19.告白
傘行が投稿したという証拠は、どこにもない。単に、彼なら書きそうだというだけだ。
日頃の傘行への不満を、今回の感想をきっかけにぶつけるだけになってもいいと、思っていやしないか。
興奮するミナコの後ろ姿を見た翔は、急に心配になり、スマホをポケットにねじ込むと、彼女の跡を追って、図書室を出た。
すると、廊下の途中で、翔へ背中を向けて走っている傘行の前に、スカートを翻して回り込んだミナコの姿を見た。
なぜ彼がここにいる? 教室に向かって走っているということは、図書室にいたのか?
「ねえ。話があるんだけど」
立ち塞がったミナコの顔を見て、驚いた傘行だが、すぐに薄気味悪い笑いを浮かべた。
「授業が始まるよ。遅れてもいいのかい?」
「あなた、書いたでしょう?」
「何を?」
「しらばっくれないで。感想よ」
背後に近づく足音に振り返った傘行は、翔の顔を見てニヤリと笑った。
「二人の秘密が、今ここで暴露されようとしているよ。翔くんは、いいのかい?」
「ミナコさん。続きは、いつもの場所がいいと思います」
歯がみするミナコを見て、傘行は、ざまあみろという顔をした。
「じゃ、いつもの時間で」
敵味方の三人は、肩を並べて廊下を急いだが、教師の姿を見て、一斉にゆっくりと歩き始める。
すると、教師は「急げ。授業が始まる」と忠告する。
三人が走り出すと、後ろから「廊下を走るな」と注意する。
「矛盾だらけだろ、学校って? 君たちの小説みたいだな」
先頭に立って歩いていた傘行が、皮肉な笑いを浮かべて、二人を交互に見た。
放課後のいつもの時間で、公園のベンチに翔とミナコが座っていた。右端は彼、その左に彼女という位置関係は、以前と変わらないが、二人の距離がさらに縮まっているようだ。
それは、図書室で並んで座るのと似たような距離。しかも、公園というシチュエーションなので、翔はドキドキが止まらない。
ミナコも、実は、そうだった。
いつも、翔が先に座り、彼女が後から座るのだが、その距離は回を重ねるごとに縮まっていく。
今日のドキドキ感は、いつも以上だ。
この気恥ずかしい空気を何とかしようと、ミナコから口火を切る。
「彼に決まっているわよ」
「ミナコさん。落ち着きましょう。傘行さんが書いたという証拠はありません」
「ある」
「え?」
「なんで、図書室から教室へ向かっていたの?」
「図書室にいたところを見たのですか?」
「いたのは見ていないけど、校舎の端にある図書室に背を向けて廊下を走っていたから、いたのは確実よ」
「…………」
ミナコは、少し俯いた。
「きっと……嫉妬しているのよ」
「嫉妬ですか?」
「うん。私たち……いつも図書室にいるから」
「…………」
「仲がいいからって、ちょっかい出しているのよ。まるで、子供みたいね」
ミナコは顔を上げた。
「翔は、どう思う?」
「……どうって? 傘行さんのことですか?」
「ううん。私たちのこと」
「……………………」
「どう見える――でもいいの」
翔の顔が、ますます赤くなる。
「作家と読者?」
「……………………」
黙り込んだ翔。それがもどかしいミナコ。
でも、結論は急がせない。彼女は、彼の言葉を待つ。
「立場は……そうかも知れませんが……」
耳まで赤くなった翔が、言いよどむ。
「ごめんなさい、困らせてしまったみたいで」
「いえ」
「やっぱり、こうしていると、付き合っているみたいよね?」
「……ですねぇ」
相槌を打つ翔は、無言になった。