音呼神社の赤いハイヒール
1600字(Word換算) お題:神社 ハイヒール 陽炎
音呼神社には七月二十三日の深夜零時二十七分に賽銭箱の前で火遊びをすると半足の赤いハイヒールが現れるという奇妙な噂があった。その赤いハイヒールは話しかけてくるらしく、それが「音呼」という名前の由来なのではと考察を立てる者もいた。
もちろん噂が立つからには実際に目撃したと豪語する者もいるらしく、明奈は高校生にもなってばかばかしいと嘲笑するように話を聞き流していた。
「ねぇ、明奈聞いてる?」
丸顔にショートボブが似合っている友紀が明奈の顔を覗く。
「……で、その赤いハイヒールが何?」
明奈は辟易したように眼鏡の奥に佇む綺麗な両眼を閉じた。
「明日土曜日だから今日の夜時間あるでしょ? 音呼神社に行ってみようよ」
今日は七月二十三日の金曜日。そして明奈の目の前の席に座る女子高生は大のオカルト好き。この二つが揃ったらどうなるかなど、明奈は容易に予想できた。
「何で毎回友紀の心霊スポット巡りに付き合わされなきゃいけないわけ」
「心霊スポットに一人で行って楽しいわけないじゃん? 明奈ってそんなに勉強できるのに馬鹿なの?」
殴りたい。明奈はシャープペンシルを持っていた右手をぐっと握り締めた。
「あんたって本当に………分かったわよ。行くよ、行けばいいんでしょ」
「さすが主席! 話が早くて助かるよ」
明奈は友紀に非行とも反抗とも違う危うさのようなものを感じていた。目を離したら死んでしまうのではないかと本気で思うことがある。
「じゃあ今日の零時二十分、音鳴神社に集合ね」
そう言い残すと友紀は自分の教室に走り去っていった。
明奈は鳥居の前に乗ってきた自転車を置いた。
鳥居の中を覗くとすでに手水屋の前に友紀がいた。神社の周囲は林で囲まれているため鬱蒼としていて、やはり心霊スポットだけあって薄気味悪い。
明奈は足早に友紀の方に駆け寄った。
「五分遅刻だよ明奈」
「ちょっとくらい多めに見なさいよ。……ってか、あんたよくこんな場所に一人で居られるわね。神経死んでるんじゃないの」
「あっはっは! 色んな場所に行きすぎて死んじゃったかもね。それよりも早く賽銭箱の前に行こうよ!」
そう言うと友紀はデニムのショートパンツのポケットから線香花火とライターを取り出して、賽銭箱の前まで駆けて行った。
「ちょっと待ってよ」
明奈もその後を追う。
賽銭箱の前に着くと友紀は屈んで線香花火に火を点けた。
友紀の手元にぱちぱちという弾き音と雪片の形をした黄色い光が生まれた。
「嘘……」
線香花火に対する感想ではなかった。
二人の目線は賽銭箱の上に乗っている赤いものに集まっていた。赤いものの周囲には陽炎のような靄が立ち込めていた。
「赤い……ハイヒール……」
明奈が両眼を見開いて呟くように言った。
「違う、あれはハイヒールなんかじゃない」
「え?」
「……あれは猫だ」
友紀に言われて明奈が目を凝らすと真っ赤な猫が伸びの姿勢をとっていて、その姿はさながら赤いハイヒールのようだった。
「なー」
猫が鳴いた。
「友紀あれは……」
「………猫の伸びにはリラックス効果や血液の循環など様々な意味があるけれど……とにかくあの猫からは敵意を感じられない」
「じゃああの猫は一体……」
明奈と友紀は猫から目を離すことができなかった。
友紀は線香花火を足下に置くと猫に近づいた。
「友紀!」
明奈は腰が抜ける寸前でその場から動くことができなかった。
友紀は猫の前に立つと、おもむろに手を猫の頭上に持っていき、そのまま猫の頭を撫でた。
「なーなー」
猫は気持ち良さそうに目を細めると消えていった。
その後しばらくの間、明奈と友紀は目を合わせることができなかった。
これは後から知った話だが、何百年も昔、この辺で赤い猫が生まれたらしい。その猫はあまりの異質さから疫病神と恐れられ、七月二十三日に地元住民の手によって処分されてしまった。その猫を不憫に思った住職がこの音呼神社を建てて猫の死体を奉納したそうだ。
その猫はただ遊びたかっただけなのに。