12.長編初投稿の洗礼
喫茶店での企画会議は、翔が複数のストーリーを出し、ミナコの意見を求めるところから始まった。
ジャンルは、ハイファンタジー固定だが、傾向と舞台と要素を一新したいという翔の意見と、当初の異世界転移と学園物でギャグ路線は残したいというミナコの意見がぶつかり合う。
「流行りのものを追いかけても駄目な気がするんです。ちょっと他にない組み合わせで攻めないと」
「でも、読む方からすると、あまりに突飛だと、面食らうから」
「後発組は、二番煎じでは注目されません」
「そうは言うけど、前回の『精霊使いになったが』は、よくあるクラスごと転移の学園物だったよ?」
「確かに、そうでしたが……」
新しいことをチャレンジしようとしている翔に、破棄した長編のことを蒸し返してしまったミナコは、自己嫌悪に陥る。
相手が気にしているだろうことを、あえて口にするのもどうかと思うし、暗に二番煎じだと言っているのも、作家に対して失礼だったし。
以前の彼は、新作の長編を書くに当たって、人気のあるテーマを選んだに違いない。それを捨てて、より面白いものを書こうとしているのだから、彼をもっと応援すべきなのに、過去を追求してどうする。
「ごめんなさい。確かに、人気があるものを書いたからって、またか、って思われるわね」
「本をたくさん読んでいるミナコさんに言われると、ミナコさんが面白いと思うものに心が傾いて、あの続きを書こうかなと思ってしまいますが」
「――――」
「今回だけは、すみません。以前の長編は、なかったことにしてください」
その後、異世界転移と復讐物を組み合わせる案に絞られた。どこにでもありそうなテーマではあるが、翔が「すぐにでも書けそうなテーマ」だと主張したことが決定打となった。
ストーリーは『異世界転移した青年が、チート能力を発揮して国王の側近の座につき、王女のハートを射止めたが、彼を妬む側近の策謀にはまり、追放されたので、彼らに復讐する』というもの。
既読感のある話ではあるが、ミナコは、彼が書きたいものを書いてもらうと決めていたので、意見は最小限にとどめた。
「そのチート能力は、転移前の人間には当たり前なことなのに、異世界ではレアなことにするとか?」
「ああ、なるほど」
「復讐も、陰湿ないじめではなく、ドラマを観ているみたいにスカッとするもので」
「そうですね。読んでいて、暗い気持ちになっては困りますし」
「うん。小説って、楽しませるものだから」
「エンタメですね」
翔の言葉に、ミナコは、傘行がエンタメを語っていたことを思い出し、苦笑する。
「タイトルは、決めているんですよ」
「もう?」
「ええ。『追放されたチート魔術師は、どん底から這い上がり、復讐の剣を振るう』です」
「…………」
「……変ですか?」
ミナコは、言葉を選びながら、理由を述べる。
「チートなのに、なんで、どん底に落ちるのかな、って」
「ああ、側近の策謀にはまって、能力を失うのです」
「だったら、『チート能力を奪われて追放された魔術師は』じゃない?」
「……そうか。そうですね、確かに」
「あと、復讐の剣を振るうって、剣をブンブン振り回している絵を思い浮かべるけど、振るって何をするの?」
「復讐です」
「いや、そうじゃなくって、その先のゴールは? 主人公が目指す先というか」
翔は、腕を組んで考え込んだ。
「なるほど。ミナコさんには、主人公が、復讐のためにただただ暴れ回っている、としか見えないのですね」
「復讐の剣を振るうでも分かるけど、王都に凱旋するとか、王女と結ばれるとか、何かゴールが見えるといいなぁと思って」
「なら、『チート能力を奪われて追放された魔術師は、どん底から這い上がり、復讐に生きる』とか」
「結末は?」
「実は……複数あって、まだ決まらないのです」
「……ああ、それで『生きる』なのね」
普通、ラストがすでにあって、それに向かって書き進めるものだが、ミナコは、あえてその点には触れないことにした。
「じゃあ、タイトルは、仮決めでそれに」
「はい」
「ラストは、側近に返り咲いて、王女も娶って、になると読者は想像するから、その通りにするか、全く別なものにして意表を突くか」
「僕は、結末が読めない展開にしたいなぁと思っています」
「なら、後者ね。期待している」
「ありがとうございます」
その後、翔は、5日間で2万文字を書き上げた。
毎日ミナコに読んでもらい、感想を聞いて、手直ししてを繰り返した。
まだ序盤だが、そろそろアップして、読者の反応を見ることにした翔は、放課後の図書室で、ミナコと並んで座っていた。もちろん、彼の席は定位置であるが。
「アップしますよ」
「いよいよね」
「緊張します」
スマホを使って、まず、1ページ目の約2500文字分をアップ。
kake翔の初の長編『チート能力を奪われて追放された魔術師は、どん底から這い上がり、復讐に生きる』が公開された。
翔は、1ページ目を開かず、どの程度ページビュー数が増えるかを確認するため、アクセス情報のページを開いて、リロードを繰り返し、変化を見る。
ミナコは、翔の横から、スマホの画面を覗いていた。彼女は、うっかり自分のスマホで1ページ目を開かないように――ページビューが加算されないように――しているのだ。
「あ、0から変わった!」
「はい。早いですね。10分で2になりました」
「二人いたってことね」
「ええ」
ところが、30分経っても、4にしかならない。
1時間後に下校の時間になったので、歩きながらチェックしたが、4から全く動きがなくなった。
しかも、いいねも評価もゼロ。
1ページ目をアップした段階でポチッと押されることは、そうそうないと思うが、二人は力作なので付くものだと思っていた。
「……こんなものでしょうか?」
「4人が読んだってことでしょう? 検索ロボが引っかけていなければ」
「はい」
「うーん……。もっと読まれていいんだけどなぁ」
「ですよね? ハイファンタジーですし」
「いいねだって、付いたっていいのに。転移物は、終わりなのかしら……」
二人は、ノロノロと歩きながら、校門をくぐった。