頑固者
せみもうなだれる暑い暑い夏の日。
八月上旬。
一日の中でおそらく、いや絶対に今が一番暑いであろうこの時間帯、
私は田舎の坂道を登っていた。
その道には、木々達が私を挟むように並んでいるけど
日陰なんてものはなく、ご丁寧に太陽さんの視線を、私の頭のてっぺんが
独り占めできるほど遠慮がちに並んでいる。
目的地まであと4.5分ってとこか・・・
汗ばんで絡みつくような腕時計が妙に重たく感じ下を向きながら、少し熱くなった
それを外そうと格闘していた。
汗のせいなのか、うまく外れてくれない。
その間も太陽は容赦なく微笑み、今度は下を向く私の首の後ろを焼き始めた。
ジリジリなんて音が聞こえてきそう、ついで言うとなんか焦げた匂いまで・・・
暑さでやられた私のおかしな思考にフっと鼻で笑った時
降参した時計があっけなく手首から離れた。
スウスウした左の手首が私の熱をわずかに下げ、そのここち良さから
テンポよく歩き出す。
なんせ田舎道だから、景色もさっきからかわらない。
だけど、ゆらゆらと揺れている遠くの景色に、うっすらと一つの家が
見えた。何もない景色にただそこに立つひとつの家。
私は立ち止まり、肩からぶらさげている仕事用のバックから一枚の紙を
取り出した。
そこに書かれているのは、家主の名前と住所と大きくアップされた
家の写真。
おそらく・・・
いや、絶対に間違いないだろう。
米谷権造宅は・・・。
用紙と実物を遠目から見比べた後、
紙を再びバックに押し戻しまた歩いた。
さっきまで暑くて、忘れていたはずの緊張が蘇ってしまった。
そして余計な一言を思い出す。
「権造さんってすげー恐いらしいですよ・・・」
そう言った後輩の言葉と、それを聞いてすぐに目を逸らしたデスクの顔。
そう、私は、よつば講談社に所属している記者の一人。
デスクの言う事は絶対っ!!
そもそも、あまぁ〜く大事に育てられた一人娘の私。
なんとなぁ〜く入学して、いつのま〜にか卒業して、気づけば
親のコネでここにいた。
余りにも、自由すぎマイペース過ぎる私を心配した父親が私をここに
入社させた。
いや、元をただせばそんなふうに育てたのはあなた達でしょう・・・
なんて思ったが、
「お茶汲み程度だから」
と、そう言った父の言葉を鵜呑みにしてしまった私が甘かった。
お茶汲み程度で給料なんてもらえるはずもなく、そんなあまちゃんを
待ち受けていたのは、身も心もそして顔までもが鬼の男デスクだった。
今にも潰れそうなよつば講談社に新人扱いなんてものはなく、社内に
ずっと吹き荒れている不景気風を払うように鬼デスクは吠える。
「企画だ!企画を考えろ!」
「書け!とにかく何か書いてみろ!」
「ばかやろう〜〜〜!!!」
それは、新人だった頃の私にはただ無茶苦茶だったが
今までなんとなくそつなくこなし、誰からも叱られる事無く育った
私にとって、とても新鮮だった。
出した企画をこてんぱんにボツられると、負けじと企画を出しまくる。
書いた原稿にけち付けられると、何日も徹夜し書き続けた。
私にもこんな一面があったのだと、自分で自分に驚いたけど
それに気づいた時には、ただ夢中で楽しかった。