20.感想の追い打ち
翔は「立場は、そうかも知れませんが」と言って黙ってしまったが、単なる読者ではないと思っていることは明らかだ。
物言う読者というか、はっきりと意見を言う読者は当てはまりそうだが、翔が言葉に出来ず、恥ずかしそうにしている態度から察するに、親しい間柄とか、心休まる相手なのではないだろうか。
そうなると――、
(読者を超えた関係を意識しているのかしら?)
そう考えただけで、みるみる赤面するミナコは、頭の中で、このタイミングで返すべき言葉を選んでいると、
「よう!」
「キャッ!」
「お楽しみのところ、お邪魔して悪いね!」
背後から大きな声をかけられて、ミナコは驚きのあまり、悲鳴を上げて腰を浮かした。
振り返ると、いつの間にか、傘行がベンチの後ろに立っているではないか。
これには、翔も目を白黒させる。
「おいおい、驚きすぎだろ?」
「――――」
「なんだか、顔を赤くしているお二人さんを眺めているのも、いい加減に飽きてきたから、肩を叩こうかと思ったんだけど、大声でこんなに驚くとは、愉快愉快!」
一部始終を聞かれたかと思うと、穴に入りたいほど恥ずかしい。
でも、驚かせようと大声を出した傘行の態度は、許せない。
ミナコは、青筋を立てた。
「驚かせるのが、そんなに面白いの!?」
「そりゃ、面白いさ」
平然と返す彼に、彼女は、二の句が継げず、頭を掻きむしる。
「君だって、誰かの後ろから、『ワッ!』ってやらないのかい?」
「――しくったわ」
「何を?」
「背後から登場する最初のパターンで攻めて来ることを、警戒しておけば良かった」
「神出鬼没とは、こういう行動を言うのさ」
「だったら、今すぐ見えなくなってよ」
「おっと。言いがかりを付けて、さらに人を呼び出しておきながら、退場しろとは酷くないか?」
苦笑する傘行は、翔の右隣のベンチへ近づき、後ろからショルダーバッグを置いて、背凭れをまたぐ格好でおどけて見せたが、回り込んで、いつものようにデカい態度で、ベンチの真ん中に腰掛けた。
「感想読んだよ。的確じゃないか、あれって」
「その感想のことよ。あなたが書いたんでしょう?」
「証拠は?」
「書きそうな内容だから」
「それ、証拠なのかい?」
傘行は、一笑に付す。
「僕は、あらすじまでしか読んでいない。それがあまりに不出来だから、読む気にもならない。だから、感想なんか、書くわけがない。万が一、書くとしても、本文を読まないと知り得ない内容にコメントすることは出来ない。だから、あれは僕の感想ではない。Q.E.D.」
「――――」
「感想読んだけど、内容のひどさが良く分かるから、まだまだ僕のお眼鏡にかなうには時間がかかるなと思ったけどね」
「言い方……」
「おそらくだが、僕みたいな同業者が書いたのだろうね」
「翔の話だと、会員外らしいけど」
「そんなことより――」
傘行が身を乗り出し、翔を見つめる。
「経験豊富な僕と組まないか?」
「…………」
「そこの、役立たずの編集者をクビにして」
「ミナコさんのことですか?」
翔の顔が険しくなる。
「他に誰がいる?」
「組みません」
「おやぁ? 翔くんにしては、きっぱり即決だね」
「僕は、ミナコさんと一緒に、このまま進めます」
「言うねぇ。おいおい、横にいるカノジョが、驚いているよ」
両手で口を押さえていたミナコは、手を下ろす。
「なんだ。今日の僕は、お邪魔虫の役回りかい? それはそれは、お熱いところ、お邪魔したねぇ。せいぜい、イチャイチャしながら、恋愛小説でも書きたまえ」
「ちょっと待って!」
目を吊り上げたミナコが、声を荒らげる。
「もう、翔に――私たちに近づかないで!」
「まあ、遠くから恋の成り行きを見守ってあげるよ。そのくらいは、いいだろう?」
「とにかく、翔の小説に、いちゃもんを付けないで!」
「そこは、私たちの小説って言わないんだ」
「――――」
傘行は、ミナコの反応を楽しんでいる様子。
「共同作業じゃないのかい? ケーキカットでよく言うじゃないか?」
「あなたねぇ――」
「でもね。よく聞いて。君たちの小説は、同業者として黙って見てはいられない状況だってこと、理解している? あの感想なんか、氷山の一角だよ?」
「――――」
「あらすじ見ていて、なんかこう、むず痒いんだよ。だてに48も短編書いて来たんじゃないよね? 書く力は、曲がりなりにもあるんだよね?」
傘行は、翔の顔を覗き込んで、口角を吊り上げた。
「それがなんだい? たった4ページ打ち上げて、感想のジャブを食らって、オロオロして。――あ、言っておくけど、5時頃、また書かれているよ。もう読んだかい?」
「…………」
「その顔じゃ、読んでいないか。ずっとここで、ラブラブだったからね」
腹を抱えて笑う傘行に目をくれず、二人は急いでスマホを取り出した。
確かに、新しい感想が書かれていた。しかも、4件も。
『プレートアーマーって、30キロ以上の重さなのに、それを纏った軍団が、走る軽装歩兵を追い越して、全力疾走で敵に向かう! ありえねー』
『タイトルに惹かれて読み始めましたが、思っていたのと違いました。タイトルで、チート能力を奪われたと言っておきながら、主人公に索敵能力は残っています。それは、チート能力ではないのですか?』
『文章が、べたっとしていて、読みづらいです。適度に改行してください』
『転移した人が、過去をきっぱり捨てていますが、転移前の恋仲だった彼女も忘れてエルフを恋人にする。そんな腰の軽い人のお話が、これから延々と続くのでしょうか?』
肩を落とした翔が、ミナコに向かって囁いた。
「全部、なるぞーの会員ではないです」
傘行は、勝ち誇ったように声を上げる。
「それが、なるぞの現実だよ。理解したかな? 本気で作家を目指す連中が、君みたいな底辺の作家なんか相手にしないってことを」
「…………」
「低レベルな間違いに、二人が4つの目でチェックしていながら気付かないのだから、経験豊富な僕と組まないかと言ったのに、それを断るとは、呆れてものが言えないが――」
彼は、ショルダーバッグを肩にかけて立ち上がる。
「カノジョと楽しく作家さんごっこを楽しむのなら、好きにしたまえ。そこのパートナーに『私たちに近づかないで』とは言われたけど、あまりに可哀相で見ていられないから、気付いたことは、これからも伝えるつもりだけどね。それを疎ましく思うなら、同業者として、実に嘆かわしいよ」
傘行は、翔に向かって「じゃ」と声をかけ、肩の高さの右手をヒラヒラさせながら去って行った。




