7、勧誘
三十代中頃と見える彼女は、よい感じにくたびれはじめている。
特別美人ではないが、不美人でもない。
中肉中背。人好きのする笑顔。
笑う時はきちんと笑い、真面目な話をする時は真剣に見える目。
声は高すぎず低すぎず豊かに響き、話すテンポも心地よい。
「はい。よろしくお願いします」
要はすでに、派閥争いが始まっていて、自陣への誘い。
セト・アヤカさんは、即決した私に、驚いていたけれど。
どの道、どこかの樹の陰に寄ることになるだろうとは思っていた。
なにせ、ここは自国民であれば最低限保護してくれる日本ではない。
家族はいない。私を絶対的に必要とするような強力な取引相手もいない。
権力に近付きすぎれば、また別の危険もあるだろうけど。
そんな隕石にぶつかる確率よりも、簡単に生活基盤をひっくり返される可能性が高すぎて怖い。
五百人強いる異世界人は、広い意味では同郷だが、はっきり言ってバラバラだ。
求心力があるのは三人の聖女。
なんといっても、いまいるこの国が後ろ盾になっているのだから。
でも、そのうちの一人は年若く理想に燃え、もう一人は老境に向かい凝り固まっている。
私の勝手な想像だけれど。
どれだけ長く付き合おうが、理解できないのだから同じこと。
いま、目の前にいる人が、良いように見えるなら、それでよいではないか。
同じ日本人というのもポイントが高い。
「何か、私に求めることはありますか? アケチさん」
こうやって年上の私に気を遣ってくれる。
「そうですね。求められればいろいろ意見は言いますが、ボスはあくまであなたです。セトさんが思うように取捨選択してください。それによって、私が恨みに思うことはありません」
「お気遣いありがとうございます」
責任転嫁とも言いますけどね。
早速ですがと頼まれたのは、教会の禁書庫の所蔵品すべての完全記憶だった。
いつの間にか、異世界にまで進出している旧教には恐れ入るが、すべての物事は変容していく。
その差異を把握するという名目で、三人の聖女に一日ずつ、禁書庫が解放される。
書き写すことは不可。それでも私の出番。
そうそう。
フランシスが味方していることも、彼女を選んだ一因ではあった。
私のコネなんてそれくらいしかないのだ。