13.報われない努力
深夜0時過ぎ。寝付けなくてベッドから起き上がったミナコは、サイドテーブルの上にあるスマホを手にした。
そして、「携帯小説家になるぞー」のサイトへ。
(あれ? タイトルが変わっている)
翔が長編のタイトルを部分的に変更しているのだ。しかも、あらすじも。
(チート能力を奪われて追放された魔術師は、失意のどん底から這い上がり、復讐に燃えて王都を目指す……。確かに、復讐に燃えるだと、燃えて何をするのって感じだから、変えたのかしら?)
しかし、ページビュー数は4のまま。
(え? 今、本文を更新している。こんな夜中に……)
まだ1ページ目しかアップしていないが、その更新日付が0時5分なのだ。
(カウントアップしちゃうけど、読ませてもらうわね。ぬか喜びさせるかも知れないけど、ごめんなさい)
何をどう変えようとしたのか。事前に見せてもらっていないので、気になって仕方ないミナコは、改訂された1ページ目を開いた。
それは、別物を読まされていると感じるほど、全面的に書き換えられていた。
異世界転移前の主人公が、好青年から、極端に大人しい人物に変わっている。まるで、翔本人かのように。
転移に至るまでの場面に、活発な女性が主人公にいろいろとアドバイスをする会話が挟まれている。これは、何の伏線なのか。
誤字脱字の多さに、焦りを感じる。
居ても立っても居られないミナコは、まだ彼が起きているはずと、スマホからチャットで問い質す。
『全く書き換えたみたいだけど』
翔の反応は、早かった。更新後の成り行きをスマホから見ていたのだろう。
『5になったのは、ミナコさんだったのですね』
『そこは、ごめんなさい』
『いえ。アップしてすぐ読んでいただいただけでも、嬉しいです』
『主人公、あんなにしちゃって、よかったの?』
『自分と同じ性格じゃない主人公にしたかったのですが、書き進める自信がなくなってきて』
あまり読まれていないからと言って、そこまで変える必要があるのか、とミナコは思ったが、自信がないと言われると、今の彼には「自信を持て」とは言いにくい。
『転移前のエピソードは、伏線だと思うけど、あの女性、後から出て来るの?』
『いえ、あそこしか出てきません。冴えない主人公にも、女性の付き合いがあった、というエピソードです』
『じゃあ、あの会話で語られていた内容は?』
『ストーリーとは関係しません』
ミナコは、それは変、という入力を削除する。そして、なんて書こうかと考えていると、
『何事にもダメダメな主人公だと、書いていて気が滅入るので、彼の日常に明るい話題を挟みたかったのです』
伏線ぽいけど伏線じゃない。ミナコは、それでいいのかと疑問を挟もうとしたが、
『ちょっとこれでどうなるか、様子を見ます』
こう言われると、アドバイスのしようがなく、エディトリアルな指摘にとどめた。
『誤字脱字あるから、アップ前にちゃんと見てね』
『やらかしていましたか。ありがとうございます』
カーテンの隙間から差し込む朝の光で目が覚めたミナコは、早速、スマホを手にした。
しかし、ページビュー数は5から変化なし。もちろん、いいねも評価もゼロを維持。
ため息をついて、ボサボサの髪を掻く彼女は、翔の心が折れていないか、心配になったが、チャット画面を開いた指が止まり、直接会って話をすることに決めた。
登校したミナコは、予鈴が鳴っても翔が姿を見せないことに焦りを募らせる。
結局、ショートホームルームで、彼が休みであることを担任から知らされ、やはりそうかと、彼女はうなだれた。
ところが、休みのはずの翔が、昼休みにひょっこりと現れた。
単なる寝坊かと失笑するクラスメイトの視線を浴びた彼だが、自分の机に向かってゆっくり歩きながら、ミナコと目で会話する。
何かを直接伝えたいんだと思った彼女は、放課後に彼と図書室で落ち合おうと考えた。
図書室で、翔は「あれから、こんな感じです」と、スマホをミナコの前に置いた。
今朝とページビュー数等に何ら変化がないという事実を突きつけられたが、もちろん、彼女は、昼休みも図書室へ来る前もチェックしていて、周知の事実であった。
「もっと伸びてもいいのにねぇ」
「そのことなんですが」
「――――」
「やっぱり、書き換えたから伸びないと思いますか?」
「主人公の性格?」
「ええ」
「……うーん。ダメダメな主人公がチート能力を発揮するというのもありだけど、なんか、印象が暗くて」
「それで活発な女性とのエピソードを入れたのですが」
「いや、本文に辿り着く前に、あらすじで」
「…………」
「私は、前の方がいいと思うけど」
「…………」
しばらく無言になった翔は、天を見上げてから、首を折る。
どうやって元気づけようかと考えたミナコだが、かける言葉がない。
「元に戻します」
「え?」
急に顔を上げた翔が、ミナコの方を見ないで、決意の言葉を発する。
「タイトルも変えます。もちろん、あらすじも」
彼が、真剣な眼差しで、彼女の方を見た。
「最初の路線で行きます」
「書きにくいのでは――」
「迷った結果がこれですから、先に進んでも、同じですよ」
そう言って笑みを浮かべる翔。
彼が吹っ切れた様子なので、ミナコも同意した。
一度は大きく方向転換した長編は、当初のまま行くことになり、あらすじを戻したが、タイトルだけが変更になった。
『チート能力を奪われて追放された魔術師は、どん底から這い上がり、下剋上を狙う』
さらに、ストックから2ページ目の約2000文字がアップされた。
ページビュー数がやっと10に達したが、それは、2ページ目が公開されたことによるものと考えて良い。
冷静に考えるとそうでも、ミナコは翔に喜びを伝え、励ましの言葉をかける。
彼も、彼女の言葉に嬉しそう。
二人が、図書室で3ページ目の内容をチェックしていると、
「お忙しいところ、悪いんだが」
背中を叩く声に二人がギョッとして振り向くと、腕組みをした傘行が、笑いをこらえきれないという表情で立っていた。
「5時に、いつもの所へ来て欲しい」
「何? 翔を呼び出し? 今、忙しいんだけど」
ミナコは、不快な表情を隠せない。
「忙しいなんて言っている場合じゃないよ」
「何で?」
「いいから、来なよ。あ、編集長も一緒に来てもいいよ」
皮肉な笑いを浮かべた傘行は、背を向けた。