表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

11.反省とリスタート

 傘行は、二人に背を向けて右手を肩の高さに上げ、ヒラヒラと揺らしながら、公園の出入り口へ向かう。


 拳を握りしめて唇を歪めたミナコは、立ち上がると、後ろ姿の彼に向かって「蹴ったろか!」と足蹴りの真似をし、ワンツーパンチも繰り出す。もちろん、彼には気付かれないよう、声の大きさには気をつけながら。


「ねえ、翔?」

「はい?」


 腕を胸の高さに上げて、拳を握ったままのミナコが自分の方を向いたので、翔は、まさか、彼女が正拳突きをするのではと、身構えた。


「ざまぁって感じね」


 ミナコが、軽くジャブを繰り出してウインクしたが、翔は、活を入れるために殴られると思って目をつぶった。


 でも、拳が飛んでこないので、彼は、目を開ける。


「何がですか?」

「彼が、ざまあ見ろ、ってこと」

「……ああ、勝ったことですか?」

「そう。彼ったら、去り際に長編のタイトルをもじって、痛烈な仕返しをしたつもりらしいけど、あれは、悔し紛れよ。イタチの何とかみたいで、見苦しいったらありゃしない」

「でも、傘行さんには、今回、感謝しているんですよ」

「なんで!?」


 ミナコが目を丸くして、ベンチの上に片手をつき、翔に顔を近づける。


 彼女の顔が迫ってきたので、翔は、ベンチの上で尻を滑らせて、距離を取った。お陰で、ベンチから落ちそうになったが。


「ねえ!? なんで、あんな奴に感謝なんかするの!?」

「気付かされたんです」

「まさか、才能がないこととか、言わないわよね? 翔は、あんなに面白い短編を48も世に送り出しているのよ? それなのに――」

「ミナコさん。落ち着いて、座ってください」


 翔に勧められて、ミナコは、顔の向きはそのままに腰掛ける。


「僕、改めて気付いたんです。短編書いているとき、『誰かが読んでくれればいいや』と思っていたことを」

「――――」

「『いるだけでも嬉しい』と思っていたことを」

「――――」

「そして今、書いている長編も、『きっと()()()()()()()()()だろうから、それでいいや』って」

「……()()()()()でも?」


 ミナコの問いに、翔の目が泳ぐ。


「……はい」

「――――」


 彼女は、少し俯いた。


「でも、それって、自分の作品があまり読まれてないという事実から、目を逸らしていることなんですね」

「――――」

「それに今更ながら、気付いたのです」


 顔を上げるミナコ。


「今回の全面改定で、工夫すればもっと読まれるのだと、身をもって体験し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです」

「――――」

「だから、傘行さんに言われるまでもなく、長編のタイトルを変えようと思っていました。あらすじも。そして――」

「そして?」

「文章も」

「――――」

「一から」

「練り直すってこと?」

「はい」


 晴れ晴れとした顔になった翔を、ミナコは見つめる。


「2万文字なかったっけ?」

「それ以上あります」

「念のため聞くけど、彼にタイトルけなされて、自暴自棄になっていないわよね?」

「ええ、もちろんです。練り直すのは、もっと面白くして、たくさんの読者に読んでもらうために、です。舞台も、ストーリーも、登場人物の性格も書き直します」

「それ、もう一つ長編を書くくらい、大変じゃない?」

「書くのが楽しいので、気にしません」

「でも――」

「ああ、もしかして、僕とミナコさんと一緒に途中まで作った長編を、一からやり直すことについて――」


 慌てたミナコは、胸の前で両手を振る。


「ないないない! 大丈夫! 面白い長編が出来上がるなら、やり直しなんて気にしないから!」

「そうですか。安心しました」


 翔の笑みが、ミナコを安堵させる。


「本文を読んでもらう以前に、読者の目に留まる入り口の部分で問題があったなんて、目から鱗です。全然、そんなところを、疑ってもいませんでしたし。今まで、いかに適当にタイトル書いて、読者が見ることを考えもせず、あらすじを書いていたか、モロバレですね。どれだけ本文が面白くても、誰も辿り着かないから、読まれませんよ」

「――――」

「それで、傘行さんには、感謝しているんです」


 笑顔の翔だが、彼を見るミナコは、短いため息を吐く。


「彼、言い方あると思うけど」

「そう言う人なんですよ。人に気付かせるために、きつく言う人って、いますよね?」

「モラハラみたいで、私はイヤ。絶対に」


 再度、短く息を吐いたミナコは、ショルダーバッグを手にし、翔に笑顔を向ける。


「ねえ? これから、お茶しない?」

「え……? 僕とですか?」

「甘いもの食べると、頭が働くわよ。パフェとか」


 女子とお茶など未経験の翔は、顔がみるみる赤くなる。


 彼の戸惑いを察したミナコは、言い方を変えた。


「企画会議よ」

「……ああ、そういうことでしたら」

「おごるから」

「いえ。僕が出します。お世話になりっぱなしですし」

「誘ったのは、こっち。気にしないで」

「でも――」

「いいから、いいから」

「他の生徒に見られたら……」

「もう見られていたわよ。公園の外から。何人も」

「え? え? 本当ですか!?」

「だから、行こう」

「…………」

「噂されても、私は気にしない」

「…………」

「さあ――」


 ミナコは、翔へ、ショルダーバッグを持っていない方の手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。


「どうしよう……。ミナコさんと付き合っているみたいだ、って広まったら……」

「私、みんなに『本が趣味の翔と気が合った』って言うから」

「…………」

「もちろん、翔が投稿していることも、長編のことも言わないわよ。安心して」

「……分かりました。僕も『同じ趣味だから』って言います」

「じゃ、行こう」

「企画会議ですね」

「うん」


 ショルダーバッグを肩にかけた二人は、笑顔で立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ