10.勝利はしたが
約束の期日の放課後。翔とミナコは、公園のベンチで、傘行の登場を待っていた。
翔の座っている位置は、いつもと同じくベンチの右端で、ミナコは彼の左側だが、前回よりは二人の間が心持ち狭くなっている。もちろん、近づいたのは、ミナコの方だが。
傘行が後ろから遅れて登場するというサプライズでもあるのかと、ミナコは時折後ろを振り向いたが、芝生の上で戯れる子供らと、我が子を温かい目で見守りつつ談笑する母親たちの姿しかない。
指定時間より遅れること15分。ようやく、公園の入り口から、ショルダーバッグを左肩にかけた待ち人が現れた。
クスクス笑っている彼の姿に、ミナコがムッとした顔をしていると、
「君らを見ていると、恋人同士に見えるんだが」
「そんな仲じゃないわ」
「まあ、いい。それより、サポーターの方が嬉しそうじゃないか?」
「いい加減、私の言い方、統一してくれる? 長編アドバイザーとか読専とか、こないだなんか、添削係とか編集者とか」
「あはは。言い得て妙だと思わないのかね?」
「思わない。それより、勝ったわよ」
ミナコが、したり顔で腕組みをし、足を組む。
「確かに。でも、君が勝ったんじゃないだろう? 勝利したのは、そこの深海魚くんのはずだが? あれから微妙に浮上したのに、浮かない顔をしているのが、実に不思議だがね」
「こういう顔ですから、放っておいてください」
からかって楽しんだ傘行は、翔の右横のベンチへショルダーバッグを放り投げ、中央付近に、ため息交じりに座り、両腕を背凭れの上に載せる。彼のお馴染みのポーズだ。
「48作品のタイトルとあらすじの修正と、検索タグの追加、ご苦労様」
「ありがとうございます」
ミナコは、そんな奴に敬語を使わなくていいという意味で、右の拳で翔の左腕を突く。
「効果あったじゃないか。ほぼ全ての作品のページビュー数が微増し、中には、いいねや評価も申し訳程度にだが増えた作品もあるし」
「……はい」
「勝利条件が緩すぎたな。翔くん程度の作品は、何をやってもスルーされると思っていたから、効果なしの方に賭けたのだけど」
「お陰で、タイトルの付け方とあらすじの書き方が分かってきました」
礼を言われるのは当然だとばかり、傘行が得意そうに胸を張ると、ミナコは、半眼になった。
「な? 僕のお陰だろ?」
「はい」
「人の作品を参考にしたのは、良く分かるよ。何せ、説明付きの長いタイトルとか、普通は140文字をベースに考えるところを無視して詳細に書いたあらすじとか、ページビュー数や評価を稼いでいる作家のパクリだし」
「参考にしながら、自分で考えて書きました。パクっていません」
「やり方のパクリって意味。君がズルするとは思っていないよ。それはそうと――」
傘行は、翔からミナコの方へ視線を移す。
「長編、アップするんだろ?」
「なぜ、私に聞くの?」
「翔くんのパトロンじゃないのかい?」
「今度は、パトロン呼ばわり……」
「アップしたら、読ませてくれないか?」
「今度は最後まで読みなさいよ」
「その価値があるならね。で、タイトルは?」
ミナコは、翔へ自分で答えるように目で訴える。
すると、翔は、恥ずかしそうに、小さな声でタイトル名を口にした。
「精霊使いになったがろくなことがなくて困っている。なんでクラスごと異世界転移したのに俺だけこんな雑魚の精霊しか寄ってこないんだ」
「ぷっ! ダッサ!」
「…………」
傘行の脊髄反射的速さの批評は、何を言ってもその答えしか言おうとしていなかったと疑えるほど。
翔は、タイトルはおろか、作品そのものまで否定されたようで、沈み込む。
「ダサいの極みだな。耳の穴の中に虫が入ってきたみたいで、むず痒くなってきたし、あまりのダサさに背筋が氷点下だよ」
「…………」
「僕がそのタイトルを書き換えてやろうか」
「…………」
「書いてみたが全然読まれなくて、いいねも評価も付かないし、さっぱり理由が分からなくて困っている。なんでこんなに時間をかけて書いたのに俺の長編に恋人しか寄ってこないんだ」
「…………」
「どうだい? いいだろう? これなら、なるぞの連中も、『何だ? 何だ?』って思って、アクセスしてくれるよ。はっはっは!」
爆笑後、弾みを付けて立ち上がった傘行が、肩をすくめてからショルダーバッグを手に持ち、二人へ冷たい視線を向けた。
「せいぜい頑張れ、お二人さん。初めての共同作業で、失敗すんなよ」