11.反省とリスタート
傘行は、二人に背を向けて右手を肩の高さに上げ、ヒラヒラと揺らしながら、公園の出入り口へ向かう。
拳を握りしめて唇を歪めたミナコは、立ち上がると、後ろ姿の彼に向かって「蹴ったろか!」と足蹴りの真似をし、ワンツーパンチも繰り出す。もちろん、彼には気付かれないよう、声の大きさには気をつけながら。
「ねえ、翔?」
「はい?」
腕を胸の高さに上げて、拳を握ったままのミナコが自分の方を向いたので、翔は、まさか、彼女が正拳突きをするのではと、身構えた。
「ざまぁって感じね」
ミナコが、軽くジャブを繰り出してウインクしたが、翔は、活を入れるために殴られると思って目をつぶった。
でも、拳が飛んでこないので、彼は、目を開ける。
「何がですか?」
「彼が、ざまあ見ろ、ってこと」
「……ああ、勝ったことですか?」
「そう。彼ったら、去り際に長編のタイトルをもじって、痛烈な仕返しをしたつもりらしいけど、あれは、悔し紛れよ。イタチの何とかみたいで、見苦しいったらありゃしない」
「でも、傘行さんには、今回、感謝しているんですよ」
「なんで!?」
ミナコが目を丸くして、ベンチの上に片手をつき、翔に顔を近づける。
彼女の顔が迫ってきたので、翔は、ベンチの上で尻を滑らせて、距離を取った。お陰で、ベンチから落ちそうになったが。
「ねえ!? なんで、あんな奴に感謝なんかするの!?」
「気付かされたんです」
「まさか、才能がないこととか、言わないわよね? 翔は、あんなに面白い短編を48も世に送り出しているのよ? それなのに――」
「ミナコさん。落ち着いて、座ってください」
翔に勧められて、ミナコは、顔の向きはそのままに腰掛ける。
「僕、改めて気付いたんです。短編書いているとき、『誰かが読んでくれればいいや』と思っていたことを」
「――――」
「『いるだけでも嬉しい』と思っていたことを」
「――――」
「そして今、書いている長編も、『きっと誰かが読んでくれるだろうから、それでいいや』って」
「……読者が一人でも?」
ミナコの問いに、翔の目が泳ぐ。
「……はい」
「――――」
彼女は、少し俯いた。
「でも、それって、自分の作品があまり読まれてないという事実から、目を逸らしていることなんですね」
「――――」
「それに今更ながら、気付いたのです」
顔を上げるミナコ。
「今回の全面改定で、工夫すればもっと読まれるのだと、身をもって体験し、読者の数が増えることが楽しくなってきたのです」
「――――」
「だから、傘行さんに言われるまでもなく、長編のタイトルを変えようと思っていました。あらすじも。そして――」
「そして?」
「文章も」
「――――」
「一から」
「練り直すってこと?」
「はい」
晴れ晴れとした顔になった翔を、ミナコは見つめる。
「2万文字なかったっけ?」
「それ以上あります」
「念のため聞くけど、彼にタイトルけなされて、自暴自棄になっていないわよね?」
「ええ、もちろんです。練り直すのは、もっと面白くして、たくさんの読者に読んでもらうために、です。舞台も、ストーリーも、登場人物の性格も書き直します」
「それ、もう一つ長編を書くくらい、大変じゃない?」
「書くのが楽しいので、気にしません」
「でも――」
「ああ、もしかして、僕とミナコさんと一緒に途中まで作った長編を、一からやり直すことについて――」
慌てたミナコは、胸の前で両手を振る。
「ないないない! 大丈夫! 面白い長編が出来上がるなら、やり直しなんて気にしないから!」
「そうですか。安心しました」
翔の笑みが、ミナコを安堵させる。
「本文を読んでもらう以前に、読者の目に留まる入り口の部分で問題があったなんて、目から鱗です。全然、そんなところを、疑ってもいませんでしたし。今まで、いかに適当にタイトル書いて、読者が見ることを考えもせず、あらすじを書いていたか、モロバレですね。どれだけ本文が面白くても、誰も辿り着かないから、読まれませんよ」
「――――」
「それで、傘行さんには、感謝しているんです」
笑顔の翔だが、彼を見るミナコは、短いため息を吐く。
「彼、言い方あると思うけど」
「そう言う人なんですよ。人に気付かせるために、きつく言う人って、いますよね?」
「モラハラみたいで、私はイヤ。絶対に」
再度、短く息を吐いたミナコは、ショルダーバッグを手にし、翔に笑顔を向ける。
「ねえ? これから、お茶しない?」
「え……? 僕とですか?」
「甘いもの食べると、頭が働くわよ。パフェとか」
女子とお茶など未経験の翔は、顔がみるみる赤くなる。
彼の戸惑いを察したミナコは、言い方を変えた。
「企画会議よ」
「……ああ、そういうことでしたら」
「おごるから」
「いえ。僕が出します。お世話になりっぱなしですし」
「誘ったのは、こっち。気にしないで」
「でも――」
「いいから、いいから」
「他の生徒に見られたら……」
「もう見られていたわよ。公園の外から。何人も」
「え? え? 本当ですか!?」
「だから、行こう」
「…………」
「噂されても、私は気にしない」
「…………」
「さあ――」
ミナコは、翔へ、ショルダーバッグを持っていない方の手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。
「どうしよう……。ミナコさんと付き合っているみたいだ、って広まったら……」
「私、みんなに『本が趣味の翔と気が合った』って言うから」
「…………」
「もちろん、翔が投稿していることも、長編のことも言わないわよ。安心して」
「……分かりました。僕も『同じ趣味だから』って言います」
「じゃ、行こう」
「企画会議ですね」
「うん」
ショルダーバッグを肩にかけた二人は、笑顔で立ち上がった。