
「そういうのが、僕には嬉しいのです。作者、冥利に尽きます」
ページビュー数が4増えただけで、しかも、読者は身内の一人だけで、冥利に尽きると言う。
ミナコは、翔が無理して納得しようとしていないか、心配になった。
本人がいいって言うから、いいかとも思ったが、あれだけ面白い作品を書いているのだから、もっと読まれる工夫をして欲しい。上も目指して欲しい。
でも、その工夫はと言うと、ミナコはノーアイデアだ。
やはり、傘行のアドバイスを受け入れるしかないのか。
それにしても、極端すぎないか?
「あのさ」
「はい?」
「翔が考えている読者って、誰?」
「あのー、ミナコさん」
「何?」
「落ち着いてください。今日のミナコさんは、ちょっと怖いです」
ミナコは、興奮のあまり、翔に対して食ってかかるような態度になっていることに、今頃気付いた。
怒りを向けるのは、翔ではなく、傘行のはず。
「ごめんなさい。言い過ぎた。今日の私、どうかしている」
「いえ」
「作者、冥利に尽きるって喜んでくれるなら、私も嬉しい」
「はい」
「今度、読み直すときは、必ず、サイトで読むね」
「はい。ありがとうございます」
「それと――」
「はい?」
ミナコは、近づいてきた教師に気づき、小声になった。
「今度、彼に呼び出されたら、私も同席するから、言って」
「……わかりました」
「相手が、有名作家の息子だからって、言われっぱなしにならないで。言っていることが真っ当だとは限らないから」