21.プロット
「ねえ? 喫茶店で会議していく?」
「……5ページ目のスケジュールの続きですか?」
「うん。気晴らしもあるけど」
「そう……ですね」
翔が膝に目を落として考え込むので、ミナコは、彼の顔を覗き込んだ。
「元気ないけど?」
「短編と違って、長編を文庫本のような感じで詰め込んで書いてみたのですが、改行は必要ですね」
「ああ、そのことね。私が、最初から、強く言えばよかったわね。ごめんなさい」
「いいえ。僕が、自分の意見を押し通したからです。謝らなくていいですよ」
下を向いたままの翔が頭を掻いてから、黒縁の眼鏡のずれを直す。
「文庫本みたいな感じが好きなのですが……」
「やっぱり、私は、もっと改行が欲しいなぁ――でOK?」
「はい。全然OKです」
顔を上げた翔は、笑みがこぼれ、ミナコは安堵する。これで、改行の件が解決したのだから、楽である。
「私も、おかしな所を気付かず、スルッと読んでしまっているみたいだから、じっくり読ませてもらうわ」
「はい。遠慮要りません」
翔は、スマホを片付けてから、ミナコの方を見た。何だか、困った様子の彼だ。
「ところで――」
「何?」
「プロットって、要ると思います?」
唐突な発言に、ミナコは面食らった。
「急にどうしたの?」
「実は、昨日、学校で傘行さんに言われたのです」
ミナコは、眉根を寄せた。
「なぜその時、呼んでくれなかったの?」
「立ち話で、小説の一般論を話していたので」
「そうなの? イヤな事は?」
「言われていません」
「よかった。……で、プロットは要るかと言われると、要るんじゃない?」
「やはり、ミナコさんも、そういう意見ですか……。実は、正直言って、書いたことがないのです」
彼女は、目を丸くする。
「短編の時は、頭の中にあるから、書くまでもないのです」
「長編も頭の中にあるって、言わないわよね?」
「それが……全部、頭の中にあるのです」
「――――」
「だから、必要を感じなくて、書いていないのです」
「それ、彼に言ったの?」
「はい」
「正直すぎると思うけど……。で、彼は、なんて?」
翔は、苦笑する。
「あり得ないって」
「私もそう思う。行き当たりばったりで書いている、ってことじゃない?」
「それ、傘行さんも言っていました」
彼と同じ意見だったことに、ミナコは、不快感を顕わにする。
「……やっぱり、ミナコさんもそう思いますか。……僕が、間違っているのですね」
「才能を否定するわけじゃないけど、あった方がいいと思う。長編なら、間違いなく」
「間違いなく……ですか」
「あ、偉そうに言って、ごめんなさい」
ミナコは、胸の前で両手を振った。
「僕、書き方が分からないのです」
「いや、そんなの、ネットで調べれば――」
「調べました。何を書けば良いのかも、書いてありました」
「だったら――」
「それが、いざ書こうと思ったら、何も書けないのです」
「つまり、プロットの枠だけのテンプレートは手に入れたけど、中身が埋まらない、みたいな?」
「そんな感じです」
さて、どうアドバイスしよう。
小説を書いたことがないミナコは、アドバイスのしようがない。
ここは、頭を下げて傘行にお願いするしかないか。もちろん、ミナコが、ではないが。
「ごめんなさい。私じゃ、力になれないわ」
しかし、それに続く言葉は、傘行に頭を下げる提案ではなかった。
彼女の心の中では、意地でも彼の名前を出したくないという気持ちが働いたのだ。
「翔が分からないものを、無理に書く必要はないと思う」
「…………」
「短編の時みたいに、プロットなしで、進めてみたら?」
「……ミナコさんがそう思うなら、そうします」
「いや。私が言うからじゃなくて、翔自身が納得して進めて欲しいのだけど」
頼られているのは嬉しい。
でも、頼りっきりは困る。
しかし、雪が積もるように降ってくる感想に打ちのめされた表情の翔に、自分で決断するよう強く促すのは、酷がある。
「まずは、それで――プロットなしで進めようよ」
「はい」
結局、背中を押す形になったミナコだが、この先、彼の長編のストーリーが破綻することまでは見通せなかった。




