1、穴掘り
四十を過ぎたあたりから、物事を深く考えなくなった。
愛や平和については、十歳前後で考え尽くしている。狭い視野、足りない知識に基づいた行為ではあるけれど。
それで十分なのではないかな?
ありがたいことに、現代日本の平均的な領域でそこそこがんばっていれば、世界は問題なく回っていると思うことができる。
小さな歯車でよい。格好よく言うならば、足るを知るというやつだ。
都内の女子大をなんとか卒業して、中堅の工場で事務仕事をしながら、親の小言を聞き流す日々。
付き合った男は二人ほどいた。でも、結婚には至らなかった。
別に王子様を待ってたわけじゃない。なんか違ったとしか言いようがない。
休日にもかかわらず、早朝から庭に穴を掘っている私は、世間からすれば負け犬なのだろう。
それでも、あの時、ああすればよかった、こうすればよかったと思ったことは一度もない。
私は私を知っている。
もし、と仮定することに意味はないけど、過去に戻って同じ選択肢が目の前にあっても、私は間違いなく今に至る道を選ぶ。
私って、そういうやつだ。
なのだけど。
朝起きたら、ペットのセントバーナードが死んでいた。
食い意地の張った奴で、何度かダイエットさせようとはした。
毎度、早々に根負けする私が悪かったのかなぁ。
こればかりは涙が出る。止まらない。
泣きながら庭先に穴を掘る。
親が死んだ時より悲しいというあたりが、私らしいというか、なんというか。
つまりは現実逃避なのだけれど。
近くで殺人事件があったり、行方不明者がいれば、真っ先に疑われて、しょっ引かれるのじゃないかなんて想像する。
ハル、ハル。
お馬鹿な可愛い子だった。
いま、終の棲家、ちゃんとした寝床を用意してあげるからね。
折しも今日はハロウィン。
クリスマスも正月も、特に何をするでもない私が、気まぐれに買ったコスプレセット。
変に光沢のある安物の生地には皺が寄り、あちこち泥で汚れている。
かまいはしない。もともと一回こっきりの使い捨て。
唯一の同居人(犬だけど)。朝一で驚かせてやろうなんて、ワクワクしてたぶん、いまどん底。
スコップの先がカチリと何かに当たって、後は何もわからなくなった。