5.二人だけの秘密
ミナコは、翔とメアドを交換した後、彼が晴れない顔なのを気にして、直球過ぎた感想を謝罪した。
「そんなに謝らなくても、大丈夫です。感想欄はどの作品も空っぽなので、読者がどう思っているのか、サッパリ分からなかっただけに、今回、言っていただいて感謝しています」
「なんか、まだ固いよー。改まった言い方は、いいって」
「いや、僕の喋り方はこうなので。ミナコさんも転校してきたときから、僕を見ていて、分かったと思いますが」
「さんも、いいって。ミナコでいいよ」
翔はクラスでも影が薄く、友達がいないことは、ミナコも気付いていた。
いつも図書室に籠もっていて、定位置の席で本を読んでいる彼は、読書好き以外、友達は出来ないだろうなぁと思っていた。
もしかして、人間嫌いで、本に逃げているのかと、ちょっと心配に。
自分もその経験があり、自力で立ち直って、今は友達もたくさん出来るようになったから、彼を見ていると昔の自分を見ているようで、声をかけたくなった。
それで、今日接してみたが、懸念は払拭された。しかも、お気に入りの作家だったという特大おまけ付き。
ただ、言葉遣いが気になる。同級生なのだから、ざっくばらんに話したいのに、いつまでも初対面の相手に丁寧語を使っているみたいな感じ。
それは、彼の個性なのか?
だとすると、人それぞれ、個性があるから、無理に変えてもらわなくてもいいか。
堅苦しい人は苦手なミナコだが、彼は特別。
だから、普段通りでいてもらおう。
「わかった。翔は普段通りで。私も――気付いていると思うけど――こんな調子でズバズバ言うタイプだけど、このままで行くわ。普段通りに」
「はい。それでいいと思います。おあいこで」
「いや、そこは、『はい』だけで、伝わるから」
吹き出したミナコに、翔もつられて笑う。
ああ、こういう表情も出来るんだ。
ミナコは、心配事が消えて、ホッとした。
翌日の昼休み。翔が図書室にいるとミナコがやって来たので、彼はスマホを取り出し、長編小説の書き出し部分を彼女に見せて、感想を求めた。
机を挟んで向かい合う二人。
真剣に読んでいるミナコの反応が気になる翔は、目のやり場に困っている。
でも、嬉しい。
作者と読者の関係。二人だけの秘密。
ドキドキしてくる。まるで、付き合っているみたいに。
翔が本に目を落としていると、ミナコが立ち上がって翔の右横にやって来て、机の上にスマホを置いて指差した。
翔は動揺する。
ミナコの服から微かに漂うフローラの香り。
間近に女子がいること自体、稀な出来事なので、翔の鼓動が高まる。
ミナコは、少し屈んだ姿勢になった。小声になるために。
「この描写、説明しすぎると思うわ。それに、一文一文が長いし」
耳元にかかる息が、くすぐったい。ゾクゾクする。
「……やはり、そうですよね」
「分かっているなら、短くしようよ。いつもの語り方でいいと思う。短編の方がまとまっていて、しかも、描写が生き生きしている」
「はい」
ミナコは、画面をスワイプする。
「あと、この場面、いる? 伏線なの?」
「いえ。長編ですから、物語に外伝風エピソードを適度に散らしておいた方が面白い――」
「そういうのを入れない方がいいと思う。本編に関係ない話を読まされる方が疲れるから」
「はい」
ファンでもあり、親しい仲になったとはいえ、言い過ぎなのは悪いと思うミナコだが、この作家なら作品をもっと良い物に出来るはずという思いが先に立って、駄目出しが止まらない。
そんな彼女の言葉を、翔はイヤな顔一つせず、正面から受け止めるので、かえって、言う側の彼女の心は、モヤモヤ度が高まっていく。
「私、きっと、言い過ぎもあるはずよ。違うなら、違うよって反論して?」
「いえ。気付かされることばかりで、確かにそうだと思うので、反論はしません」
「納得してるなら良いけど……、してないなら、遠慮なく言ってね? 私だって、間違って言ってること、きっとあるはずだから」
「はい」
それでも多分、全部肯定するんだろうなぁと、ミナコは思った。
さらに、彼女は考える。
携帯小説投稿サイトで、時間をかけて作品を書き上げたのに、読者の反応が皆無な一方通行の投稿にイラだつ1年。そんな作家の開き直りが、全ての批評を受け入れているのかと。
まだ翔のモチベーションを維持しているものが何なのかを知らないミナコは、開き直りは良くないと考えた。
「その『はい』なんだけど」
「はい?」
だが、彼女は自重する。
「……いや、何でもない。納得しているんだったら、いいわ」
「……はい」
「それより、ここだけど、もうちょっと、主人公を目立たせようよ。脇役ばかり目立っていて、主人公の影が薄いから」
「はい」
さらに翌日、翔が仕上げてきた書き出し部分に、ミナコは若干の修正をコメントした後、
「ねえ? そろそろアップしない?」
「もう……ですか?」
「ストックはあるでしょう?」
「ええ、1万文字くらいは」
「なら、アップして、読者に読んでもらおうよ」
「長編ですから、ストックは10万文字くらいないと、駄目じゃないですか?」
「そんなになくても大丈夫だと思うけど」
「……でも、短編の時と違って、自転車操業になりそうなので、もう少し書きためます」
「わかった。翔が納得するように進めてね」
「はい。来週ぐらいにアップします」
「読者の反応が楽しみね」
「はい」
三日後の朝。二人の前に厄介な人物が登場する。
彼は、翔たちのクラスにやって来た一人の転校生。
教卓の横で自己紹介するのは、七三分けで細面の痩身の男子生徒。いかにも、ガリ勉風な佇まい。
自分を有名作家の息子だと胸を張って紹介する彼――傘行は、最後にこう付け加えた。
「このクラスに、携帯小説投稿サイトへ作品を投稿している人、います? いたら、教えて欲しいんだけど。友達になりたいんで」
笑顔だが、目は笑っていない彼は、教室を見渡した。