24.全面書き直しの結果
3日後の夜6時。翔は、全面的に書き直した7ページ分をスマホでミナコへ送り、意見を求めた。
原稿をポンと渡された彼女は、3万文字近くある分量に驚いた。前より増えているのだ。
随分と、気合いを入れて書いたようだが、読む方も気合いが要る。
何とか読み終えたミナコは、彼の短編を2作品読まされた気分になったが、感想欄での指摘はキチンと反映されていて、ストーリー展開も変なところがなくなっていることに感心する。
これでまだ、お話は始まったばかりだから、かなりの長編になりそうだ。
4時間後の10時。ミナコは、翔へ感想と意見を伝えるため、チャットを開始する。
『お疲れ様。すごい分量ね』
『お疲れ様です。書いていくうちに、どんどん膨らんでしまいました』
『寄り道もなくて、この展開でいいと思う』
スローライフのくだりは、もちろん、消えている。
『ありがとうございます。気になるところ、ありましたか?』
『同じ説明が何カ所かに出てくるのが、くどいように感じて、気になる』
『あれは、読者が読んでいくうちに、前の方のを忘れてしまうかと思って』
『意外に覚えているものよ』
『分かりました。カットします。他にありますか?』
『心理描写が少ないような感じがする』
翔が無反応になった。
『主人公が葛藤しているはずの場面で、淡々と行動している姿しか描かれていないので、内面をもっと描いてもいいかなぁと』
『分かりました。頑張ります』
返信からは、自信ありそうには見えないが、ここは任せるしかない。
それから、ミナコは、いくつかの誤字と、言い回しの間違いを指摘した。
これだけの文字数を相手にしているのだから、間違いがあるのは仕方ないと、彼女も同情する。
『全体的に、どうでしたか? これで面白くなりましたか?』
簡単な問いかけだが、答える方は、気が重い。
ミナコは、彼の短編は面白いのに、長編はそれ以上に面白いかというと、そうでもないことに気付いていた。
何が違うのかと考えてみると、ストーリー展開のスピード感だ。
彼の長編は、読んでいると、どっしり、まったりとしている。読んでいる方は、この先にどうなるのか、ある程度推測できるのだが、そこに至るまでが長い。
同じ作者のものとは思えず、意図的に作風を変えたのか。
これを、何と伝えよう?
変に伝えると、また全面書き直ししてしまうかも知れない。ミナコは、言葉を慎重に選ぶ。
『以前よりは、格段に面白くなっている』
『最初は、説明が多すぎましたからね』
『それにも関係するけど、まだ描写が細かいところが多くて、そこまで細かくなくてもよいかなと思う』
いい言葉がなく、描写を短くすれば流れがよくなるかもと思って伝えたのだが、
『そこは、こだわりたいのです』
言い切られた。
なら、ストレートに言おう。
『描写が長いと、話がなかなか先に進まない感じがするの』
『作者が思い描いているものと同じものを読者に共有してもらいたいのです』
それは、絵がないと無理。投稿サイトに登場人物の顔や、情景の挿絵をアップしている作者もいるが、それがない場合、読者たちが頭に描く人物像や情景は、全部違うはず。
今日、ミナコが読んで思い描いた場面を、翔が彼女の目の前で紙に描いたとしても、一致するとは限らない。
ミナコが、返信の文字を入力しては消してを繰り返していると、
『やはり、書きすぎでしょうか?』
翔は、自分で気付いたようだ。以前にミナコから「説明が多い」と言われ、今回も「描写が長い」と言われたからだろうか。
『せっかく、頑張って書いてもらったのに、ごめんなさい』
『いえいえ。長編だから、出来るだけ長くしようと思っていたのですが、勘違いしていたみたいです』
『修正、大丈夫?』
『平気です。興に乗ると、いくらでも書けますので』
『そうなんだ。すごいね』
『今日は、ありがとうございました。またよろしくお願いします』
さらに1時間後の11時。そろそろ寝ようと思っていたミナコは、翔からのチャット連絡に気付いた。
『少し前に7ページ、アップしました』
『え? もう?』
『はい。ミナコさんに、また読んでもらうのは悪いですから』
『明日になるかと思ったのに』
『待ちきれませんので』
『修正、早いのね。さすがね』
『いえいえ。削るだけですから』
『心理描写は?』
『少し入れました』
ミナコは、翔がどのように修正したのか気になったが、ページビュー数を増やさないため、あえて読まないことにした。
今、ページビュー数は、85。これが、どこまで伸びるか。
彼女は、スマホの画面を時々リロードし、ページビュー数の変化を見る。今回の更新で、きっと、誰かの目に留まってくれるだろうと、期待しながら。
ところが、30分経っても、1時間経っても、何も変化が起きなかった。読まれていないから、当然、いいねも評価も感想もない。
あれだけ苦労して、全面的に書き直したのに、誰にも全く読まれない。
何がいけないのだろうか。
ミナコは、腕組みをしたまま、スマホを見つめた。それは、翔も同じであった。




