14.駄目出しの連発
時間を守らない相手との待ち合わせなのに、指定時間通りに公園のベンチへ座る翔は、文句を言いながら左隣へ座ったミナコへ目をやった。以前より、体半分近づいた気がして、彼はドキドキする。
「彼、帰宅部のはずなのに、なぜ遅れてくるのか、理解できないわ」
「でも、僕が遅れると、何を言われるか……」
「言い返せばいいじゃない? そっちが時間を守らないなら、こっちだって守る義理はないって。……それはそうと、今度は何の文句かしらね?」
「忙しいなんて言っている場合じゃないってことは、至急、修正するところがあるのだと思うのです」
「だったら、あそこで言えばいいのに。――あ、彼、声がデカいから、周りに投稿していることがバレるか」
「ええ。一種の気遣いかと」
「――来たわよ。珍しく、時間通りに」
翔が公園の入り口へ目を向けると、傘行がヘラヘラと笑いながら近づいてくるのが見えた。
「何がおかしいんだか」
傘行が、いつものように、翔に近い側のベンチへショルダーバッグを放り投げて座るのに合わせて、ミナコは彼に聞こえるような声で呟く。
「いやー。いろいろ書き換えているみたいだが、サッパリ読まれていないね」
思いっきり広げた両腕をベンチの背凭れに載せる彼が、笑いを堪えながら、組んだ足をぶらぶらと揺らす。
翔の心がズキッと痛む。ミナコも、心臓がキュッと痛くなった。
「まあ、読者に向かって掲げている看板に問題があるから、当然と言えば当然なんだが」
「その問題って、何よ?」
「あのさ――」
傘行は、翔の顔を覗き込む。
「なんで、カノジョが君の代わりに発言しているんだい? 君から『どこに問題があるんですか?』って聞くべきじゃないのか?」
「言いにくくしているのは、あなたの方よ。高圧的な態度だから、言いたくても言えないのよ」
「ちょっと、保護者は黙ってて。ねえ、君? 作家なんだろ? 作家同士、対等な会話をしようじゃないか?」
「どこが対等なんだか」
「外野は黙っていてくれないか?」
傘行がビシッと言うので、翔は、自分が叱責を受けたかのように目をつぶる。
数秒間の沈黙の後、翔が、口を開いた。
「問題点があれば、教えてください」
弱々しい言葉に、傘行は、鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「タイトルにインパクトがないのは言うまでもないが、今日は、あらすじの問題点を言う。あらすじって言うか、そこからうかがい知れる、君の作品の根本的なことをね」
「本文は、読んでいただけたのでしょうか?」
「読むわけないじゃん。読む気にならないし」
「…………」
「まず、王国の名前がダサい。主人公の名前もダサい。それに、主人公の弟の名前も、脇役の名前も変」
「変と言いますと?」
そんなことも気付かないのかと、傘行は、呆れて頭を横に振り、お手上げだというポーズを取る。
「あの兄弟の両親は同一人物? 兄弟に血のつながりがある?」
「ええ」
「だったら、なんで主人公がドイツ人で弟がアメリカ人の名前なんだい?」
「…………」
「それに、王の側近として仕える女魔導師の名前がエキドナ。おいおい。王様は、怪物――蛇女の名前の人物だと知ってて隣に置いているのかい? 実は魔王だったという設定?」
「…………」
「あと、主人公を陥れた貴族の家名がイタリア風なのに、人物の名前はロシア人。……何というか、そこに編集担当がいるのに、この有様だから、情けないね」
傘行は肩をすくめ、翔とミナコへ視線を送る。
「あまりに笑えるから、オヤジに見せたら、王国の名前だけで作家の力量が分かるってさ」
笑う傘行を見たミナコが、身を乗り出す。
「本当にそうかしら?」
「ん?」
傘行は、眉をひそめる。
「話を盛っていない? そんな、王国の名前だけで力量まで分かるのかしら?」
「おや? 編集担当が横槍を」
「別に、あの名前でいいんじゃない? 作者が気に入っているんだから」
「これだから素人は」
「作家の息子だからって、威張らないで」
「威張っちゃいないさ」
「呆れた。自分自身のことは、分からないのね?」
傘行は、顔に怒りの色を浮かべて、舌打ちをする。
「ダサい王国の名前が、受け狙いならいいけど、あれ、シリアスなんだよね? だったら、格好いい名前にしないと、作品が読者の心に残らない」
「――――」
「王国の名前で作品名が思い出せるくらいにならないとね」
「まだ初投稿なのに、そこまでのレベルを求めるのは、酷だわ」
「そうかな?」
ミナコの両手の拳が、強く握られた。
「ほとんど、言いがかりよ! 翔をいじめて、そんなに楽しいの!?」
「何も気付かせない方が、いじめじゃないのか?」
「――――」
「黙っていて、陰で笑っている方が、だよ」
「でも、言い方ってものが――」
「これは僕流の指摘だから、変えられないね」
「――――」
ミナコは、苛立ちを隠せない。
それを見て、傘行は愉快そうに話を続ける。
「天地がひっくり返る確率で、あの作品が、なるぞの上位にランクされるとしよう。でも、出版社は、確実に相手にしない。まず、あんなお粗末な名前で、何もかもがダサいのに、なんでこれが上位なんだって、首を傾げるだろうね」
「――――」
「編集者って、オヤジが無名時代は、ふんぞり返るほど態度がデカくて、あれこれ書き直しを命令したらしいよ。それこそ、命令を。コンテストで金賞取った相手に」
「初の長編に対して、出版のことなんか、話が飛びすぎだと思うけど」
傘行は、ムスッとして、ショルダーバッグを手に立ち上がる。
「志の低い連中は、なるぞから出て行った方がいいね。……ま、お遊びでアップしている連中も多いから、翔くんがそのままでいたいのなら、止めないが。それに、僕の指摘の時間を無駄にするなら、ご自由に。その程度の作家だったかと思うと、残念で仕方ないがね」
「分かりました」
「は?」
翔の言葉に、足を踏み出した傘行が立ち止まった。
「今日指摘されたことは、全部直します」
「ちょ、ちょっと! 翔!」
「自分としては、格好いいな、面白いなと思う名前を使ったのですが、この作品が後に残ることまで考えていませんでした。当たり前のことなのに、そこが抜けていました」
「彼の言いなりになるの!?」
「言いなりって、主体性がないときに使う言葉ですが、指摘がもっともだと思うので、言いなりではありません」
傘行は、勝ち誇ったように笑う。
「ほれ見ろ。同業者は、話が早くて助かる。そこの読専なんかには、分からないだろう」
「上から目線しか知らないあなたは、自分が何を言っているのか、分からないのね?」
「何とでも言え。とにかく、直すのは、当然さ。読者も笑っているのだから。いつか、オヤジみたいに、編集者相手にふんぞり返る作家になるのを目指すことだね。――あ、なるぞの深海魚くんには、夢のまた夢だけで終わるかも知れないが」