22.ストーリーの迷走
翌日、翔はミナコの入念なチェックを受けて、5ページ目をアップ。その翌日には、6ページ目をアップした。
この結果、ページビュー数は、50まで増加。
5ページ目をアップしてからは、新たな感想はゼロ。
いいねも評価も0だが、感想欄を使って書かれる間違いの指摘がないことが嬉しい。
放課後の図書室で、スマホの画面を見る翔はもちろんのこと、ミナコも笑みがこぼれる。
ところが、受付の生徒が、二人の所へやって来た。
「あのー。図書室に携帯端末を持ち込むのは、やめてください」
「あら? 今まで何も言われなかったのに?」
「今日から厳しくなりました」
この学校は、授業中でなければ、校内でスマホなどの携帯端末を使用して良いという緩い校則で、図書室の中でも昼休みや放課後は、それが適用されていた。
ところが、本の撮影の無法地帯になっていたところを教師に見つかり、持ち込み不可となったのが今日の昼休み。
これで、居場所がなくなった二人は、次の居場所を求めることになるが、二人で空き教室にいるところを見つかると、何を噂されるか分からないので、校外に場所を求めるしかない。
「どうするの?」
「仕方ないですね。公開作業は、基本、夜に家でやります。ミナコさんのチェックも、チャットで原稿を送りますから、すみませんが、お家で時間のあるときにでも」
「分かった」
その日の夜9時。翔から、7ページ目がチャットで送られてきた。
『明日でいいです』
『今日、やっておく』
『そうですか。ありがとうございます。終わったら、すぐに公開します』
『すぐ? そんなに早く?』
『ページビュー数が増えるのが楽しいのです』
読者がすぐに反応してくれるのが、翔の楽しみになったようだ。
(翔が嬉しいなら、私も嬉しい)
スマホの向こうの笑顔を想像しながら、ミナコは、7ページ目のチェックを開始した。
誤変換なし。慣用句に問題なし。表記の揺らぎもなし。たまにある、主人公の名前のミススペルもない。
2時間後。何度もあくびが出て、疲れで眠気が襲ってきたミナコだが、何とかチェックも終わり、チャットで修正版を送り返した。
『これでOKだと思うけど、もう一度、翔の方でも見直して』
『ミナコさんのチェックがあれば、大丈夫です』
『それ、過信だから』
『いえ。私が気付かなかった箇所を、いくつも直していただいていますし』
『ちょっと寝かして、時間経ってから読むと、見つかることあるよ』
『それ、発酵しますよ』
翔の面白い返しが珍しい。
ミナコは、今後は、自分の方で寝かせようかと考えた。
今の翔が、少々興奮状態だからではない。ミナコ自身が、後で読み返すと、問題が見つかるかも知れないからだ。
だが、遅かった。
翔は、夜11時10分には7ページ目をサイトで公開。
30分後には、ページビュー数が、アップ時の53から一気に72にまで増えた。
反応が良い。数字の伸びは、好調に見える。
さあ、これでいいかと思って、ベッドに潜り込む。
でも、気になって寝付かれないので、午前0時過ぎに起きて、読者の反応を確認した。
ページビュー数は80。いいぞ、いいぞ。
ところが――、
(あれ? 感想が1つ増えた気がする)
間違いでも指摘されたかと慌てたミナコが、感想欄を見てみると、10分前に1件が書かれていた。
『ら抜き言葉が気になる。統一されているのかと思えば、そうでもなく、ページによって違う。
それより気になるのは、主人公は、追放後に復讐に燃えていたはずだが、スローライフを目指し始めたのは、気の迷い?』
表記の問題は、一旦、横に置いたミナコは、7ページ目の最後の方で主人公が「スローライフでもやるか」と言って、隣の村を目指す場面に、今更ながら違和感を覚えた。
(私、何を見落としていたんだろう! あ、そっちの路線へ行くのか、で終わっていた)
眠かったからと言うのは、言い訳にならない。
早速、翔をチャットで呼び出す。
『ねえ。感想見た?』
既読になるまでの2分間が、なんと長いことか。ミナコは、翔へ電話をかける直前までになっていた。
彼女は、既読からの反応の遅さに、イライラが募る。実際は、彼が感想を読んでいたから遅かったのだが。
『見ました』
『なんで、スローライフ?』
『え? その指摘、修正版の時にありませんでしたが』
『ごめんなさい。気付くのが遅くて』
『スローライフは息抜きを兼ねて、です』
『誰の?』
『主人公の』
『このタイミングで?』
『ええ。長編ですから』
(そんな理由?)
ミナコは首を傾げた。
『長編だから、展開がこうも変わるの?』
『そうしないと、話が持ちません』
(話が持ちませんって、なんか、勘違いしている気がする)
『スローライフからどうなるの?』
『ハーレム展開もいいかなと』
『なんでそうなるの?』
『面白い要素を入れた方が、たくさんの読者に読んでもらえるからと思って』
それは、ページビュー数稼ぎの理屈。
実態は、思いつきのようなストーリー展開ではないか。
これでは、復讐はどうなったのだと、読者は口を揃えるだろう。
『ラストは下克上よね?』
『はい。いずれは。でも、タイトルの下剋上の文字は変えませんよ』
『主人公が復讐に燃えて、下剋上まで突き進む展開になるんじゃないの?』
『それじゃ、読者は飽きますよね?』
『どうして?』
『展開が読めてしまうから』
一瞬だが、説得された気分になる。
『だから、読めない方がいいと思います』
(それは、なんか違う!)
ミナコは、文字を入力して、強くタップした。
『プロット書こうよ』
翔は無反応になった。もちろん、既読マークは付いているが。
『書いたら、見せて』
長い長い1分が過ぎ、
『考えさせてください』
翔は、ログアウトした。
興奮から冷めたミナコは、ログを読み返して、しまったと後悔する。
(書かないで進めようと言ったのは、私なのに……)
プロット書こうと言ったことで、ストーリー展開に納得していないと思われたに違いない。
書いたら見せてと言うことは、それで良いのか、こっちがチェックすると言うことだ。
それって、翔を、暗に責めてしまったのではないか。
(アップする前に、気付いてあげれば良かった……)
ベッドの上で膝を抱えるミナコは、膝頭の上に額を押しつけた。




