表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傘の雪(改訂版) ~熱烈な読者と不器用な作家と辛辣な批評家と~  作者: s_stein & sutasan


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/28

22.ストーリーの迷走

 翌日、翔はミナコの入念なチェックを受けて、5ページ目をアップ。その翌日には、6ページ目をアップした。


 この結果、ページビュー数は、50まで増加。


 5ページ目をアップしてからは、新たな感想はゼロ。


 いいねも評価も0だが、感想欄を使って書かれる間違いの指摘がないことが嬉しい。


 放課後の図書室で、スマホの画面を見る翔はもちろんのこと、ミナコも笑みがこぼれる。


 ところが、受付の生徒が、二人の所へやって来た。


「あのー。図書室に携帯端末を持ち込むのは、やめてください」

「あら? 今まで何も言われなかったのに?」

「今日から厳しくなりました」


 この学校は、授業中でなければ、校内でスマホなどの携帯端末を使用して良いという緩い校則で、図書室の中でも昼休みや放課後は、それが適用されていた。


 ところが、本の撮影の無法地帯になっていたところを教師に見つかり、持ち込み不可となったのが今日の昼休み。


 これで、居場所がなくなった二人は、次の居場所を求めることになるが、二人で空き教室にいるところを見つかると、何を噂されるか分からないので、校外に場所を求めるしかない。


「どうするの?」

「仕方ないですね。公開作業は、基本、夜に家でやります。ミナコさんのチェックも、チャットで原稿を送りますから、すみませんが、お家で時間のあるときにでも」

「分かった」



 その日の夜9時。翔から、7ページ目がチャットで送られてきた。


『明日でいいです』

『今日、やっておく』

『そうですか。ありがとうございます。終わったら、すぐに公開します』

『すぐ? そんなに早く?』

『ページビュー数が増えるのが楽しいのです』


 読者がすぐに反応してくれるのが、翔の楽しみになったようだ。


(翔が嬉しいなら、私も嬉しい)


 スマホの向こうの笑顔を想像しながら、ミナコは、7ページ目のチェックを開始した。


 誤変換なし。慣用句に問題なし。表記の揺らぎもなし。たまにある、主人公の名前のミススペルもない。


 2時間後。何度もあくびが出て、疲れで眠気が襲ってきたミナコだが、何とかチェックも終わり、チャットで修正版を送り返した。


『これでOKだと思うけど、もう一度、翔の方でも見直して』

『ミナコさんのチェックがあれば、大丈夫です』

『それ、過信だから』

『いえ。私が気付かなかった箇所を、いくつも直していただいていますし』

『ちょっと寝かして、時間経ってから読むと、見つかることあるよ』

『それ、発酵しますよ』


 翔の面白い返しが珍しい。


 ミナコは、今後は、自分の方で寝かせようかと考えた。


 今の翔が、少々興奮状態だからではない。ミナコ自身が、後で読み返すと、問題が見つかるかも知れないからだ。



 だが、遅かった。


 翔は、夜11時10分には7ページ目をサイトで公開。


 30分後には、ページビュー数が、アップ時の53から一気に72にまで増えた。


 反応が良い。数字の伸びは、好調に見える。


 さあ、これでいいかと思って、ベッドに潜り込む。


 でも、気になって寝付かれないので、午前0時過ぎに起きて、読者の反応を確認した。


 ページビュー数は80。いいぞ、いいぞ。


 ところが――、


(あれ? 感想が1つ増えた気がする)


 間違いでも指摘されたかと慌てたミナコが、感想欄を見てみると、10分前に1件が書かれていた。


『ら抜き言葉が気になる。統一されているのかと思えば、そうでもなく、ページによって違う。


 それより気になるのは、主人公は、追放後に復讐に燃えていたはずだが、スローライフを目指し始めたのは、気の迷い?』


 表記の問題は、一旦、横に置いたミナコは、7ページ目の最後の方で主人公が「スローライフでもやるか」と言って、隣の村を目指す場面に、今更ながら違和感を覚えた。


(私、何を見落としていたんだろう! あ、そっちの路線へ行くのか、で終わっていた)


 眠かったからと言うのは、言い訳にならない。


 早速、翔をチャットで呼び出す。


『ねえ。感想見た?』


 既読になるまでの2分間が、なんと長いことか。ミナコは、翔へ電話をかける直前までになっていた。


 彼女は、既読からの反応の遅さに、イライラが募る。実際は、彼が感想を読んでいたから遅かったのだが。


『見ました』

『なんで、スローライフ?』

『え? その指摘、修正版の時にありませんでしたが』

『ごめんなさい。気付くのが遅くて』

『スローライフは息抜きを兼ねて、です』

『誰の?』

『主人公の』

『このタイミングで?』

『ええ。長編ですから』


(そんな理由?)


 ミナコは首を傾げた。


『長編だから、展開がこうも変わるの?』

『そうしないと、話が持ちません』


(話が持ちませんって、なんか、勘違いしている気がする)


『スローライフからどうなるの?』

『ハーレム展開もいいかなと』

『なんでそうなるの?』

『面白い要素を入れた方が、たくさんの読者に読んでもらえるからと思って』


 それは、ページビュー数稼ぎの理屈。


 実態は、思いつきのようなストーリー展開ではないか。


 これでは、復讐はどうなったのだと、読者は口を揃えるだろう。


『ラストは下克上よね?』

『はい。いずれは。でも、タイトルの下剋上の文字は変えませんよ』

『主人公が復讐に燃えて、下剋上まで突き進む展開になるんじゃないの?』

『それじゃ、読者は飽きますよね?』

『どうして?』

『展開が読めてしまうから』


 一瞬だが、説得された気分になる。


『だから、読めない方がいいと思います』


(それは、なんか違う!)


 ミナコは、文字を入力して、強くタップした。


『プロット書こうよ』


 翔は無反応になった。もちろん、既読マークは付いているが。


『書いたら、見せて』


 長い長い1分が過ぎ、


『考えさせてください』


 翔は、ログアウトした。


 興奮から冷めたミナコは、ログを読み返して、しまったと後悔する。


(書かないで進めようと言ったのは、私なのに……)


 プロット書こうと言ったことで、ストーリー展開に納得していないと思われたに違いない。


 書いたら見せてと言うことは、それで良いのか、こっちがチェックすると言うことだ。


 それって、翔を、暗に責めてしまったのではないか。


(アップする前に、気付いてあげれば良かった……)


 ベッドの上で膝を抱えるミナコは、膝頭の上に額を押しつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ