17.細かい感想
ミナコは、自分が書き込んだ『面白いです』は、消さないことにした。
そうしないと、次の落書きが唐突になるからではない。
本当に面白いからだ。
ベンチで翔から3ページ目の感想を求められた時に言葉にしたことを、感想欄に全体の感想として文字にしただけ。
嘘ではないのだから、消す必要はない。
10分後に、翔の作業が終わったかどうかを確認してみると、感想の件数が5件と表示されていた。
(あれ? また増えたのかしら?)
開いてみると、自分の『面白いです』という、ちょっと恥ずかしい書き込みの下に、5件目があった。
『下剋上は、下克上が正しい。
それに、主人公が、窮鼠猫を噛むの計画が頭に浮かんだ、という表現は、おかしい。
窮すれば通ずで、最良の計画が頭に浮かんだ、なら分かる。
あと、シュタインベルクという名前の町が大草原の真ん中にあるみたいに書いてあるが、ベルクはドイツ語で山のことだから、真っ平らな土地のどこに山がある?ってなる』
3ページがアップされてから、そろそろ読んでみようかという同業者でも現れたのだろうか。
読んでいると、そういうものかとは思うが、細かい指摘の妥当性までは分からないので、翔に判断を委ねるしかない。
ミナコは、チャットで、深夜の問い合わせを詫びつつ、5番目の指摘について、彼の考えを問うた。
『下剋上の件は、常用漢字表にある文字かどうかです』
『なるほど。指摘者は、国語の先生?』
『さあ、どうでしょう?』
『2番目は?』
『これは、僕の間違いだと思います。3番目も、格好いい言葉だと思って、主人公の立ち寄る町の名前に使ったのですが、ドイツ語の意味まで知りませんでした』
『いちゃもんじゃないのね?』
『ええ。落書きでもありません』
『脳天気とワロタは、残すの?』
『放置です。主人公は誰かの質問だけ答えます』
初めての感想に、心が折れたのではないかと心配したが、大丈夫そうだ。
『それと、会員外の書き込み設定は、しばらくそのままにします』
『どうして?』
『どんな書き込みがあるか、知りたいからです。実は、5件目は、会員外なのです』
『そうなんだ』
4件目の書き込みについて、翔が触れるのかどうか、ドキドキする。
しかし、彼は、それについて何も書いてこない。
触れて欲しくないが、触れても欲しいという気持ちが交錯し、ミナコの鼓動は高鳴った。
触れて欲しいという気持ちが、指に文字を拾わせて、「褒めてくれる感想が増えるといいね」という文章が出来上がったが、ミナコは入力した文字をバックスペースで削除した。
『順調に、ページビュー数が増えているわね』
『まあ、アップしたページが増えましたから』
それを書いて身も蓋もないので、ミナコは苦笑する。
『4ページ目を昼休みにアップしたいので、また読んでください』
『うん、分かった。図書室で』
『はい』
『もう、1万文字越えるわね』
『ええ。ミナコさんのお陰で、ここまで来られました』
『翔の頑張りだよ。私は横にいるだけ』
『それが嬉しいのです』
それが嬉しいという言葉に、ミナコは頬が熱くなっていくのを感じた。
『また喫茶店で会議する?』
翔が反応しないので、何かまずいことを言ってしまったのかと、ミナコは不安になってきた。
『ラストに悩んでいますので、相談に乗ってください』
決めかねたラストのことだ。これは、相談に乗らねば。
『じゃ、明日?』
『今日のことですか?』
『日付変わったわね。うん、そう』
『明後日で』
『了解』