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7.痛烈な批評

 翌朝、教室に入ったミナコは、座っている翔と、彼の(そば)に立って腕組みをする傘行が、何やら会話しているところを目撃した。


 周囲にいるクラスメイトは、二人を見つめているか、聞き耳を立てている様子だ。


 彼らの反応から、ミナコは、傘行がみんなに聞こえるように、翔の短編への感想を披露しているのではないかと慌てた。


 これは止めないと、と思った彼女は、急いで二人へ近づいていくと、


「君って、アニメとか観るの?」

「はい」

「ドラマとかは?」

「少しなら」

「ふーん。少しなら、ねぇ」


 聞き耳を立てるミナコが、机の角に足をぶつけて音を立てると、翔を小馬鹿にしたように笑う傘行は、何事かと振り返った。


 瞳に真顔のミナコを映す傘行は、シニカルな笑いを浮かべる。


「おっと、カノジョのご登場だ。僕は、退散するとしよう」


 カノジョという言い方に、クラスメイトの視線が一斉にミナコへ集まり、教室内がザワついた。


 ミナコは、「そんなんじゃない」と辺りに手を振って苦笑するが、すぐに誤情報の発信元へ真顔を向けた。


「ねえ? 何を話していたの?」

「ん? ああ、翔くんが、どの程度エンタメに詳しいか訊いていただけ」

「本の話じゃなくて?」

「本? おや? その話をここで――」

「何でもない!」


 言いかけた傘行の言葉を、大慌てで遮るミナコ。


 どうやら、翔が携帯小説投稿サイトで作品を公開していることを、バラしてはいないようだ。


 傘行は「じゃ」と言い残して去って行く。彼の背中を睨み付けたミナコは、翔の前の椅子に腰掛けて、小声で尋ねる。


「ねえ? エンタメとか言っていたけど、ホント?」

「はい。テレビは何を観ているか、演劇は何を観るかという話をしていました」

「本のことは?」

「何も」

「感想も?」

「ええ」


 傘行の意図が読めないミナコは、彼の背中をもう一度見た。



 放課後。学校を出た翔は、傘行から指定された公園のベンチに向かっていた。


 朝、二人でいるところをミナコに見つかる前、5時にこの場所へ来ることを言い渡されていたのだ。


 彼がベンチの右端に腰掛けて、腕時計を見ると5時ちょうど。しかし、傘行の姿はない。


 15分後、すっぽかされたのかと思った翔が腰を上げると、ニヤニヤした顔の傘行が現れた。


 彼は、翔から見て人一人分の距離を置いて右側に設置されているベンチを目指し、座席の左側へショルダーバッグを投げるように置いて、自分は中央に腰を下ろした。


 そして、両腕を背凭れに載せて胸を張り、足を組んでから、待たせた相手を流し目で見る。


「あのさ」

「はい」

「短編だけど」

「はい」


 どんな感想が聞けるのかと思うと、翔は、鼓動が高鳴る。


 ところが、傘行は「くくく」と笑うと、顔を空へ向けた。


「ダメダメだね」

「…………」

「何から言うべきか、頭が痛いよ」


 傘行は、本当に頭痛がするかのような顔をする。


 翔は、有名作家の息子の発言と態度に、頭が真っ白になった。


 そんな翔の表情を見て、傘行は冷笑を浮かべる。


「全部、タイトル、ダサすぎ。あれじゃ、検索で引っかかっても、誰もクリックしない」

「…………」

「ページビュー数、見ただろ? あの少なさを見れば、如実に分かる。読者が読みたいと思うタイトルじゃないってことを、数字が示しているのさ。1作品、平均20ページビューって、何あれ? もしかすると、半分は検索ロボが拾った回数かもね」

「…………」

「タイトルが駄目な上に、あらすじもプア。万一、タイトルに惹かれても、あらすじで読者は幻滅するね」

「…………」

「仮に、ちょっと中を見てやるかと思った奇特な読者がいたとしても、1ページ目が読む気にならない駄文で、お話にならない。よく、あんな短編を48もアップして、恥ずかしくないね?」


 座ってから一度もこちらに顔を向けない傘行が、駄目出しを連発する。意気消沈した翔は、膝の上へ目を落とした。


「更新日付を見たけど、ほぼ全作品とも、公開してから更新していないね。見直ししていないっていう証拠。自分の作品を磨こうとしている姿勢が見えないから、こいつ、やる気ないなって思われているのは確実」

「あのー……」

「何?」

「どれか、一つでも最後まで読んでいただけたのでしょうか?」

「最後まで?」


 傘行が、初めて翔へ顔を向けた。


「読むわけないじゃん」

「…………」

「ダサタイトル、駄目あらすじなのに、読めと? 君は、僕に金を出してくれるのかい?」


 鼻で笑う傘行が、左手を翔に突き出し、金を渡せという仕草をする。


「いや、お金は……」

「その顔、出してくれるのかと思ったよ」

「…………」


 傘行は、腕を引っ込めて、ため息を吐いた。


「ダサタイトル、駄目あらすじに気付かないなら、ページビュー、いいね、評価を見なよ。いかに酷い作品だってことを数字が表しているから。それに、感想がないってことは、書くに値しない低評価だってこと。そのくらい、いい加減、気付きなよ」

「…………」

「なんか、全部いいねが1で、評価が5なんだけど、カノジョに押させたのかな?」

「……いや、僕からは何も依頼していません。彼女からも、自分が押したとは聞いていません」

「ふーん。でも、あんな判で押したような、いいねと評価は、やらせにしか見えないんだが」

「…………」

「まずは、48作品、全て、タイトルとあらすじを変えて、全ページ書き直すこと。長編なんか、書いている暇ないよ」

「…………」

「出来ないなら、なるぞ辞めたら?」


 傘行は、打ちひしがれたような翔の顔を覗き込み、唇を三日月のように歪める。


「初投稿でも、数万、数十万ページビューを稼ぎ、数千、数万も評価を受ける作品がある。そんな作家と君とでは、実力に雲泥の差があるってこと」

「…………」

「黙ってばかりじゃ、理解したのか、分からないなぁ……。返事は?」

「…………」

「まあいい。まずは、僕が最後まで読む気になる短編に改稿してくれたまえ」

「…………」

「それと、もっと、他人の作品を読んだら?」


 そう言って立ち上がった傘行は、翔へ一瞥を投げる。


「エンタメも勉強しないと。底辺作家さんは、やること多いよ」


 歩きながら鼻で笑う傘行が振り返ると、見送る気力がないほどに打ちのめされた翔の姿が瞳に映った。


「ま、井の中の蛙でいたいのなら、ご自由に。それじゃ」


 傘行は、翔に向かって手を振って、その場を後にした。

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