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傘の雪(改訂版) ~熱烈な読者と不器用な作家と辛辣な批評家と~  作者: s_stein & sutasan


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23/28

23.二人の小説

 ミナコは、夢を見た。


 ☆★☆★☆


 チャットで、ではなく、面と向かって、翔と話をしている。しかも、教室で。


「プロット書いたの?」

「書けませんでした」

「それでいいの?」

「ええ。なくても書いている作家さんは、たくさんいますから」

「長編の場合、ストーリーが破綻するかも知れないわよ」

「大丈夫です。ミナコさんに、チェックしてもらっていますから」


 それで書かないのか。


 翔が、そこまで他力本願だとは思わなかった。


 やっぱり、腹を割って話して正解だと、夢の中の自分が納得している。


「話があっちこっちに飛んで、この先どうなるのだろうって、読者は思わないかしら?」

「それが面白いのではないかと思います。現に、ほら、ページビュー数は200を越えましたよ」


 翔がミナコの顔の前に、スマホの画面を見せる。


 夢だからか、やけに222の数字が大きい。


 その数字が、1秒おきに、223、224、とカウントアップしていく。


「スローライフのお陰ですね。次は、主人公がハーレムを目指しますから、倍の400は固いですね」

「それでいいの?」

「何がですか?」

「作品として、それでいいの?」

「…………」

「復讐というテーマが、ずれているけど、本当にいいの?」

「読者が読んでくれているんですよ? いいに決まっています」


 なんか、決めつけで話す翔は、偽物に思えてくる。


「感想に、変だって書いてくる人、いないの?」

「いますけど、分かってない人たちですから、スルーしています」

「スルーって……」

「本当に変なら、誰も読まないですよ。でも、数字が確実に増えていますから、こういう作品を読みたい読者がいるってことです」


 そう言って、翔が再度スマホの画面を顔の前に突き出すと、数字が225、226、と増えていく。


「翔は、この作品で何が言いたいの?」

「…………」

「ねえ。スマホしまって。何を読者に伝えたいの?」


 しかし、翔は、カウントアップを続けるスマホを突き出したままだ。


 235、236、237、238、……。


 心臓がドキドキしてきて、痛くなってきた。


 ☆★☆★☆


 目が覚めたミナコは、荒い呼吸を整えた後、深呼吸をして、右腕で両目を覆った。


(翔、ごめんなさい。夢の中で、あなたを悪者にしてしまっている自分が、情けないわ)


 上半身を起こして、現在時刻を確認する。


 ボンヤリと文字盤が光る壁掛け時計の時刻は、午前3時30分。


 まさかと思って、スマホを手にし、感想欄を見てみると、書き込みは増えていない。


 スローライフを目指し始めたのは気の迷いなのか、という疑問が、多くの読者に共通していたからか、あえて書く人がいないのかも知れない。



 ミナコが学校へ登校すると、席に座っていた翔が、チラッと見て目をそらした。


 プロットの件で怒っているのだとしたら、まずい。


 胸が痛むミナコは、午前中は彼と目を合わせないようにし、昼休みになって、図書室へ向かう翔の跡を追った。


 教室や中庭で食事中の生徒がまだ多いので、廊下の人通りは少ない。


 それで、足音が気になったのか、図書室の手前で、翔が後ろを振り向いた。


 慌てるミナコ。


 自分の後ろを振り向くと、遠くへ去って行く生徒しかいない。


 小声なら、誰にも聞こえないだろう。


「夜中にごめんなさい」


 翔は、謝罪するミナコの方へ体を向けて、ペコッとお辞儀をする。


 それから、彼も小声で応じた。


「いえ。謝るのは、僕の方です。結局、書けませんでした」

「――――」

「読み手に受ける要素を繋いでいって、ラストは予定通り、とも考えたのですが、上手くいかないことに気付いたのです」

「上手くいかない?」

「はい。繋ぐための因果関係が――AだからB、BだからC、という関係が――こじつけしかなくて、これは破綻しそうだって」


 つまり、復讐に燃えた後、スローライフを目指し、ハーレムを目指す流れの因果関係に説得力のある説明が付かなかったようだ。


 短編では面白い作品を書くのに、初めての長編で、勝手が分からなかったのか。


 箱が小さければ、それほど要素を詰め込めないが、箱が大きければ、たくさんの要素を詰め込めるから、かえって混乱したとか。


 それより、ページビュー数にこだわりすぎて、無理なことをしようとしていた気がする。


「数字という結果は後から付いてくる、と思って、受け狙いは封印し、まずは、当初の予定通りに進めて、脇道に逸れない。で、どう?」

「そうします。なんだか……僕はどうかしていました」

「――――」

「面白いだろうと思って、人気のある要素を一杯入れようとしていました。短編の時は、そんなことをしていなかったのに。何でだろう……」


 ミナコは、その理由を薄々分かっていたが、あえて口にしなかった。


「いいじゃない。気付いたんだから。7ページ目は、最後の方は書き直しね」

「いえ。最初から書き直します」

「7ページ目の最初から?」

「1ページ目からです」


 驚くミナコ。


「どうして?」

「だって、いっぱい書かれているじゃないですか?」

「あれを全部?」

「もっともだと思うものだけ反映しますが、結果的に、ほとんどです」

「――――」


 貧乏人の家にロウソクがないのなら、食事の場面は夜には出来ない。


 エルフの恋人を作らずに、昔の恋仲だった女性のことを胸に生きていくなら、エルフの女性との関係や会話を全面差し替えだ。


 他にも、いろいろあったはず。


「それ、私にも責任あるから、背負わせて」

「いいえ。これは作者の責任です」

「一緒に作りたいの」

「…………」

「いいでしょう?」


 ためらう表情の翔は、長い間を置いて、恥ずかしそうに口を開く。


「……はい。お願いします」


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