4.初めての感想
真剣な顔をしたミナコが、手にしたスマホの画面を食い入るように見つめて、小説を読んでいる。
そんな彼女の姿を、机を挟んで見ていた翔は、顔が火照って、耳までジーンとしてくる。
読者って、こんな風に読んでいるのだろうか。
ますます恥ずかしくなった翔は、先ほどまで開いていた本に目を落とすも、ろくに文字を拾っていない。
むしろ、彼女には家に帰って読んで欲しい、というのが正直な気持ち。
ちらちらとミナコの方へ視線を向けると、眉を動かしたり、半眼になったり、たまに口端を軽く上げたり。
そういう彼女の表情が気になって仕方ない。
未公開の作品を、自分のファンという読者に読んでもらうドキドキ感。
初めての長編の出来はどうなのだろう。面白いと言ってくれるだろうか。
翔の視線が読者の顔と本のページを3:2の割合で行き来していると、ふとミナコが顔を上げ、鼻で息を吐いたので、彼は彼女の目と唇の変化を恐る恐る見る。
読後の表情が、笑顔ではない。なんと言おうか、迷っている様子。
ミナコの想定外の表情を目にした翔は、頭に上った血が下がり始めるのを感じていた。
「あのー」
いったん、彼女は言葉を切って、スマホに目を落とす。
5秒間の間合いが、辺りの空気を凍り付かせる。
まだスマホの画面から目を離さないミナコが、静寂を破った。
「本当にごめんなさい。正直言って」
「…………」
これで十分だ。言わんとすることが伝わった。
面白いと言って喜んでくれるはずの彼女が、言いにくそうな感想を、これから披露しようとしている。翔は、彼女の駄目出しを受け止める心の準備が出来なかった。
ミナコが顔を上げると、呆然としている翔の顔が瞳に映った。
彼女は、感想を述べることを躊躇した。
でも、言わないと。ファンだから、今までの彼の作品にない違和感を。
「今回は……最初から説明が多いなぁって……」
彼女が投げた直球の感想は、翔の心に突き刺さった。
今まで、読者から感想をもらったことがないので、言葉が重い。
「…………そうですか」
「あ、ごめんなさい。いつもの短編のノリで開始するのかなぁと思っていたから、違うなぁと思っただけ。長編だから、説明は必要よね?」
真剣に読んでいたので、笑顔を忘れていたことに気付いたミナコは微笑んだが、ファンだから正直に言おうと思って口にしたことが、作者を打ちのめしたようで気まずくなり、フォローを続ける。
「つまらないというんじゃなくて、説明は必要なんだけど、説明から入って、それが、なんか長いなぁと」
「つまり、どんな長編でも、1ページ目は、作者が直球ど真ん中を時速165キロで投げて、読者をアッと言わせるべき、ってことですか?」
「その例えって、いきなり戦闘シーンから入って、ババーン、うぎゃーって描写から始まること?」
「あ、直球ど真ん中って、そう言う意味じゃないです」
「ごめんなさい。勘違いしちゃって」
「でも、時代背景とか、登場人物とか、相関関係を最初に書いておかないと、長編ですから、読者は分からないのではないかと思うのです」
「でも、それが長いなぁと」
「…………」
「きっと、いつものkake翔さんみたいに面白い展開になると思うけど、説明から入って、それが長いと、読者が面白い所へ辿り着く前に、読むのを諦めてしまう――というか」
ミナコは、翔の困惑する表情から、自分が行っているフォローが、フォローになっていない気がしてきた。かえって、言い訳を考えさせてしまい、困らせているのだと。
でも、気になる箇所があるのに、そこには目をつぶって、賞賛するのは失礼。かといって、正直に言い過ぎると、いくらファンとは言え、角が立つであろう。
上手く伝える方法が見つからず、焦ったミナコは、気不味い空気を何とかしようとする。
「もうちょっと先を読ませてください」
「……あ、……はい」
スマホへ伸ばしかけた翔の右手が、引っ込んだ。
数分後、ミナコは微笑んだ。
「ほら。いつものkake翔さんだ。説明が終わった後を読むと、面白いです」
「……ありがとうございます。……でも」
「でも?」
「それって、ジューシーな鶏肉だけど、衣が不味い唐揚げみたいですよね」
「はい?」
「いや、違うか。衣が薄いから食べてしまいますね。何を見せられているんだとイライラしてくる動画のオチだけが面白かったというか」
「――――」
ミナコの怪訝な表情を見て、変なたとえ話をして自虐的になっていることに気付いた翔は、頭を掻いて苦笑する。
「何を言っているだろう、僕は……。すみません、忘れてください」
「あ、はい」
「でも、ありがとうございました。正直言って、導入部分に悩んでいて、さっきもそこを直していたのですが、読者から説明を求められると思って、細かく書いていて、どんどん増えてしまったのです。感想をいただいて、それじゃいけないなぁと分かりました。設定資料ですよね、あれでは?」
笑顔を取り戻した翔に、ミナコは安堵の胸をなで下ろす。
「書き直しますので、また読んでいただけますでしょうか?」
「はい、もちろん! あのー、敬語はいいですよ。私をミナコと呼んでもらって構いません。いや、ミナコと呼んでください」
「じゃあ、僕は、普通に翔で。書き直しますので、読んでください」
「はい!」
声が大きくなった二人は、同時に受付の方を見るが、係の女生徒は気を利かせてそっぽを向いた。