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File 3: Solve Maruyama Family’s quarrel
「犬よ!」
「いいや!猫だね!」
丸山家に家庭訪問するとそこでは怒号が飛び交っていた。丸山妻と丸山夫が言い合っているようだ。何についてかはもちろん、この家で何を飼うかについてだ。彼らは数年前から、妻の不妊症を原因に生まれない子供の代わりにペットを飼おうとしているのだが、その議論が堂々巡りなのだ。つまり、今日のような口論が何遍も続いているというわけだ。
「もういい!出ていく!」
そういって夫の方がどたどたと家を出た。途端、プロフィットに目配せされる。ああはいはい、その目はつまりついて行けということですね。俺は空気を呼んで夫についていった。
丸山さん。
俺は夕日が沈む水平線を臨むベンチに腰掛ける丸山夫に呼びかける。
「……なんだ、有北ちゃんの連れか」
プロフィットじゃなくって申し訳ないですね。
「……いいわい」
……猫もかわいいですよね。あのツンデレ具合がもう……
「……実は俺は猫じゃなくてもいいんだ」
……と言うと?
「あいつが猫を好きだからだよ」
あいつ?
「ほら、俺の妻だ」
ああ。ではなぜ奥様は犬なんかと?
「……そりゃあ、多分俺が犬を好きだからだろうな」
ほう。
「あいつはああやっていっつも自分だけが無理をすればいいと思っている。ああ!思い出しただけでムカついてきた!」
すれ違っているだけじゃないですか?
「いいや違う。ああ、それもあるだろう。だがな、なぁ、お前、名前はなんていうんだ」
域谷です。
「域谷か。いい名だ。お前はたぶん人生経験が短いからわからないだろうけれどな、あいつが不妊症だと言い渡された時の気持ちはどんなものだったと思う?どんなに辛かったと思う?わからないだろう。俺にだってわからない。ただ、ものすごく辛いってことだけは分かる。そんな経験を、やっとのことで今、あいつは乗り越えたわけだ。次のステップへと進もうとしているわけだ。なのにその勇気を、成長を祝ってやるために俺はあいつに猫をやるってことぐらいもできないのか」
……
夕日に照る彼の眼には潤んだものが見えた。
俺はプロフィットに電話をかけた。
(プルルルル、ガチャ)
あー、もしもしプロフィットか?夫の方はだいぶ考えての行動だったようだ。
「えぇ、こっちもね。ということは、大体同じ理由でしょう」
そっちの理由は?
「『私が不妊症になって辛い思いをさせた彼に好きに生きてほしい』だってさ」
あー、こっちも大体同じだな。
「となると、はぁ、だいぶ厄介ね。どっちも相手を思っての行動だとすると。これがもし自分勝手での行動なのなら、説教すれば済む話なのだけれど」
あー、それなんだが一つ思ったことが。なんであの人たちは犬か猫かで悩んでいるんだ?
「そんなのさっきも言ったじゃない。どっちを飼うか……あー、大体あんたの言いたいことが分かったわ。つまり、どっちとも飼えばいいじゃないかってことでしょ」
しかもあの人たちは名にもペットを買うことにはこだわってないんだろ?だったら保護された犬猫でいいじゃないか。
「しかし、ねぇ、食費が」
子供が二人生まれた時に比べれば問題ない。
「はぁ、じゃあ一応提案してみるけれど」
「その手があったか!」
勢いのあまり大声を上げた丸山夫の眼は爛々と輝いていた。いやいや、なんで今までそれに気づかなかったんですかね。
「いやぁ、井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのことだな!」
な、なるほど。
「よし!そのことを帰ってあいつに報告してやろう!」
丸山夫は威風堂々と夜の街並みを行く。その姿は晴れ晴れとしていた。
後日談。と言うより今回の話のおち。丸山夫と妻は出合い頭に俺たちが提案したことを宣うと、その意見の一致を少しも疑うことなく抱き合い、翌日には保護施設に出向いたらしい。衆目からの見聞ではその姿はいつにもまして仲睦まじかったとかなんとか。そりゃそうだ。そもそもこの口論の発生原因も仲の良さを象徴するものだったのだから。でも、と俺はこう考えた。もし俺たちがあの中に割って入らなかったのなら、彼らには果たしてあのような、仲睦まじい結果が訪れただろうか。俺は訪れなかったと思う。丸山夫が言っていた『井の中の蛙』ってのもあながち間違いではないかもしれない。ああ、確かに平穏を守る、井戸の中に籠ることも重要だ。しかし、そうするためには何事にも主体的にならないといけない。ちょうど真の事なかれ主義が皆に先んじて動くように。そう言った意味では、ああ、プロフィットのにやけたような顔が浮かび誠に遺憾だが、やりがいってのを感じた。




