私
太陽と月。
太陽は眩し過ぎて、熱過ぎて近づけない。
それでも月は太陽の光がないと輝けない。
決して交わる事の無い存在だった筈なのに
私達は出会ってしまった。
『生まれ変わったら何になりたいですか?』
何個目かの他愛もない雑誌記者の質問に笑顔で答えるメンバーを私はある意味尊敬する。
「生まれ変わってまで生きたくないんですけど・・・」
そう答えた私に唯一同い年であるナギが吹き出す様に笑うと『ビビは寝坊助なので、猫になりたいって言ってたよね?人間だと働いたりして疲れるけど、猫は1日の大半寝ていられるからって』とリーダーである蓮がごく自然にフォローを入れた。
そんな事を言った記憶は無いが、その意見は一理あると思い、私は蓮の言った事に頷く。
それを聞いた記者は少し安堵した表情を浮かべ、笑みを見せた後、次の筆問ですと言って更に質問を続けた。
「ビビは何でもかんでも正直に言い過ぎだよ」
「あら、じゃあファンに嘘つけって言うの?」
「そう言うわけじゃないけど」
インタビューが終わって次の仕事迄の空き時間、最近発売されたゲームに集中している私を挟んで私より一つ歳上のカイと杏が軽く口論を繰り広げているが、いつもの事なので同じ控室にいるナギはメイクスタッフと戯れあっているし、蓮はマネージャーと打ち合わせを続けている。
「大体、ビビがこんな感じなのは今に始まった事じゃないし、ファンも理解してるわ、あのナギもクールを装えたのはデビューして間も無い頃の話で馬鹿な事はもうバレまくってるじゃない」
杏に論破されてしまったカイは『確かに』と呟き、手に持っていたスマートフォンに目を向けた。
Lunatics.それが私達のグループ名。
アイドルとしての型にあまりハマらない私達5人は、グローバル且つ、嘘の無いありのままの自分達を音楽で表現すると言うのをコンセプトに、25歳で最年長のリーダーの蓮と今年24歳を迎えるカイと杏。22歳になるナギと私で活動して早5年経つ男女混合グループだ。
コンセプトの一つであるグローバルとは、5人中3人が日本人じゃないと言うところを事務所的には武器と考えているのだと聞いた。
蓮はアメリカと日本、カイは韓国人、ナギは韓国と日本、純粋な日本人は私と杏の2人だ。
「カイの言う事も一理あるよ、この一年俺達の活動は日本だけじゃないし、来月からは本格的に韓国での仕事が増えるから、韓国は日本と違ってアイドルもハイレベルなパフォーマンスをするし、日本よりもアイドルの型がしっかりしてる、ビビがいつか苦しむ事がない様に僕達も注意しないと」
マネージャーと打ち合わせをしていた蓮はどうやらカイと杏の話をしっかりと聞いていたらしく口を挟む。
「分かってるわ、でもビビには無理してほしくないのよ、ビビがビビらしく居られるなら私は何にだってなるつもりよ、その為にこの5年で私は死に物狂いで力を付けたもの」
そう言った杏の手が私の癖の強い髪を撫でる。
「杏ちゃんのアイドル業を頑張る目的は微妙にズレてるよねー」
「ナギには言われたくないわよ」
「そうかなー?僕は女の子にモテたかったからだし、そうなるとアイドル業は理にかなった職業だと思うんだけど」
ナギは自分の言った事を自分で納得する様に、うんうんと言って頭を上下させた。
「皆んな其々理由はあるけど、ビビを守りたいって気持ちは一致してるんだからさ、結果オーライでしょ」
先程まで、スマートフォンを操作していたカイはスマートフォンを雑に着ていたパーカーのポケットに仕舞い、私が遊んでいたゲームを取り上げて遊び始めた。
自分がこの職業に向いていない事は最初から分かっている。蓮、カイ、ナギのメンズチームみたく、デビュー前から事務所に所属して特別なレッスンを受けて来たわけじゃない。
それは杏も同じだけれど彼女は個人的に趣味でダンススタジオに通っていたし、バンドのボーカルもやっていた。
更に言えば外見だってお世辞抜きで美人だし背も高い。
あの日、偶々杏がスカウトされた時私が一緒にいただけ。
杏は学校の先輩。
校内で迷っていた時に声を掛けてくれたのが杏だ。
彼女は人見知りの私に何かと良くしてくれてその日も偶々一緒に最寄り駅まで歩いていたのだった。
杏が声を掛けられている間に、その場を去ろうとした私の腕を掴んで離さなかったのは、今私達のマネージャーをしている佐藤さんで『君もオーディション受けて欲しい』とキラキラとした目を私に向けていた。
半ば無理矢理のオーディションで、欠陥だらけの私は何もアピールする事が無く、その当時良く街で流れていた流行りの曲をアカペラで一曲歌うくらいしか出来なかったけれど、オーディション終了後に佐藤さんが感極まった表情で勢い良く抱き着いて来た時には少しびっくりした事を今でも覚えている。
それからは本格的にレッスン漬けの毎日で、今のメンバーが初めて全員顔を合わせたのがデビューする一ヶ月前の事。
そこから私達5人は事務所が借りたマンションで一緒に暮らす事を義務付けられたのだった。
向かない仕事を5年もやっていれば、それなりにダンスも上手くなったし、歌も唄える様になったと思うけれど、他人と関わるのがそもそも苦手で、人付き合いが不器用な私にはたったの5年じゃ歌とダンス以外のアイドルとしての技術は愛想笑い程度しか身に付かなかった。
「キャサリンまで来たの?」
「当然じゃない、ワタシはアンタ達の専属メイクヌナよ」
「ヌナって・・」
「韓国では歳上の女性に対して男性はヌナって呼ぶんでしょ?新鮮だわぁ」
「キャサリンは男じゃん」
「お黙りナギ!さあヌナってお呼びなさいっ!」
基本的に声が大きいキャサリンに、ナギは耳を塞ぐ仕草をした。
「前回はキャサリン来れなかったからすごく拗ねてたじゃない?まあ、後々2倍3倍で煩いより今煩い方がマシかも」
文庫本を読みながら杏はお得意の毒を口からスラスラと吐き捨てる。
キャサリンは女装家と言った方が聴こえは良いと思うけど正真正銘の男性で、歳上なのは認めるけれど、けしてここ韓国でヌナと呼ばれる存在では無い。
しかし、そんなキャサリンのメイク技術は一流で社長の古くからの友人らしい。
専属と言えど、キャサリンが5人を一度にメイクアップするのは難しいので、キャサリンの他にメイクアシスタント、ヘアメイク、衣装担当を含めて10人程いて、彼はそれを率いるチーフだ。
「おびびちゃんは具合が悪いのかしら?」
キャサリンは私をそう呼ぶ。
私には他にも色々な呼び方や愛称があるけど、身長が155センチしかない私はずば抜けて他のメンバーよりも小柄。
その所為か、芸名のビビからおチビちゃんに変わり、今では結構『おびび』呼ばわりだ。
「大丈夫」
と言ってもやたら眠いし身体はいつもより怠い。
「ビビは環境の変化に弱いからな、まだこっち(韓国)に来てから2日だし仕方ない」
カイはリビングの大きなコの字型のソファの隅でクッションに埋もれて横になっていた私の前にマグカップを差し出した。
私は少し身体を起き上がらせるとマグカップを受け取り中を覗く、中身はどうやら大好きな蜂蜜入りのホットミルク。
「本当おびびちゃんは貧弱ねぇ、ステージの上とプライベートじゃまるで別人なんだから、まあそれが魅力の一つなのは分かってるけど、気の毒な子」
キャサリンは私の横に座り直すと、横からギュッと私を抱き締めた。
余りにもそれが勢い良くてホットミルクが溢れそうになる。
見た目は女性のキャサリンも、身体はやはり男なので身体は硬くてあまり気持ちの良いものではない。
「ところでキャサリンは何しに来たの?暇なの?」
「暇なわけないじゃない!おびび!アンタそう言う毒舌はまで杏に似なくて良いのよ」
キャサリンは私から身体を離すと、大きな鞄から手帳を出してペラペラと捲る。
「もう佐藤君だけじゃアンタ達のマネージメントが追いつかないから、私もサポートする事になったのよ。で、早速だけど明日は午後からこっちの事務所に出勤して、こっちでサポートしてくれるスタッフや関係者に挨拶周りがあるわ。だから私が明日この宿舎に迎えに来るから準備しておいて頂戴」
キャサリンはその後も、スケジュールをざっくりと読み上げる。
「それにしても、韓国の宿舎がこんな立派なところだとは思わなかった」
そう呟いたのはナギで、キャサリンが慌しくバタバタと帰ってしまった後の事。
「広いから落ち着かない」
「確かに日本のマンションとは桁違いだけど、広いから
とかじゃなくて、ビビの場合は慣れてないからって理由が8割だね」
確かに慣れてない場所は苦手だ。
「それに暫くは知らない人とかと沢山関わらなきゃいけないから余計にメンタルに来たんじゃないの?」
杏は手にしてる文庫本から目を逸らす事なく話に入る。
「人間は嫌い」
私の口から溢れた言葉を誰も聞き逃さなかったと思う。
私はホットミルクを見つめてたけど、カイとナギと杏の視線が私に集まったのは感覚で分かった。
「僕達の事も嫌い?」
ナギの不安そうな声を宿した問いに、私は首を横に振る。
そのタイミングで佐藤さんと外出していた連が帰って来てリビングのドアを開けた事で、私に集まった視線は一斉にそちらに向けられ私は解放される。
「空気重いけど何の話?」
悠長な英語で話す蓮は少し首を傾げて私達を見た。
彼は唯一メンバーの中で日本語、韓国語、英語を完璧に話せるバイリンガルだ。
カイもナギも他国の血は引いていても生まれが日本の為に日本語以外は簡単にしか話せない。
それ故に最年長である事と、しっかりした性格も持ち合わせていて彼がリーダーになる事に誰も反対はしなかった。
「私が人間が嫌いって言ったから皆んなを不快にさせたの」
自分が余計な事を言った自覚はある。
こんな性格だけれど空気が読めないわけじゃないし、他人の気持ちや気分の変化なら誰よりも敏感に感じて読み取ってしまう。
蓮は悲しみが含まれた様な困った顔を浮かべてゆっくりと私の前まで歩み寄ると、そのまま正面に跪坐く様にして私と目線の高さを合わせて私の手を取った。
「もう二度と、ビビに怖い思いも辛い思いもさせない。ビビはビビのままで良いんだ。何も心配はいらないし、無理に他人を好きなフリもしなくていいし、好きにならなくて良い」
彼は真っ直ぐ私をその形の良い瞳の中に捉えたままでそのまま話を続ける。
「だからビビ、僕達を信じて」