表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

15.前に進む

 翔は、傘行の背中を見送らずに、スマホを取り出した。


「ねえ、何するの?」

「まずは、おかしな所を直そうと思って」

「え? あらすじを?」

「はい。ついでに本文も」

「今、ここで?」


 ミナコは、呆れた顔で、翔を見つめた。


「ええ。この瞬間に、誰かが読もうとしているかも知れませんから」

「本文も、って、王国の名前も登場人物の名前も修正でしょう? かなりの量だと思うけど」

「置換を使います。一瞬です」

「時間かけなくていいの?」


 翔の指の動きが止まった。


「じっくり考えた方が、よくない? 特に、名前は」

「…………」

「あ、ごめんなさい。困らせちゃったみたいで」

「いえ」


 ミナコは、顔の前で両手を合わせた。


「そういえば、名前がおかしかった件、ごめんなさい。読者の私が気付くべきだったわ。彼に先に気付かれて悔しいけど、確かに、今思えば変。これって、私の責任よね?」


 彼女は、自称文学少女が、あの程度の単純ミスに気付かないのかと、自分を厳しく責める。


 作者に対して、ずけずけと言うのも気が引けるという遠慮があったのも事実だが、見過ごして他人から笑われる結果になるなら、もっとしっかり読み込んで指摘しておくべきだったと。


「いえいえ。ミナコさんは、謝らなくていいですよ。責任を半分背負ってもらうつもりは、ありませんから」

「でも――」

「読者として、意見をもらえるだけで嬉しいんです。校閲までやってもらおうなんて、考えていません」

「……そうなの?」

「はい」

「――――」


 寂しそうな顔をするミナコ。彼女の顔に、すぐに反応する翔。


「あ、気付いたところは、どんどん言ってください。書いている方は夢中なので、用語の不統一とか表記の揺れとか矛盾とか、気付かないことが多いので、遠慮なく」

「うん、分かった」


 ミナコに笑みが戻る。


「それにしても――彼は、モラハラの典型ね。ある意味、(かがみ)よ。しかも、パワハラと合体技噛ましているし」

「あはは」

「笑い事じゃない。私なら、絶対に反発するわ。彼が売れっ子作家になったって――なるわけないと思うけど――彼の書いた本は手にしない」

「坊主憎けりゃ?」

「そう」

「でも、言っていることは、真っ当ですよ」


 エキサイトするミナコは、両腕を広げたり振ったりして、高ぶる感情を表現する。


「そんなこと言うから、相手がつけあがるの! 分かる!?」

「…………」

「彼は、翔をいじめて楽しんでいるの! 見下して、悦に入っているのよ! 言っていることは真っ当に思えても、腹の中は真っ黒!」

「ミナコさん。落ち着いてください」

「落ち着いてなんか、いられないわ!」


 一瞬、困った顔になった翔。


「10分待ってください。すぐに直しますから。そうしたら、3ページ目の内容をチェックしてください。今日中にアップしたいので」

「……うん。分かった」


 冷静さを取り戻す彼女を見て、彼は微笑んだ。


「ここで立ち止まっては、僕の長編が止まってしまいます。とにかく、前に進まないと」

「そうね」

「今は未完成でいい。タイトルもあらすじも本文も」

「――――」

「アップするときは、気持ちは『完成版をアップするぞ』、ですが、アップすると『もっと良くしたい』と思うんです。それって未完成ってことですよね?」

「――――」

「作者って、そういうものなのです。欲が深いというのか、何というか……」


 それから、指を忙しく動かす翔は、作業中に「他の人の意見も聞いた方がいいな」と呟いた。


「今、なんか言った?」

「ええ。他の人の意見も聞いた方がいいと思いまして」

「急にどうしたの?」

「傘行さんの意見だけでは、ある側面しか分からないのでは、と思ったからです」


 腑に落ちたミナコは、「ああ」と言って、うなずいた。


「誰から意見を聞くの?」

「読者や同業者です」

「なるぞにいる知り合い?」

「なるぞーに知り合いはいませんが、感想欄に書いてもらおうかと」


 そうは言うものの、48もある短編は、未だに感想が0件。もちろん、長編も、言わずもがなである。


 感想を書いてもらう()()でもあるのだろうかと思ったミナコだが、それ以上は追求しなかった。


 だが、この後、翔が取った行動が、話を思わぬ方向へ進めてしまうことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ